温かさの正体

 僕たちは桜島の見える動物園に行き、世界の野鳥コーナーだったり、ホワイトタイガーだったりを見て回った。女子たちは動物の可愛さにきゃあきゃあ言っていて、信弘はなかなかお目にかかれないホワイトタイガーに魅了されていた。

 僕と亜黒はそれを傍から眺めていて、お互いにみんなのテンションから一歩身を引いていた。亜黒は、こういうのは静かに見ている方がが気楽なのだろう。それに対して僕は、筆箱の中にあるカッターナイフのことで頭がいっぱいだった。そんな僕にとっては、色鮮やかな動物園の風景でさえ白黒写真同然の淡白なものに見えていた。

 一通り見て回ると、信弘、佳弥、緑はお土産屋さんに入っていった。小ぢんまりとしている店内には動物のぬいぐるみだったりお菓子だったりが陳列されていて、みんなはどれを買うか迷っていて、その光景は僕にとっては騒々しいものだった。

 お土産屋さんから出て、息苦しい空気から解放されると、僕は外で亜黒と亮二が話しているのが見えた。二人はカバ舎の柵に寄りかかり、たまにカバが姿を現しては柵からその巨体を見下ろしていた。

 気づけば、この動物園や桜島の景色は、いつの間にか嫌というほどに夕焼けの明るさに包まれている。

 亮二は外に出た僕のことに気づき、僕の方に走ってくる。亜黒も僕の方を見る。僕も早足で亮二の方に近づく。

 亮二は僕の前に立って言った。

「ねえねえ、詩織先生が写真撮ってくれてるからさ、三人で入ろうぜ!」

 詩織先生とは保健室の先生の名前だ。

「あ、うん」

 そう言うと亮二は僕の手を取り、亜黒の所へ二人で走った。

「あっく~ん、まーくん捕まえてきたぞー」

「ごくろうさーん」

 僕たちは三人で集まり、詩織先生が別のグループの撮影を終えるのを待った。心なしか、亜黒の表情が弾んでいるように見えた。たまに、亜黒は亮二みたいに無邪気で楽しそうな表情を見せる。そのたびに僕の胸が訳が分からなくなるほどにぎゅっと締まっていくのだ。きっとそれはギャップ萌えだと、佳弥や緑みたいな女子は言うかもしれない。

 詩織先生が他のグループの写真撮影を終えると、僕達は詩織先生に話しかけ、写真を撮ってくれるように言った。

 左から僕、亜黒、亮二の順に並び、桜島を背景に僕たちは詩織先生に写真を撮ってもらった。

「はいチーズ! 笑って笑って! はいもう一枚!」

 詩織先生は、カメラを構えながら楽しそうな声を上げる。

「へーい!」

 僕は手をチョキの形にして胸の前に置いていると、首周りに温かさを感じた。

「あっ……」

 その温かさの正体に、僕は気づく。亜黒が、カメラに向かって無邪気な笑顔をしながら左手でチョキを前に構え、右腕を僕の首に回しているのだ。

 一瞬僕は戸惑ってしまったけれど、頬を赤らめながら僕は亜黒の意志に身を委ねる。

 しっかりとした生地の制服の袖から感じる、亜黒の体温を感じながら、僕の心臓ははねながらもこれ以上ない安心に浸っている。

「はい! チーズ!」

 ぱしゃ、と写真が撮られ、僕は今日で一番の幸せに包まれていた。

 この時だけ、売店や入り口のカラフルなゲートと観覧車、山並みや夕焼けの空が鮮明に色づいて見えた。

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