第十七稿 これからもずーっと一緒にいてください! ★

「ごめん、待ったよね?」


 私がそう尋ねると「全然」と遠坂さんは答える。「本当は?」と返すと彼女は、

「何時間でも待っていられるから大丈夫」

 そう言って笑った。


 月末のお疲れ様会は彼女とまりもと夢子との4人で飲めや歌えやの大騒ぎをした。2人きりではなかったからもちろん消化不良気味だ。

 飲みすぎないように気をつけつつ臨んだ翌日。私達は待ち合わせた駅にいる。

 目的地へは遠坂さんがすべて手配をしてくれた。私としてはそこまでしなくてもと伝えたのだけど、彼女の任せて欲しいとの一点張りについに私は折れた。


「温泉は何年ぶりかな……」


 電車に乗り込んですぐに、揺れる車内で向かい合わせの遠坂さんが窓の外を見る。


「普段の疲れを癒すには温泉が一番だよ。もう今からすっごい楽しみ!」

「私もね、れなとどこかに遠出してみたかったからわくわくしてる」


 遠坂さんの笑顔が自然と柔らかくなりつつあるのは、きっと気のせいじゃない。私は窓からの風景には目もくれず、用意しておいたお菓子を美味しそうに頬張る彼女の姿だけを見ていた。


「着いたね」

 まるで王子様のように手を差し伸べる彼女の姿に、私はドキドキとして戸惑った。その反応に彼女は「遠慮しなくていいから」と言って私の手をぎゅっと握る。


 駅を出た途端に立ち上る湯気と硫黄の香り。

 都内では考えられないくらいの静けさだ。

 彼女に手を引かれたままその中を進んでいくと、小さな古びた建物が見えてきた。


「わぁ、これぞ温泉宿! 風情ある由緒正しきって感じー」

「畳の匂いって不思議と落ち着く……」


 部屋に通されると向かい合ってお茶をすすり、ふうとお互いに一息をついた。

 小さな薄型テレビには見た事のないローカル局の番組が映っている。

 私達はここで誰にも邪魔されず一緒に過ごす。それを思えば私の心拍数は自然とあがっていく。


「夕食まで時間もあるし、お風呂入ってこようかな。れなもいくよね?」


 着替えやバスタオルをスーツケースから取り出しながら、彼女は私に声を掛けた。


「あ、行ってきていいよ。私は内湯で済ませるから」


 目を合わせないように答えると、遠坂さんが私の方に寄ってきて覗き込まれる。頬を膨らませと聞こえてきそうな顔をしている。


「どうして? ねえれな、一緒に入ろうよ」

「でも……」

「何か理由があるの?」

「だって…………」

「私とじゃ嫌?」

「あ、ううん! そういうんじゃなくて。日向に見られるの恥ずかしいんだもん……!」


 我ながら子供のようないいわけだ。

 するとくすっと笑う声が聞こえてきて、


「それは私だってそうだよ。でも、ここまで来てれなと別々なのはもっと嫌。れなの気持ちは私と同じだと思ってたんだけど……?」


 彼女から向けられた上目遣いに、私はまた心を奪われてしまった。


 そうして連れられた脱衣所。

 タオルを巻いた私とは対照的に、遠坂さんは何も隠すような様子はない。ちらちらと窺えた健康的な肉体。さすがはクールビューティだ。


「れな、タオルのまま入ったらだめだからね」


 かけ湯を済ませたところで、彼女の言う事に従って私はタオルを丸め頭の上に置いた。

 そして、誰もいない中湯船で隣り合う。


「ふわー、きもちいー!」

「はぁー。骨身に染みる……!」


 まるでひなたぼっこをしていた時のように、無心でぴったりとくっついてお湯に浸かっている。


「れなの肌すべすべだね」

「そっちも。温泉効果が早速出たかな?」


 お互いに鎖骨のあたりに触れ合う。段々と恥ずかしさも薄れてきた私は大きく手足を広げて鼻歌を響かせる。その様子を見て彼女は笑っていた。


「いいお湯だったね」


 部屋に戻ってくるとすぐに夕食の用意が始まり、テーブルには数々の海の幸が並んだ。当然ながら遠坂さんの目の色は変わっている。

 今日はどうしても勢いをつけたくて、私はお酒を頼んでおいた。酔ってしまわない程度にゆっくりと飲み始める。


「私も少し頂戴」

 そう彼女が言うと、私の飲みかけに口をつけて美味しいと頬を染めた。抑えていたペース自体が速くなってしまったのもあって、私は気を紛らわそうとテレビに目を向けた。


 ちょうど流れたコマーシャルは遠坂さんの出版社が刊行している少女漫画雑誌のものだ。


「ここまで来て仕事場を思い出す事になるなんて……」


 髪をかきあげて途端に険しい表情になった。

 彼女には悪いけれど、今日は1度も目にしていないキリッとした顔を見る事ができて私は満足している。

 夕食が終わるとお互いに落ち着かない空気が流れ始めた。


「じゃあ、その……。この間の続きしよっか?」

 そう言うと彼女は静かに頷く。


「私、れなの事を好きになっちゃった。最近は仕事中でも気持ちが抑えきれなくて」

「私も同じ。初めて会った時から日向の事が好きだよ」

「それでね、れな」


 じっと見つめると彼女の瞳の中には私がいる。


「日向、次はこっちから言わせて。あのね……私とこれからもずーっと一緒にいてください!」

「こちらこそ。もう私なんかがって言わないから、ちゃんと見ててね。れな、改めてよろしく」

「ふう、やっと言えたぁ……」


 すぐに私達はハグをして、恥ずかしさと同時に心の奥底から暖かくなるような気持ちを感じた。


「れな、キスしていい?」


 1つの布団の中で2人。

 始めはちゅっちゅとついばむような触れ合いからだった。それが段々と、触れる時間が長くなっていくとお互いに息が荒くなる。

 お酒の影響もきっとあるのだろう。お風呂上りの匂いと遠坂さんの匂いが混ざり合って頭がくらくらする。

 それからはもう夢中だった。


「好き」


 見つめあったまま、どちらからともなく舌を絡ませる。私は過去の記憶の上書きをするようにひたすらに彼女を求めた。しばらくして、唇同士が離れると唾液が私達の間に糸を引く。「好き」。すぐに顔が近づいてくる。ただただ頭がぼうっとして、とろけるような感覚のままの私を見て彼女は浴衣を脱がせた。


「れな、私は本気だよ。何があっても絶対に離さないから」


 その言葉に視界が滲んで全身が火照った。そのまま私は彼女に身を任せる。

 暗闇の中、熱い肌同士が触れ合う。彼女は私の首筋にゆっくりと舌を這わせた。

 そうしてこの夜、私達はついに一線を越えた。

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