自分勝手

 僕はずっと、亜黒のベッドの隣で黙り込んでいた。

 亜黒の話には僕と似通るところがいくつもあって、そんな点を見つける度、僕は叫び出したい衝動に駆られた。

 亜黒もとある罪を背負い、そのせいで自分を許せなくて自分を傷つけた。大量に市販の薬を飲んで自分を戒め、落ち着いた子になれるようにと自分を矯正していた。

 僕だって、亜黒を殺してしまって、自分が許せなくて罰欲センサーにかかって自分を傷つけていた。亜黒を殺した感情的な自分を許せなかった。感情的で後先考えず行動してしまう、そんな自分を変えたかった。

 そんな共通点を見つける中、僕とは全く違う点だってあった。

 亜黒の罪は、亜黒が薬を大量摂取したからって、完全になくなるわけではない。罪がなかったことにされるわけではない。亜黒の話の中の妊婦は、亜黒を許すわけではない。お腹の中の子供だって戻ってこない。ただ、亜黒が自分を許せるようになっていくだけ。亜黒の体が壊れていくだけなんだ。

 だからこそ、僕は思ってしまったんだ。亜黒の話を聞いて、とあることが浮き彫りになってしまったんだ。今までこんなこと思いたくなかった。ずっと目を逸らし続けてきた。


 自分で自分を罰するなんて、自分勝手なことなんだ。


 それに気づくと、僕はとっさにその考えを振り払おうとした。

 嫌だ。そんなこと、絶対に嫌だ。なんでだよ。この痛みは、何故正当な罰にはならないんだよ! どうして亜黒の罪は消えないんだよ!

 罪人は痛みを受けるのが当然なのに、どうして……!

 当たり前のはずなんだ。でも、亜黒が傷ついていくのだけは、絶対に嫌だったはずなんだ。もう、何が正しいのか、自分は分からなくなっていく。

 僕は溢れ出しそうになる涙を必死に抑えた。亜黒の前で泣きたくなかった。

 そうしていると、話を逸らそうとするみたいに、五時のチャイムの夕焼け小焼けがどこからか聞こえてきた。

「あ、もう、五時なんだ……」

 亜黒はそう言う。

 反射的に、僕は椅子から立ち上がる。ふと、僕はあることを思う。いつも、日が落ちるのが遅い季節には、亜黒のピアノを聞き終わり、チャイムが鳴るころに椅子を立っていたな、と。

 ベッドの上の亜黒を見て、あの時との変わりように、僕は亜黒から目を背けたくなった。

 ……ねえ、あの時から、亜黒はずっと何を思っていたの? 自分が嫌いになってしまった亜黒は僕なんかといて、本当に良かったの? ねえ、亜黒は、僕のことをどう思っているの?

 頭の中で、問いかけてもどうしようもないことを考える。

 もう僕は、この場所にはいられない。僕は亜黒に背を向けて、仕切りのカーテンを掴む。

「ごめんね、こんな時間まで……」

 亜黒は謝る。

 もういいよ。謝らなくて。

「もう、謝らなくてもいいから」

 僕はそう言って、カーテンをくぐった。謝られても、亜黒のただの友達である僕にどうしろって言うんだ。

 


 

 

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