13話


 お世辞にも広いとはいえない、でも愛着はとても大きい、そんな僕のボロアパートの一室。


 いつものように、まだ薄暗いうちから目覚めたと思ったら……僕の隣で美少女が眠っていた。


 ……え、ちょっと待って。これって夢か現か幻か? いやいや、サプライズにはもう激レアスキルで慣れてる。これは決して空想の話じゃなく、紛れもない現実なんだ。


 昨日、《ストーカー》の百々山三郎を警察に引き渡してから、サツキの手料理のとろふわオムライスをありがたくいただいたあと、一緒に同じベッドで寝ることになった。


 もちろんがあったらいけないのでセーブすることも忘れてない。そういうのはもっと仲良くなってからのほうがいいと思うし。正直、興奮しちゃって中々眠れなかったけど、そのたびにロードしたので問題ない。


「くぅ、くぅ……」


「…………」


 サツキの寝顔、かあいいなあ。ずっと見ていたくなる。双子の姉妹なだけあってユメさんにそっくりなんだけど、こうして間近でよく見てると目元とか顔の輪郭とか鼻の形とか、なんかこう微妙に違いがわかるっていうか。


「――うぅっ……も、もう、許してくれ……」


「……サツキ?」


 なんか苦しそうに寝返りを打ち始めたし、どうやら怖い夢でも見て魘されてるみたいだな。悶える姿も色っぽくていいけど、眺めてると段々可哀想になってくる。なんとかしてやらないと……。


「サツキ、起きて! もう朝だよ!」


 僕はそう叫びつつ、彼女の肩を揺らした。


「う、うーん――はっ……き、貴様は誰だ!?」


「くっ……!?」


 サツキが起きたと思ったら飛び掛かってきたけど、僕はすぐにかわした。いや、常人には避けるのが絶対に無理なタイミングだった。完全に寝ぼけちゃってるな、これ。完全にファイティングポーズだ。


「サツキ、落ち着いて! 僕だって、僕僕! カ・ケ・ル!」


「カケルだと? あっ……」


「ようやくお目覚めかな?」


「……わ、私としたことが……すまん、カケル!」


 僕だとわかったのか、一転して涙目で土下座するサツキ。


「いや、いいよ。それより、かなり魘されてたけど、一体どんな怖い夢見てたの?」


「それが……かつて、私がこれでもかと仕置きしたやつらが、群れを成して復讐しに来て、倒しても倒しても復活してくる夢で……本当に怖かった……」


「な、なるほど、そりゃ怖い。てか、それだけサツキが罪悪感を覚えてたってことだね。でも、そこまで気にすることかなあ? 仕置きしたっていっても、別に殺したわけじゃないんだし」


「……そうかもしれないが、やりすぎた面もあるし、どうやら生霊に祟られたようだ……っと、そろそろ時間だ」


 ん? サツキがまた鋭い目つきになったので今度は何をするのかと思ったら、そそくさとエプロンをつけて台所へ向かった。


「これからは私が家事やお留守番をするから、カケルは存分にダンジョンを堪能してほしい!」


「サツキ……」


 やっぱり家庭的な子なんだね……ってことで、僕は朝からタコさんウィンナーと卵焼きとおにぎりをご馳走になった。


「サツキの手料理は美味しいなあ」


「そうか? ふふっ。ほれ、私が食べさせてやろう。あーんだ」


「あ、あーん」


 うんうん。この感じ、照れ臭いけど凄くいい流れだ。


「そ、それじゃあ、サツキ。僕はこれからダンジョンへ出発だから、行ってらっしゃいのチューを……」


 僕は歯を磨いたあとで目を瞑ると、一気に攻勢をかけた。どきどきわくわく。


 って、あれ? 何もしてくれないので、もしかしたら攻めすぎて怒ったのかもしれないと思って恐る恐る目を開けると、サツキは真剣な顔で端末を見ていたのでずっこける羽目に。


「サツキ、何を見てるの? まさか、例のスレッド?」


「ん? 第17支部の底辺スレをな。なんだ、カケルもここを覗いてたのか」


「ま、まあねっ……」


 かつてそこを荒らしたことで、サツキのことを初めて知ったなんて言えない。


「てか、なんでサツキがそこを見てるわけ?」


「そりゃもちろん、ここで受付嬢のユメのことがよく話題になってるから、エスカレートしそうなら脅して歯止めをかけるためだ」


「な、なるほど……。でも、もう手荒なことはやらないほうがいいよ。やりすぎたら自分まで傷つくことになるわけだし」


「……そうだな。これからは脅すだけにしようと思ってる。私はカケルに救われたから……」


「サツキ……」


 サツキの言葉で一安心したと思ったら、そこで彼女の顔色が変わるのがわかった。


「また書き込んでるのか、あいつ」


「あいつ……?」


「ここを見てるならカケルも知ってるはず。青の人と呼ばれているやつだ」


「あー、その人ね! てか、なんかリアルでも知ってるような言い方だったけど、もしかして青の人の正体、わかってるの?」


「……ん、普通ならユメに近づかない限り知るはずもないが、青の人に関しては別だ。あいつは受付嬢のアオイなのだ……」


「え……ええぇっ!?」


 衝撃的なことを聞いてしまった。青の人=アオイさんだって? 


「そ、それって本当に? 青の人って、てっきり現役のハンターとばかり思ってたけど……」


 なんせ、受付嬢なら週末の休日のときを除いて、ダンジョンに通う暇なんてほとんどないはずだからね。一応、ギルドが夜の12時くらいに終わるのでそれから行こうと思えば行けるけど、それだと寝る時間も大幅に削ることになるし。


「第17支部で仕事をしているユメの同僚ということで、一応色々と調べさせてもらった。するとだ。あいつがこっそりと端末を弄っているとき、決まって例の書き込みがなされていたのだ……」


「へえ……って、アオイさんはそのとき、ダンジョンにいたわけじゃないんだよね?」


「いや、書き込んでいるとき、あの女はギルドにいた。『青き森』へは行っていない」


「…………」


 ってことは、アオイさんは『青き森』ダンジョンを賑やかにするために、掲示板で常連のハンターだと偽って宣伝染みたことをやってたんだろうか。


 でも、あそこは『虚無の館』みたいに過疎っていえるほど人がいないわけじゃないんだけどな。僕が行った時間帯は人の気配がなかったけどそれは夜更けだったからで、それ以外なら普通にハンターの姿があったはず。


 それにもっと人数を増やしたいなら、匿名じゃなくて堂々と名前を出したほうが効果的なのに、なんでそんなまどろっこしいことをしてるんだろう? シャイだからかな。機会があったら、今度アオイさんに直接聞いてみようか。


 あれ、珍しくチャイムが鳴った。誰だ? 不審者なら困ると思って一応セーブして玄関の扉を開けたら、そこにいたのはなんと、サツキの妹のユメさんだった……。

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