ヒスイカズラをさがしに
ジャスミン コン
第1話 ヒスイカズラを探しに
ヒスイカズラという植物を知っていますか。エメラルドグリーンというか、ピーコックグリーンというか、花じゃないような色をしているんです。
名前の通り、宝石の翡翠に由来しているんでしょうけどね、翡翠の緑とはまた違うんですよ。若い子は、「初音ミクみたいだ」とか言ってましたね。色といい形といい、そのキャラクターのヘアスタイルに似てるんだそうです。
いえね、県外から来た親戚をこどもの国に連れて行ったんですよ。私も恥ずかしながら見たことない植物だったもんだから、案内役のつもりが一緒になってびっくりしちゃって。そうそう、たかが花だろうって思いますけど、わりと意表をつくインパクトですよ。
めったに乗ることがないタクシーで、運転手から聞いたヒスイカズラの話が頭にこびりついてしまった。
もちろん、話を聞きながらすぐに検索しようとしたのだが、思いとどまった。どんな色で形か、ほんとにインパクトがあるのか見てみようじゃないか。
タクシーを降りて沖縄市役所で用事を済ませると、まっすぐにこどもの国…へは行かずにチャーリータコスへ行った。県民なら知らない人はいない有名店。役所のソファで隣のカップルがタコスがどうとか話すから、頭の中をタコス3つがででんと占拠した。
ビーフにするかチキンにするか。がっつりビーフだな。
コーラが薄まるのは嫌だが思い切ってテイクアウトにし、またタクシーに飛び乗る。ヒスイカズラ探しの前に、こどもの国でひとりランチだ。
時間は2時をとうに回り、マンガみたいにお腹が鳴っている。タコスミートの香りと、紙コップの中でジャララッという細かい氷の音が袋からはみだしている。
思った通り、平日のしかも小雨交じりの園内は人が少ない。
タコスは抜群にウマく、ビーフとチキンを3つずつ買わなかったのを悔やむほど一瞬で平らげてしまった。
そういえば子供の頃、祖母が「チャーリーさんがくれた」とタオルを持ち帰ってきた。お店が何周年かになった記念品タオルだった。創業者のチャーリーさんは当時まだご健在で、祖母は商売をしていたから付き合いがあったのだろう。とぼんやり思っていたら、ついさっき検索したところによると創業者のチャーリーさんこと勝田さんは祖母と同じ喜界島出身だった。
へぇ、そうだったのか。思わぬところで自分のルーツをタコスに見る。いや、南米だけれども。
指先の油をぐいっとふき取り、ヒスイカズラ探しを始めることにした。ヒントは初音ミク、ということのみで、どの辺にあるのかも分からない。正直、意識して植物を見るなどほとんどしたことがない。
しかしなんか気分いいな。空気がいいのか。思ったよりここは緑だらけじゃないか。
雨はやみ、ただ白っぽい空が広がっていた。道のはじで、のそりとでっかいアフリカマイマイが散歩している。
マイマイの先には、裏にびっしり茶色の種をつけたシダが覆いかぶさり、亜熱帯って感じだ。園内に新種の虫とかいたりして。
子供向けの小さなカート乗り場を抜け、カンガルーの前を通る。小さな建物周辺はヒヨコやうさぎのふれあいコーナーがあって、甥っ子たちと行ったことがあった。
ふと額に水滴を受けて、また降り出したか、と空を見上げると。
造花…?なんで?と思うようなものがぶら下がっていた。ぶどうの棚みたいな格子が上に張ってあり、不思議なブルーの房が揺れている。
「あ!」慌てて地面を探すと、落ちている。いくつも落ちている。
「これかぁ」と手に取った植物は、確かにこれまで見たこともない色と形をした植物だった。水色の鳥が、紫の丸い実を抱えているような。いや、魔法使いの爪。自分で言って恥ずかしいが、とにかく脳内はこの珍しさを形容する言葉を探していた。
ヒスイカズラは事前情報の通り、初音ミクといえばそうで、ツインテール風の流線形。触ればふわりと柔らかで、自然が作り出したグラデーションが見事だった。雫をまとった様子さえ、水彩画からころんと転がり出てきたような、リアルなのにリアルじゃない感じもした。
植物に驚かされることもあるんだな。
幼い時によく来たこどもの国は、いろんな顔をしたサルや、ワニの「動かなさ」に驚く場所ではあったけれど。なじみの風景が立体的になった気がした。
ググればアマゾンの花もモルディブの貝もすぐに見られる。けど、すぐそばのこどもの国で未知の何かに遭遇するのも悪くない。
そういえば、ほんの少しだけ一眼レフにハマった時期があり、あの頃は被写体探しに大きな公園をうろついたりした。飽きて手放したカメラで、今なら何を撮るだろう。
いやまさか、タクシーの運ちゃんからヒスイカズラ、市役所のお隣さんからのチャーリーにこどもの国まで導かれて、あげくカメラのことまで思い出すなんて。
薄曇りの空に向かって、パンっと音をたててビニール傘を広げたら、傘越しにヒスイカズラの青が留まっている。
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