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 私の仮説を検証してみるという方向で、ひとまず話が纏まった。幼児が公園の遊具を本物の竜と信じ込んだ――我ながらなかなか信憑性があるではないか。調査方法は週明け以降に取り決めることとし、その日は解散となった。

 お祖母さんが魔女ならば、公園は魔法の国に、遊具は竜になりうる。酒入さん自身は子供っぽいと恥ずかしがっていたが、私にとっては非常に魅力的な感覚だった。そういう幼少時代を送ってみたかったとさえ思う。実際の四、五歳当時の私はといえば、三つ違いの兄とキャラクターもののシールの奪い合いかなにかに明け暮れていた気がするのだが。

 帰宅し、夕食を済ませてから、その兄に電話を架けた。今は大学生だ。進学を期に杠葉を離れ、宵宮市でひとり暮らしをしている。金曜日の夜なので、友人たちと遊びに出掛けているかもしれないと思ったが、彼はすぐに出てきた。

 竜の遊具のある公園に覚えはないかと聞いてみた。すると兄は懐かしげに、

「ああ、あったなあ」

「本当に?」

「餓鬼の頃、何回か遊びに行ったよ。なんとかって芸術家が公園全体をデザインしたとかで、確かにリアルだったな。背中に登れる、けっこうでかい遊具だった」

 場所も教えてくれた。パソコンを立ち上げて地図を確認してみると、なるほど我が家からでも徒歩で十分か十五分ほどの距離である。酒入家からならば、もう少し近いだろう。

「でもさ、なんだって急にそんな話になったんだ? 俺があそこで遊んでたのって、せいぜい小学校低学年くらいだったから、お前は幼稚園に入るか入らないかだろ? 連れてった覚えもないし」

 不思議がる彼に事情を伝えた。平静を装ったつもりだったが、昂奮で少し声が上ずったかもしれない。「お兄ちゃんのおかげで謎が解けたっぽい。明日にでも、現場を見に行ってくるよ」

「まあ、役に立ったならよかったよ。例の名探偵と一緒に行くのか」

「とりあえず私だけで行ってみる。今回は私の出した案だし。部長に頼らないで解決できたら嬉しいじゃん」

 電話越しに小さな笑い声が聞こえた。「たまには助手のポジションから脱したくなるもんか?」

「脱したいというか――どうなんだろう。別に張り合いたいわけじゃないんだけど、自分のアイディアは自分主導で検証してみたい気持ちが強いのかな」

「このソロは俺が弾く、お前はバッキングをやれ、みたいな」

 適切な例えのような、そうでもないような。彼はギタリストなのだ。杠葉高校にいた頃も軽音部に所属していたし、現在もサークルでバンド活動を続けている。

「張り合ってるといえば、部長、このごろ生徒会の優等生と競ってるんだよ。楠原さんっていうんだけど。このあいだも模試があったんだって」

「ああ。二年の冬の模試って、こっちのプライドへし折ってくるんだよなあ。急に難易度が桁違いになるっていうか。俺も当時は愕然としたな。数学なんか時間が有り余ったよ、あまりに解けなくて」

 一年後が恐ろしくなってきた。「そんなに?」

「うん。完全に本番を意識した形式になってるから、試験時間からして一科目につき百分とか百五十分なんだよ。フルに回答欄を埋められる奴には適切な時間なのかもしれないけどさ、まるっきり手が出ない問題に百分かけたってどうしようもないわけで。大半の時間は祈りに費やしてた記憶があるな」

 兄は文系だが、二次試験に数学を課される大学に合格している。彼にしてその有様ならば、私などどうなってしまうか知れない。ずっと神頼みをしていたという琉夏さんの言葉も、あながち冗談ではなかったらしい。

「その時間、拷問じゃない?」

「最初のほうは確かに拷問なんだけど、百分もあると次第に解脱してくるんだな。ああ、雲が流れていくな、少しずつ太陽が傾いていくな、と。あれだけぼんやり空の様子を眺めてたことって、人生でもそうそうないよ」

 翌日、私は宣言通りひとりきりで目的の公園へ向かった。当時の酒入さんとお祖母さんの感覚を味わうべく、あえてゆっくりと歩く。

 気温がいちばん高くなるであろう昼すぎに出掛けたのだが、当然のように寒かった。セールで新調したばかりのハーフコートではなく、ダウンジャケットを着てくるべきだったかもしれない。

 公園は背の高い木々に囲まれており、一目では中の様子を見通せなかった。子供ががやがやと集まっている感じではない。比較的物静かな、憩いの場といった雰囲気だ。

 真冬の風を浴びながら入口へと回り込んだ。足を踏み入れ、あたりを見渡す。これが――芸術家のデザインした公園?

 最初に目に付いたのは、斜めに傾いた円盤の中央から細長い突起が飛び出した、パラボラアンテナを思わせる物体だ。上部の二か所に点が打ってあり、下部には白い四角形がいくつも、弓なりに並べて描かれている。それらを目と口、突起を鼻とすれば、歯を剥きだして笑っている巨大な顔に見立てられなくもない。

 よくよく見ると、歯のうち二本は尖った牙になっていた。竜をイメージしているのかもしれない。とはいえ造形はあまりにもシンプルで、芸術家の創意が発揮されているとは言いがたい印象だった。

 そのちょうど反対側には、パイプ状のものを無数に折り曲げて作られた、不思議なオブジェがあった。こちらもサイズこそ大きいが、なにを象っているのかはまるで分からない。一種の前衛芸術? はっきり言ってしまえば、私の目には廃材の塊とか映らなかった。

 それだけだった。竜の形をした遊具など、影も形もない。

「いや、いやいやいや」

 などと唸りながら、スマートフォンで場所を再確認する。ここで間違いないはずだ。

 そう広くはない公園を、私はしばらくのあいだぐるぐると歩き回っていた。目立たない木陰あたりにひっそりと置かれているのではと思い、丹念に探してもみた。しかしどこにも、竜の姿は見当たらなかった。

 兄の証言によれば、上に登れる遊具だ。すなわちそれなりに大きいはずで、見落とすとは考えられない。

 ここにはない、と結論せざるを得なかった。

 失望、そしてなにより寒さに耐え兼ね、私は足早に近くのコンビニへと避難した。思わず吐息を洩らす。暖房の存在がありがたい。

 少し温まってから家に帰り、作戦を練りなおそう――と思っていると、店内の少し離れたところにいた人影に、ふと視線を吸い寄せられた。後姿に見覚えがある。棚を眺めている、というより睨みつけている気配が伝わってくる。

「志島か」ややあって、相手のほうから声をかけてきた。「文芸部はどう? ちゃんと活動してる?」

「おかげさまで」

 あたりさわりのない返答をしておくと、楠原律さんは自分の顎に触れながら、

「メインの部誌が年一回の刊行じゃ少なすぎる。季刊にするか、なにか違うのを出すか、とにかく成果物を増やすことを検討したほうがいい」

「検討します」背筋を伸ばして答える。「部長に提言しておきます」

「あの倉嶌が素直に聞き入れれば世話ないけどな。苦労を避けるための工夫なら厭わないって奇怪な面が、あいつにはある。お前は影響されるなよ。ああいう奴が増えると、地球のためにならない」

 地球環境に影響を及ぼすレベルだろうか。確かに世界中が琉夏さんのようだったら、定刻通りに電車が来ることすらなくなってしまうだろうけれど。

「で、お前は散歩? 家、このへんなんだっけ?」

「家は駅より西側です。散歩しながら考え事です」

 ふうん、と楠原さんは応じ、「なんにしろ、倉嶌にだけは相談しないほうがいい。どうしても困ったら生徒会室に来い」

「ありがとうございます。楠原さん。ひとつだけお聞きしてもいいですか」

「なんだよ」

「本来そこにあるはずのものがなかったとします。探す場所は間違っていない。そういうとき、楠原さんならどうされますか」

「なんだそれ。お前の悩みって探し物?」

「いえその、ざっくりそういう状況だったらどうするか、訊いてみたかっただけです」

 彼女は眉根を寄せて、「だったら考えうるのはふたつだな。ひとつは『そこにあるはず』という前提から間違ってる。もうひとつは、実際そこにあったはあったけど、新しい事情が発生して別の場所に移った」

「あ」と私は思わず声をあげた。怪訝そうな表情を浮かべた楠原さんに、「それです」

 少し考えてみれば当然のことだった。遊具はなくていいのだ。なにせ竜は旅に出て、戻ってこないのだから。

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