第32話

パーティー終了後、私とアイリスは補佐官の手引きでアンヘル皇子のもとへ向かった。

後宮の一番奥にある一番小さな離れがアンヘル皇子と彼に仕える者たちの建物だ。

「こんばんわ。アイリス王女殿下、ノア王配殿下」

アンヘル皇子は最初から分かっていたように自分の宮の入り口に専属騎士とともに立っている。

「……来るのを知ってたの?」

「養子縁組のことは皇帝殿下にお伺いしていましたので。こちらへどうぞ」

迎えられた客間にはミルクティとビスケットが並んでいる。

私たちは並んで大きなソファに腰を下ろし、相対する形でアンヘル皇子も腰を下ろす。

部屋の隅にはメイドと執事、物陰には騎士と庭師。アンヘル皇子の少ない配下を結集させているようだ。

「養子縁組について、僕は皇帝殿下の命であれば行くつもりです」

「そうなのね」

「ですのでこれからよろしくお願いいたします、お義母さま」

実にケロッとした答えだ、淡々としすぎていて子供らしくなさすぎる。

(まあ中身がなら、そうもなるか)

ミルクティを飲んでから一息吐いて私はアンヘル皇子に問う。

「王国へ行くことで来なくてもいいんだけどな」

アンヘル皇子がピクッと体の動きを止めた。どうやら私の推測は当たっていたらしい。

「どういうこと?」

「アイリス、ギフトについては知ってる?」

「ええ。100人に一人程度の割合で生れながらに一つだけ与えられる特別な魔法のことよね?」

「だけど数万人に一人程度の割合でギフトを複数持つ人間が生まれることがある。そういう人は目に色とりどりの星が散っていて、みな人生を

アイリスが驚いたようにアンヘル皇子の目を覗き込む。

アンヘル皇子の瞳には左右4個づつ、計8色の星が散っている。

「帝国皇太子長男・アンヘルは8個のギフトを生まれながらに持つ転生者だよ」

その言葉に周りのメイドたちまで目を見開いて驚愕している。

ギフト複数持ちは珍しいし、大体そういうやつらは自分に前世の記憶があることを明かすことは稀だ。

初代魔王が転生者としてこの辺りのことを書き残していなかったら私も知らなかっただろう。

「転生者はみな前世で叶えられなかった願いがあり、その願いをかなえられずに死ぬと来世ではギフトを失うと聞いた」

「……つまり俺のために気にしてくれてたんだ」

口調ががらりと変わる。

こちらが恐らく素に近いのだろう。

「養子で複数のギフト持ちなら大事にしたくもなるだろう」

「じゃあ素直に言うわ。俺の願いは一つ、


この世界に百合を広めて、百合図書館を作ることだ」


大真面目な顔で変なこと言いだしたぞこいつ。

「俺は前世では百合……女性同士の恋愛ものの愛好家で、死ぬ前に百合コンテンツを網羅したの図書館を作るのが目標だった。でもその夢はトラック事故で打ち砕かれ、この世界に生まれ変わった。

しかしこの世界には百合がない!百合小説も!百合漫画もない!リアル百合な談話すらない!俺は絶望した!そして俺は決めたんだ、この世界に百合を!女の子と女の子とロマンスを!キャッキャウフフを!生み出して保存すると!!!!!!!!!

そんな時女魔王が隣国の王女と結婚したと聞いて俺は歓喜した!ようやくこの世界にも百合が生まれたと!あわよくばこの百合を観察して記録したい!そんな時に養子縁組の話が来た!行くしかないでしょうよ!!!!!!!!」

以降百合の良さを力説する傾国の美少年がいたがもう何も言う気になれず、私たちはただぽかんと見つめるばかりであった。

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