10話
ハンターギルドを発った僕が次に向かったのは、郊外に位置する『虚無の舘』だ。古い洋館へと続く錆びた門が入り口になっていて、そこに触れた時点でダンジョンへ転送される。もちろん、入場できると認められたハンターしか立ち入ることはできない。
いつもは、建物や木々の合間から洋館が見えてくるたびに気持ちが高ぶってくるんだけど、【神速】スキルがあるのでそういう暇もなく、文字通りあっという間に到着し、ダンジョンの出入り口から例の隠し部屋へとひた走る。
深夜の零時をとっくに過ぎてるってことで内部構造は微妙に変わってるけど、マッピング効果もある【開眼】スキルのおかげもあり、なんらストレスなく隠し部屋へと辿り着くことができた。
相変わらず、館の中は微妙に薄暗くて人の姿もモンスターの気配もない、超がつく不人気&過疎ダンジョンの中で、二階にある隠し部屋だけは違った。
レッドブラックバットが今日もきっちり51匹溜まってるのがわかったんだ。さて、入ろうかって思ったところで、イベントボードにコメントが書き込まれるのが見えた。
『カケルってさあ、なんで未だにここに通ってるん?』
『それな。このダンジョン、なんも変化がないしつまんねーじゃん』
『だよなー。あんだけ強いんならほかのダンジョンに行けばいいのに。ここ、マジ眠くなりそうw』
あ、そうだった。今の僕には登録者が10人もいるんだった。
まあ、変化がないしつまらないからこそ、僕のお気に入りである例の匿名さんが睡眠導入剤代わりにこの配信を見てくれてるんだけどね……。
さて、どうしようか。このままだと隠し部屋の存在を視聴者に見られてしまうことになるわけで、噂が広まって独占できなくなってしまう可能性もある。
よーし、それならってことで、僕は【フェイク】スキルを使用し、コウモリたちの数を(51)から(5)に減らしてやった。これなら特別感もないし退屈すぎるってこともない。
お、【開眼】スキルでコウモリの数を確認したらちゃんと(5)になっていたし、壁の向こうの隠し部屋でも5匹以外は半透明になっていた。これはすなわち、僕以外には5匹を除いて見えないってことだ。
普通の部屋に入るようにさりげなく隠し部屋へと入った僕は、一斉に襲ってきた大量の赤黒コウモリたちに対して【殲滅】を試すことに。その際、このスキルを使ってることがバレないように小剣を振るのを忘れない。剣技で倒してるんだと見せかけるためだ。
『『『『『ピギャアァァッ!』』』』』
同時に襲ってきたこともあって、コウモリの群れが一気に落下し、その一部が魔石をドロップして消えていった。
『スゲー! 一発で倒した!』
『てか、コウモリ5匹って、過疎ダンジョンの割りに結構いたじゃん』
『まあ5匹ならありえる。それより、カケルの剣技すげえな。速すぎ』
『ホント。超かっこいい!』
「ははっ、どうもありがとう」
どうやら上手くごまかせたみたいでよかった。それにしても、【殲滅】スキルが強すぎて自分でも引くレベルだ。
さて、と。これ以上コウモリたちは出てこないし、また明日だ。今日は出なかったけど、もうすぐ小ボスが出現してくるはず。なんかそんな予感がするんだ。確かに出現数は少ないけど、これまで日数をかけてそれなりに倒してきたわけだから。
僕はドロップした3個の魔石を回収すると、その足でハンターギルドへと向かった。
「――あ、カケルさんっ……」
なんだ?『虚無の舘』の受付嬢のユメさんが、僕を見た途端、眠そうな目をカッと見開いてきた。
「ユメさん、どうかした?」
「……い、いえっ、なんでもないですう」
「そ、そっか……」
どうしよう? 何を言おうとしたのか凄く気になるけど、あんまり詮索しちゃうと例のストーカーもいるかもしれないし危険なんだよなあ。そうだ、セーブしてから聞いてみようか。
「コホン……。ユメさん、何か僕に話したいことがあるなら、遠慮なく話してほしい。僕たちの仲じゃないか」
どうせセーブしてあるからっていいやってことで、僕はためらいもなくユメさんの手を握り、キザな顔を近付けてみた。
「あ、あうう。カケルさん、照れちゃいますう……」
「ははっ。いいから、話してよ。そのほうが気持ちも楽になるはずだよ?」
「は、はい……。それでは、お話しますねえ……」
あー、ドキドキしてきた。もしかして、これからユメさんに告白されちゃうんだろうか? もしそうなら例の人が激怒するだろうね。ま、もし襲ってきたとしても今の僕なら全然怖くないんだけど。
「それが……。嬉しかったんです……」
「嬉しかった?」
「はい……。だって、カケルさんが浮気してしまって、もう戻ってこないんじゃないかって……」
「ちょっ……」
浮気って、もしかしてユメさんは、僕がアオイさんと付き合ってるって勘違いしてるのか。
「い、いや、ユメさん、それは誤解だって。僕はアオイさんとは付き合ってないし」
「はい……?」
「え……?」
なんだ? 逆にユメさんのほうが不思議そうな顔をしてきた。
「カケルさん……。私は、ダンジョンのことを言ったつもりなんですがあ……」
「あっ……」
なるほど、僕が『虚無の舘』にずっと通ってたのに『青き森』のほうに行ったから、それで浮気したって言ってるのか。
「くすくすっ。カケルさんって、お茶目な方なんですねえ。なんだか、もっと好きになっちゃいましたあ……」
「え、ええぇっ?」
こりゃ赤っ恥だと思ったら、まさかの展開……。
「今度、お休みの日にお食事でもどうですかあ?」
「あ、ぜ、ぜ、是非っ!」
まさかのユメさんからの誘いに、僕は舌が縺れそうになりながらも承諾した。
「ふふっ……。あの、人目があるので、そろそろ……」
「あっ!」
そうだった。ユメさんの手を握ったままだった。僕としたことが……。でも、これで距離がほんの少し縮まったみたいでよかった。
一時は勘違いして恥ずかしさのあまりロードしようかと思ったけど、もうこのままでいいや。例の掲示板の人が嫉妬で殺しに来ても許せるくらい、今は最高に気分がよかった……。
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