第三話 誤算
俺の挨拶が終わってからは乗組員の紹介が続いた。
・地球攻略艦隊司令部
司令官 ローゼ・ジンケヴィッツ。
副司令官 親衛隊大将 リヒャルト・ベアボック。
副官 帝国軍中将 グスタフ・ケルパー。
副官 帝国軍准将 ローガー・モルナ。えとせとら。
どうやら俺が任せられたのは、戦艦や駆逐艦、戦航機母艦?など約30艦の軍艦からなる大艦隊らしい。
壇上に浮かぶ空中ディスプレイ(!)に、作戦幕僚?やほにゃらら艦艦長などの役職と共に総勢600人にも及ぶ名前が表示されていく。
俺はそれを出来る限り頭に詰めこもうとしてーー早速新たな問題に直面していた。
やべえ、なんて書いてあるか全然わからん。
そう、表示された文字が思いっきり日本語じゃないのだ。造形としてはアラビア語が近いか(適当)、まるでミミズのようにひょろひょろしたそれら。
これはあれだ。
ゲームや漫画でよくある、セリフは日本語なのに文字だけは全く別の言語になっている謎現象だ。
はえ~、ああいうのって実際にあるんだなあ。
ってか、これは本気でやべえって。
何か適当な理由をつけて歴史書とか読めば何とかなるやろっていう甘い考えが粉々に打ち砕かれちまった。この世界のことを知るには誰かに聞くしかない。最終的にはこっちの命を狙ってくる誰ぞやが潜む、周囲の人間に。
こうなったら記憶喪失設定でいくか? でもそうすると未来の謎技術とかで皇女の体に俺が入っていることがバレてもおかしくない気がするんだよなあ。
情勢が分かるまでは慎重に動きたいのに、それを知るためには大胆に行動する必要があるジレンマ。
うーむ、まじでどうしよう?
だんだん体の自由が利くようになったみたいにそのうち分かるようになるって可能性もなくはない、のか?
わからん。そもそも俺がここにいる時点で十分意味不明だからなあ。結局、昔の記憶も「スペースアーティア」に関することくらいしか思い出せないし……。
答えが出ないまま、地球攻略艦隊発足式は終わりを告げた。
ここから先は配属されたそれぞれの場所で説明を受けるらしい。「艦隊司令部」と紹介された軍人たちに囲まれ、どこかへ誘拐されていく。
「しかし、殿下。少しリップサービスが過ぎるんじゃないですかい?
何もあんな奴らのことを同じ帝国民なんて呼ばなくても……」
若干遠慮がちに聞いてきたのは、でっぷりとした腹が特徴の中年男性。名前はグスタフ・ケルパー、役職は艦隊の副官だったか。
その偉そうな表情といい、なんかこの人あまり信用できそうにないんだよなあ。
っとそれはともかく、多分言い方的に奴ら?を下に見る考えが一般的なんかね。単純に身分差の話か、あるいは他の何かがあるのか。
まあ今は適当に誤魔化すしかない、よな。
「あ、ああ、そうだな。少し言い過ぎたか」
「ええっ、そうですとも。
奴ら、私たちの席を薄汚いなりで虎視眈々と狙っていますからね。無理やり押さえつけるくらいで丁度いいんですよ」
これみよがしにもう一人の副官ローガー・モルナさんの方を見て、大袈裟に肩をすくめるグスタフさん。
それに周りの軍人たちがくすくすと忍び笑いを漏らし、ローガーさんが無表情で頭を下げた。
く、空気がまずい。
多分ここでフォロー入れるべきなんだろうけど、何て声を掛けたらいいかも分からん。誰か俺に説明を、くれっ。
そんな最悪な雰囲気の中、俺たちは巨大な窓が設置された展望台的な空間にやってきた。
窓に映るのはどこまでも広がる漆黒の宇宙と、白い外壁から
「あちらが殿下が搭乗される旗艦、ローゼ艦です。
最新鋭のプラズマ装甲を搭載した第六世代ハーヴェスト級戦艦となります。彼らの科学力では傷一つ付けられないことでしょう」
「おお、目が眩むようなクリムゾンレッド。
まさに殿下にぴったりの軍艦ですなっ」
まるで映画の中に迷い込んだかのように壮観な光景に圧倒されていると、副司令官のリヒャルト・ベアボックが声を掛けてきた。
何故か一人だけ白い軍服を着ていたり、瞳が見えないほどの糸目だったり、冷たい笑みを張り付けていたり、と怪しい要素満載の彼。
怪しすぎてむしろ怪しくないまである、というよく分からない考えを頭から追い出して、彼が指し示した方に目を向ける。
そこに留まっていたのは、真紅の巨大戦艦だった。
赤一色に染め上げられ、周りの船よりも一回りも二回りも大きい船体。上空へと伸びる三つの太い艦橋と甲板等に設置された艦砲。
「っ」
かっけえええええっ。
え、今から俺たちあれに乗るのっ。マジで?
心の奥から湧き上がる歓喜を唇をかんで何とか抑える。
多分
でも、もし、もし全てを解決できたとしたら、だ。
一人で宇宙を旅するとかもいいなあ。
油断ならない彼らに囲まれながら、そんなことを思った。
「ローゼ殿下。お疲れ様でございました」
彼らとの会議を終えた後、ローゼ艦の中に設けられた自室へと逃げ込むと、一人のメイドさんに出迎えられた。
黒髪めがねっ娘。発足式の会場まで案内してくれた彼女だ。
ここまで着いてくるとは俺と彼女は親しい間柄だったらしい。
多分ここの清掃とかもしてくれたんだろう、と労おうとして、彼女の名前も知らないことに気付いて口を閉ざす。
そのまま顔ごと全身を豪華なベッドに沈み込ませた。
あー、疲れたあ。
いきなりお偉いさんとの会話に混ざるとかただの一般人には身が重すぎるって。
幸いだったのは会議の最中はほとんど話す必要がなかったことだ。
「これでよろしいですか?」と要所要所で確認が入るものの、意見を求められる場面はほとんどなかった。
これはあれだ。
名目上は貴族やら皇族の子息が司令官だけど、実質的な指揮は軍所属の将校が取る、お飾り将軍というやつだ。
ただそうするとやっぱり油断できないよなあ。
皇族の権威がいまだ健在で軍人たちが絶対の忠誠を誓っているならまだましだ。
ただもしその逆ーーつまりは権威が地に落ち、皇族など現支配者が疎んじられているのだとしたら、些細なことで軍事蜂起が起きる可能性がある。
しかもこれからこの艦隊は数年スパンでの遠征に出る、となればその引き金はさらに軽くなるだろう。
「全く、これだから大人たちは嫌なんだっ。
やはり可愛い女子でないと……」
(うう、何で転生していきなりおっさんたちと腹の探り合いしなきゃならんのだっ。
可愛い女の子は、ゲーム内知識チートはどこだよ……?)
「……ご所望のものは用意しております。
どうぞこちらへ」
俺の独り言に反応して、固い表情で頭を下げてくるメイドさん。
なんだ? 転生前の俺が何か欲していたのか?
好奇心に赴くまま、疲労に軋む体を動かして立ち上がる。
彼女先導のもと、壁や天井に至るまで何故か真っ赤に染められた区画を進んでいく。
彼女はその右端、相変わらず読めない文字で書かれた部屋で足を止めた。
どこかぎこちない動きで扉を開ける彼女。まるで貴重品でも入れているかのように厳重な扉で閉じられたそこにはーー
ボロボロの布切れを羽織った、薄汚れた少女たちがいた。
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