34話


「……ごくりっ……」


 緊張――いや、期待のあまり、息じゃなくて涎を飲み込む音だった。セーブしてあるから何が起きても怖くないしね。


 気付いたときには、死霊の店員さんによって汚れた皿が綺麗なものに差し替えられたし、もうそろそろ闇鍋の最後の料理となる五匹目のモンスターが出現するはず……。


「…………」


 あれ? 一向に何も起きない。モンスターのような鳴き声がするわけでも、周囲に化け物が現れるわけでもない。もしや、また死霊系の何かが近くにいるのかもしれないと思って【殲滅】スキルを使ったけど、倒したっていう手応えが全然ないし、皿に料理が盛り付けられることもなかった。


 うーん。これは、一体全体どういうことなんだろう……? 店の手違いかなんかで遅れちゃって、まだモンスターは現れてないってことなのかな?


 ……ん、今、何か動いたような? でも、景色自体は変わってない。いや、確かにちょっとだけ動いた気がする。僕はそこで、微妙な変化が生じたと思われる場所を中心に凝視することに。【開眼】スキルであれば見抜けるはずだから。


 あっ……! テーブルだ。テーブルの一部がタコの吸盤のようになっているのが見えたかと思うと、それがまたたく間にオオダコと化して襲い掛かってきた。


『オオオオォォォッ!』


「はああぁっ!」


【神速】スキルを活かし、シュパパッと小剣でこれでもかと微塵切りにしてやると、大量のタコの切り身と化して消滅していった。時間制限が気がかりとはいえ、あくまでもモンスターが現れてからだったはずだし、5秒以内で倒せたと思う。


【殲滅】が効かなかったのは、敵がいるって認識できなかったからなのかな。もう細切れになった部位だけでも刺身として食べられそうだけど、どんな料理が出てくるのか楽しみだ。


「――わあぁっ、これもおいしそおぉお!」


「きゃうーっ!」


「お、おおぉっ……」


 まもなく僕たちの前に現れたのは、これでもかとタコの天ぷらが盛り付けられた天丼だ。正直、スーパーとかで売られてるタコの刺身や天ぷらなんかは、ほかの種類のものと比べると歯応えや味は良くても、ゴムみたいに硬くて噛み切れないものばかりだったけど、これはどうかな……?


「――へっ……?」


 口にタコのてんぷらを入れて噛んでみたら……なんだこれ、サックサクじゃないか! 面白いように噛み切れるし、タコ独特の触感も損なわれてなくて、その旨味も相俟っていいとこ取りな天丼だった。てんぷら特有のしつこさもないし、イカスミが入った天つゆも絶妙だ。こりゃどんどん箸が進んじゃうなあ。


 お、食べ終わってようやく気付いたけど、魔石に加えてスキルボックスも落ちてる! 魔石は1個で1200円くらいだから、実質タダで闇鍋をご馳走になったようなもんだ。ホクホクな気分でスキルボックスも開封してみる。どんなスキルかな?


『SRスキル【料理】を獲得しました』


【料理】……!? まさか、サツキより料理の腕が上手になっちゃうのかな? 効果も調べてみよう。


『料理の腕が上がるのはもちろん、誰かの料理を食べる際にも味が上昇する。また、攻撃系のアクティブスキルを持っている場合、効果や及ぼす範囲が2倍になる』


 へえ~、こりゃ思ったより良スキルだね。ってことは、【殲滅】なんかはその部類だから、一メートル以内の敵を全滅させる効果だったのが、二メートルになっちゃうのか。これでより隙がなくなるってわけだね。我がことながら末恐ろしい……。


 さて、と。これ以上は食べられないし、レアスキルも獲得したってことでひとまずセーブしてダンジョンを出るとしようか。


「それじゃ、そろそろ引き上げようか、リサ、ミリル」


「うんっ、坊や、帰ろうー!」


「きゃんきゃんっ!」


 闇鍋を全部食べ終わったこともあってか、ミリルはいつの間にか元の子狼の姿に戻っていて、それが気になったのかイベントボードにコメントが幾つか流れてきた。


『あれ、おいらのウルフヘア―ちゃんは?』


『先に帰っちゃった?』


『あの子、正直リサたんより好みかも・・・』


「ははっ……」


 早くもミリル(人型)のファンが出来ちゃったみたいだ。僕なんて、ファンは長らく匿名さん一人だけだったけど。でも、ああいう下積み時代みたいなのがあったからこそ今があるんじゃないかな。


「――あれ?」


『死霊のレストラン』ダンジョンをあとにした僕たちは、その足でハンターギルドの支部へと向かったわけなんだけど、受付のカウンターにはそこにいるはずのカエデちゃんの姿がなかった。


 その代わり、サングラスをつけたスーツの似合う強面のおじさんが立っていて、僕はおずおずと会釈してみせるのだった。


「ど、どうも……。ここって、『死霊のレストラン』の受付……ですよね?」


「はい、そうですが」


「あの、カエデちゃんは? どこにいるんでしょうか?」


「…………」


 僕が尋ねた途端、急に黙り込む受付嬢――じゃなくて受付の男。いや、怖いって。


「秋野氏であれば、駄菓子屋へ行くということで、自分が代理になった格好です。直に戻るのではないかと思います」


「そ、そうなんですね! ありがとうございます!」


「…………」


 ほんの少しだけ、おじさんの口元が吊り上がった気がするけど、それがなんとも怖かった。多分って最後に付け足したのは、迷子になる可能性があるってことだね。まあいいや。『死霊のレストラン』で出た魔石を渡して収集の依頼を終わらせておこう。


 名前:時田翔

 ハンターランク:E★

 所持スキル:(8)

 LRスキル【セーブ&ロード】

 URスキル【開眼】【殲滅】【異次元開拓】

 SSRスキル【神速】【魔物使い】

 SRスキル【フェイク】【料理】

 称号:《飯テロリスト》


 お、たった1個の魔石を渡しただけなのに、Eランクに早くも星が一つ付いてる! 同じ魔石収集の依頼でも、違うダンジョン、とりわけ上のクラスのダンジョンだとそれだけ上がりやすいってことだろうね。所持スキルもとうとう八つになった。


 あと、称号が《ムシゴロウ》から《飯テロリスト》に変わってたので思わず笑っちゃった。視聴者たちにはちょっと悪いことしたかもしれないけど、それくらい美味しかったからね、仕方ないね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る