昭和は遠く

しょしょ(´・ω・`)

第一話 昭和は遠く

『建て替えによる退去告知』


 こんな紙切れ一枚で住み慣れた前のアパートを追い出された俺は、やむなく新居で荷ほどきをしていた。

 と、いっても男の一人暮らし。大した荷物がある訳ではないが、どうにも億劫おっくうで食指が動かない。


 ため息をひとしきり吐くと、手元の煙草をまさぐる。


 赤い丸印のついた、ひしゃげた白いソフトケース。


「……チッ」

 舌打ちを一つして握り潰した。


 履き古したスニーカーに足を入れると、慣れない町の煙草屋を求めてドアを開く。


 ――たしか、最寄りのコンビニはタバコの取り扱いがなかったな。


 新居を出て右に行きかけた踵を返し、駅前のコンビニに着くと一直線にレジに向かった。

「えーっと、158番をカートンで」

 ビニールのカーテン越しにどうにか番号を読み取り注文をする。


「お客様、申し訳ありません。カートンは切らしておりまして……」

 煙草棚の上の在庫を確認しながら、若いアルバイトが答える。


「あぁそう……。ならバラでください」

「レジ袋はお付けしますか?」

「いや、結構」


 自動払い機に金を入れると、バラバラの煙草を拾い集めた。


 ――くそ。8個も寄越しやがって。レジ袋を貰うか。


「お次でお待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」


 仄暗い感情が、腹の底から耳の先を赤く染めていく。


 手早く両尻とジャンパーのポケットに煙草を押し込むと、後ろを振り返らずに足早に店を出た。

 


『新型コロナウイルス感染拡大に伴う喫煙所の閉鎖のお知らせ』

『店内禁煙』


 ――計7回。間違いがなければ駅前をうろつく、俺の舌打ちの回数だ。


 見慣れぬ新居の外壁が見えてきた時には安堵より苛立ちが上回っていた。

 足早に階段を駆け上がり、乱雑に靴を脱ぎ捨てながら後ろ手に扉を閉めると、ジャンパーも脱がずに煙草のビニールと銀紙を破り捨てる。


 デコピンを3発すると茶色のフィルターが顔を覗かせる。一番背の高いやつを引き抜くと、安物のライターを擦る。


 チャッ。


 チャッ、チャッ。


 チャッ、チャッ。


 8回目の舌打ちはガランとした部屋に一際大きく響き渡る。


 荷ほどきを待つ段ボールの中身を思い返して、9回目の舌打ちをする。


 ――何か。何かないか。


 段ボール。安普請のベッド。灰皿。昨夜飲んだビールの空き缶。


 ――……台所! コンロ!!

 決して広くない部屋を大股で進む。



 


 IHのコンロが鎮座していた。


 俺は煙草をへし折って、電子タバコを求めて再びスニーカーに足を通した。

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