第19話

アイリスのその一言が勇者の耳に届くまでの数秒、場が静まり返った。

「え、」

勇者オーウェンが混乱したように立ち止まると勇者パーティーも動きが止まっている。

結婚指輪の自動結界魔法が解けると「もう一度言うわよ」と宣言してこの場にいるすべての人の目を見ていった。

「私はノアの妻で、ノアは私の妻。これは誰に何と言われても変えるつもりはないわ」

そこから数秒間の空白ののちに一番に口を開いたのは勇者だった。

「サリー!洗脳解除魔法を撃ってくれ!」

洗脳されてると判断したのね、まあわからんでもない。

サリーと呼ばれた魔法使いは一番強力な洗脳解除の魔法をアイリスに打ち込み、アイリスもそれを甘んじて受け入れる。洗脳解除は攻撃じゃないから指輪の守備範囲外なんだよね。

「……ノア、」

「うん?」

その瞬間、アイリスが私の頬に手を置いて「愛してるわ」と告げて口づけをする。

唇が離れるとふっと嬉しそうに笑ってから周囲を見た。

「この愛はね、洗脳でも何でもないの」

その場にいたほぼ全員が茫然をしていた。

私も一応の補足したほうが良さそうなので騎士団長を呼ぶ。

「私が王都の孤児院にいた時にアイリスと遊んでいたことを覚えているか?」

「アイリス殿下が褐色赤毛のノアという孤児と親しく遊んでいたことはよく覚えております、砂に絵を描いたり二人で追いかけっこしていらっしゃいました」

騎士団長はあくまで中立だという風に言い足す。

「結婚の話が通ってから私がアイリスに危害を加えているところを一度でも見たか?」

「……見ておりません。足蹴にするようなことがあればわが命に代えてでもお命頂戴する所存でございましたが、一度も目撃できておりません」

その瞬間に観客たちがざわつくのが分かった。

ようやっと私たちが本気である可能性に思い至ってくれたのだろう。

しかしそれを打ち壊すように宰相殿下がアイリスの足元にひざまずいて口を開けた。

「アイリス王女殿下。恐れながら申し上げますが、魔王との婚姻は王国の乱れのもとになります。魔族を国に入れれば民が傷つき、土地も荒れます」

「そんなことはない。魔王領から王国に入る魔族には厳しい制限を課すが故、人に危害を成せばわが手で罰することを神に約束しよう」

私が口をそう挟めば宰相はしばらくして口を開けた。

「……何より、王家唯一の跡取りたるアイリス殿下が亡くなれば国が割れる事も必定。どうか、人の男を婿にとっていただけはしませんか」

なるほど。跡取り問題が一番の不安だったわけだ。

王のいない国など誰も知らないこの世界で王家が滅亡することは国家の滅亡、それを回避するには無辜を取るしかないと思ってるわけだ。

「一度はそのつもりでいたわ。でもノアと再会した今となっては私は好きでもない男に抱かれて国母になるよりも、愛する女の腕の中で王国ごと死ぬほうがずっといいわ」

アイリスのその一言で跪いていた宰相、そばで見ていた騎士団長、見に来ていた人々が何も言えなくなるのが分かった。

私も両親もいなくなって独りぼっちだった間、そんなことを考えていたのだと思うと早く迎えに行ってあげるべきだったと苦しい気持ちが沸き上がる。

「ひとつ朗報がある」

「なに?」


「淫魔族に女同士で子供を作るための魔法を探させている、なければ作らせたいと思ってる」


その一言でアイリスが花咲くように笑った。

「本当に?私、ノアとの子どもができるの?!」

「少し時間はかかるだろうけどね」

アイリスが嬉しそうに笑うので宰相のほうを見る。

「宰相、私たちに子がいれば王国が割れることはないだろう?片親が魔王だろうが何だろうが、王国ふさわしい人になるように育てばいいだけのことなのだから」

宰相はぐっと奥歯をかみしめると「はい」と小さく告げてきた。

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