赤点
しろたなぎ
赤点
ずっとお揃いだった。誕生日も、ランドセルの色も、高校も。成績も似たようなものだったから、先生に二人そろって呆れられていた。毎回数学はお揃いの赤点で、二人で必死に勉強して、三年生の学年末テストでやっと七十点をとれたときは、……とれたときは、よかったな。帰りにコンビニで高いアイスを買ってお祝いしたのが昨日のことのように思い出せる。あのとき、いつまでこのお揃いが続くのか不安で仕方なかったけど、君が笑ってたから、もうそれだけで幸せだった。そういうことにしておいた。
それが、なんで今、お揃いじゃなくなっちゃったのかな。なんで遠くへ行っちゃったのかな。違う会社に就職して、私は彼氏なんかできちゃったりして、それがいけなかったのかな。君は、死んでしまった。
火曜日の朝、「大好きだよ」ってそれだけがきて、私もだよって返す前に足が動いていた。乗る予定だった電車を背に走った。パンプスが擦れて血が滲んでいたけどどうでもよかった。どうでもいいから君に会いたかった。信号機だって生まれて初めて無視した。ルールとかモラルとかそんなものより大事なのが君だった。走りながら、合鍵は306号室のポストの奥にあること、見に行きたがっていた映画がもうすぐ公開されること、まだクリアしてないゲームがあること、色んなことが頭に浮かんでは消えてった。
エレベーターなんて待ってられなくて、風が吹き荒れる外階段を駆けた。踊り場にでたとき、正気に戻った。大好きの一言で、なんでこんなに焦っているんだ? 何に駆られてここまで走ってきたんだ? 仕事はどうする? 現実と衝動と疲労で頭がくらくらした。それでも歩みを止めることはなく、気付けば彼女の部屋の前で電話をかけていた。出ない。扉の向こうから微かに、お揃いの着信音が鳴っている。ここまで来る途中で送信した「会いたいな。いまどこ?」のメッセージも、既読がつかない。インターホンがこだまする。静かなのに聞こえる音は全部体中に響いてちかちかする。鍵はあいていた。ザーーって音がして、お風呂場を見に行って、浴槽が深い赤で染まっていて、そこから先はよく覚えていない。警察の人に色々聞かれたりお葬式に行ったり、バタバタしていて、みんな馬鹿みたいだなぁとかぼんやり思っていた。
あれから何か月経っただろう。警察の人からは、「私がもっと速く走ればよかったとかそういう問題ではなく、送信されたのはスマートフォンが落ちた衝撃が原因なので、自分を責めたりしないでください。」って言われたな。ずっとあのときのことが頭から離れない。彼女を置いてなお進む時間が憎らしいし、世間が許せない。初雪が観測された日、彼氏と別れた。好きな人ができたらしい。ずっと浮気してたし、その人だろうな。どうでもいいけど。最後の雪見酒をひとりで愉しむ。ここに、ここに君がいれば。世界とか社会とか心底どうでもいい。真っ白で静かな雪が今日もまた降り積もる。足跡のひとつもない銀世界で、また君と笑い合いたかった。ずっとずっとお揃いがよかった。ごめんね、寂しい思いさせて。白い雪を目に焼き付けて、缶の残りを一気に飲む。今からいくから。ひとりにはさせないから。きみのいないこよみなんてすててしまうから。
真っ赤に滲んでいく浴槽を見て思う。私達、ずっとお揃いの赤点のままがよかった。
赤点 しろたなぎ @Sirota_nagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます