第58話 爆発の顛末

 冬凪とあたしは鞠野フスキが運転するバモスくんで駅前まで行った。ここまでくる間の辻沢の街中は、あんなに大きな爆発が起こったというのに人の往来はいつもと変わらなかった。ヤオマンホテルにチェックインする時フロントの人が、

「藤野様、いらっしゃいませ」

 と普通に挨拶しながら体を少しのけぞらせて驚いた。初めは今朝チェックアウトしたばかりの二人がもう戻って来たからかと思ったけれど、この人にしてみたら10日ぶりのはずで変だなと、フロント横の鏡で自分の格好を見たら茶色一色で土属性キャラだった。そりゃーのけぞるはなと代金を払いキーを貰って部屋に向った。鞠野フスキは冬凪とあたしを送ったら辻女に帰るつもりだったようだけれど、あたしが爆発の時のことを詳しく聞きたいと言ったのでバモスくんをコインパーキングに置きに行った。後ほどスマフォに連絡をくれる。その間に、冬凪とあたしはシャワーをすませることにした。冬凪が夏波からどうぞと言ってくれたので失礼して先にシャワーさせて貰った。土砂が口から耳から靴や下着の中まで浸入中で、体を流したお湯は茶色く染まっていた。それでも命が助かったのは、冬凪が土砂の暴力性を理解していたからだった。遺跡調査で土砂による事故のことはよく聞いていたし、冬凪自身も崩落した少量の土砂にぶつかって吹き飛ばされたことがあったのだそう。それでミワさんとあたしが埋まったとき、体の調子が悪いのに咄嗟に動いて土砂山にとりつき中から引きずり出してくれたのだった。

「鞠野フスキは何してたの?」

 バスルームの外にいる冬凪に聞いた。

「活躍してたよ。バモスくんからエンピ持って来て。でも中の夏波を傷つけちゃうから手で掻き出して貰った」

 エンピの先が鋭利な刃物になっているのは、この間の江本さんの件で知っている。

 あたしがシャワーを終わって冬凪と変わった頃、スマフォに着信があった。出ると、

「「千福まゆまゆです。明日の朝お戻りください。今晩はゆっくり休んでくださいね」」

 スマフォでも二重音声なことに驚いて何も返事をしないでいるうちに切れてしまった。バスルームに、

「冬凪。まゆまゆさんが明日の朝戻っておいでって」

「分かった」

 返事に元気がなかった。あたしと一緒で、また戻れないと思っているのだろう。だって、まだ5日の予定のうち2日しか経っていないから。

 冬凪がシャワーを済ませて着替えている時、またスマフォが鳴った。今度こそ鞠野フスキで「ヤオマンガリータ」で待ってると言った。鞠野フスキと初めて会った時に入った、パスタ始めましたのイタリアンレストランだ。冬凪は顔色も悪かったし明らかに疲れていそうだったので休んでいてねと言ったけれど、

「あたしもお出かけしたい」

 と言うので用意してきた服装で行くことにした。二人とも別デザ同ロゴ入りの白パーカーを着て、冬凪は野球帽にデニムのカーゴパンツ、あたしはデニムのミニスカートを履いた。あたしと二人だけのエレベーターで冬凪が急に、

「夏波、かわいい」

 と言った。二人して顔が赤くなった。

 雑居ビルのエレベーターを譲り合って乗って、扉が開いた先が「ヤオマンガリータ」だった。今夜も前のように客が少なかった。案内の人に、

「待ち合わせなんですけど」

「あちらでお待ちです」

 この間と同じ一番奥の席で手を振っていた。鞠野フスキは席に着くまで冬凪とあたしのことを見比べていて、

「お揃いコーデだね」

 シミラールックって言っても分からなさそう。

 席に座ると、前来た時は何とも思わなかった鞠野フスキの後ろの絵が気になった。その絵では沢山の人が太い透明なチューブに吸い込まれていて、その後ろで魔法使いが巨大な光を背負っていた。それがあの時の光のようだった。

「あ、これかい? これはウィリアム・ブレイク作でダンテの神曲「地獄篇」の挿絵だよ」

 鞠野フスキが説明してくれた。イタリア繋がりで飾ってあるんだろうとも。

 人数分のお水とメニューが運ばれてきた。、冬凪がすぐメニューを開き、

「お肉料理って」

 給仕さんが冬凪のメニューのページをめくって、

「こちらに各種ハンバーグがございます。ステーキのページはこちらです」

 ちらっと鞠野フスキを見てから、

「黒毛和牛のタリアータがお勧めです」

 鞠野フスキが「どこ?」と言ったので冬凪が自分のメニューを見せた。

「いいよ。大丈夫」

 懐具合を確認する感じで返事をした。

 料理が運ばれてくるのを待つ間、爆発の時のことを聞いた。

「千福ミワさんと夏波くんが洋館に入ってから」

 鞠野フスキが話し始めた。

 屋敷から道路にひしめいていた蛭人間たちが一斉に敷地の中に押し寄せだした。それは何かに命令されたかのように統制された動きだった。

「それで上空に何かいるって気がついたの」

 冬凪が鞠野フスキの後ろの絵を見つめながら言った。ブレイクの絵にある光の中に人のようなものが描かれていた。

 それは大きな翼を広げて洋館を見下ろしていた。格好が似ていたから辻川ひまわりだと思ったけれど、あとでミワさんに聞いたらそうではなく養父の辻川町長だという。辻川町長はヴァンパイアだった。さらに蛭人間は辻川町長が殺した屍人からヤオマンHDが造ったホムンクルスで、蛭人間の群れはレイカを抹殺するために辻川町長と、おそらくヤオマンHDが差し向けたんだろうと。

「どうしてよってたかって調レイカを?」

 とミワさんに聞いたそうだ。

「レイカは始祖の宮木野直系の調由香里に、もう一人の始祖、志野婦が産ませた子。辻沢ヴァンパイア最強って言われている」

 血が濃いから。ザ・デイ・ウォーカーだから。

「そのレイカを使って辻沢をひっくり返すあらしたちの計画が向こうにバレてるらしい」

 その後、洋館から蛭人間が逆流し始めた。その流れの中にあたしとミワさんが現れて二人で垣根を伝って道路に出てきた。そしてあの光の爆発が起こった。

「不思議なことに爆発の影響は敷地の中だけだった。それは光の球が敷地を越えるか越えないかの所まで広がって一瞬で収縮したから」

 何かを光の中に捉え呑み込んだように見えたのだそう。その後はミワさんとあたしの救出をしていて周りの事は分からなかったそう。

「光を使ったのは誰なんですか?」

「ミワさんも分からないと言っていた。でも辻川町長ではなさそうだよ」

 辻川町長は光を見て逃げ出したように見えたのだそう。

「生ハムサラダのお客様」

 冬凪が手を上げた。給仕の人が、

「生ハムサラダが、一枚、二枚、三枚」

「あたし頼んでないけど」

 と言うと、冬凪が三枚目も引き寄せて、

「全部あたし」

 給仕の人が続けて、

「四枚、五枚、六枚、七枚、八枚」

「番町皿屋敷か!」

 鞠野フスキがよく分からない突っ込みを入れた。

 冬凪が生ハムとルッコラ&レタスをそれぞれ一つの皿にまとめ空になった皿を重ねた。そして生ハムを全部フォークでぶっさすと、

「お先に頂きます」

 と一度で口に入れてしまった。目をつむってもぐもぐしてる姿はまるで生ハムを主食とする草食動物のようだった。

 あたしが頼んだナポリタンと鞠野フスキのラザニアのあと、冬凪が注文した黒毛和牛のタリアータが運ばれて来た。大皿に血が滴る牛肉のスライスが盛ってある。冬凪は大皿ごと抱え込んで肉の切り身を二、三枚まとめて口に入れると、再びタリアータを主食とする草食動物と化した。

「あたしもお出かけしたい」

 ってのは、これか。冬凪おま、単にお腹空いてただけだな。

 食事を終えてカプチーノ(シナモンで!)を飲みながら続きを話した。

「ミワさんは、今度の六辻会議で辻川町長を倒し、町役場にとらわれの身になっている辻川ひまわりを助ける、その最終兵器にするため調レイカにはヴァンパイアになってもらったと話していた」

 辻沢中のヴァンパイアが議事堂に集まる六辻会議。それが次のミッションと関係があるだろうと鞠野フスキが言った。

「それいつですか?」

「7月31日の深夜だよ。4日後の」

 あと4日か。でもあたしたちにとっては明日のことなんだ。



【挿絵】

ウィリアム・ブレイク「恋人たちのつむじ風/ダンテ『地獄編』第五部の挿絵」(バーミンガム市立美術博物館所蔵)

https://kakuyomu.jp/users/hikirunjp/news/16818093074692800149

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