第48話 六道園の違和感

「夏波先輩? 夏波先輩。寝てるんですか?」

 鈴風に起こされてしばらく自分がどこにいるか分からなかった。見回すと、ここは六道園プロジェクトの石橋の上。そこで立ったまま寝てしまっていたのだ。金曜の夜。何とか一週間のバイトを乗り切って(しかも予定の一日多く)、明日は休みだからと久しぶりに家からロックインしたのだけれど、ベッドに寝そべってVRギアを付けてなんて、考えたらそれって寝落ちの態勢だった。

「もう少しで、しばらくロックインできなくなるところでしたよ」

「ありがとう。もう目が覚めたから大丈夫」

 鈴風がタイミングよくロックインしてくれててよかった。と言うのも、ゴリゴリバースではロックインした人が一定期間反応がない場合、強制的に追い出される仕様になっている。そうなると心身異常の疑いありとされてもう一度ロックインするには医療用VRギアまたはブースでチェックを行い認可を得た後、3日以上のクールダウン期間をおかなければならないからだ。つまりかなりめんどいことになるのだ。

「どう? 進捗は?」

「順調です。ゼンアミさんたちも問題ない、石が立たない以外はって言ってます」

 石が立たないのは相変わらずなんだ。手の打ちようがないのなら、これはもうゴリゴリバースの仕様ってことでいいんじゃないかと乱暴なのことを考えてしまう。

「匠の御方。こんばんは」

 ゼンアミさんが小さな体を丸くして挨拶してくれた。

「こんばんは。外で色々あって長く留守にしてしまいました。ごめんなさい」

「前にここにいらしたのは4日前。それほど長くはございませんが」

 そうか、4日ならロックイン制限で部活に参加できなかった頃と変わらないか。随分経ったように感じたのは18年前へ行っていた3日間のせい?

「外ですか。もう長らく行っておりません。ともがらは健やかでしょうか」

「ともがら?」

「外におりましたころの仲間のことでございます」

 一瞬、雄蛇ヶ池であたしたちを襲った蓑笠連中のことを思い出した。簔から伸びてきた生首が「ともがらがなんちゃら」と気味悪く呟いていたから。けれどゼンアミさんが言っているのはそのことではない。ゼンアミさんには仲間、それも錚々たるお仲間がいたと歴史の本に書いてあった。足利将軍家に仕えた同朋衆。能の観阿弥、世阿弥が有名で、他に輸入品鑑定の相阿弥、お花の立阿弥、そして作庭のゼンアミさんなどが名を連ねていた。皆、技芸に優れた特級の才人ばかりだったそう。ただそれはあくまで庭師AIが学習した善阿弥という作庭家のことで、AIのゼンアミさんにそのような仲間がいるわけではない。誰かが能楽師AIとか立花師AIとかを作れば別だけれど。さらに言うと、ゼンアミさんはその存在自体がゴリゴリバースに依存するので、外などもない。

 石橋から空を見上げる。前に覗きに来たときには、青空のテクスチャーだった天蓋が煌めく星空の中に雄大な天の川が流れる空間にリコンストラクト(再構築)されていた。今見上げる夜空は、夏の大三角がはっきりと分かってあたしに無限の宇宙の中の行く先を示しているよう。

 ゼンアミさんと一緒に、前に確認した時(十六夜が最後にここに来た時だ)から変わったところを見て回った。今までと違うのは、あたしの頭の中に18年前の辻沢で見た本物の六道園のイメージがあることだ。養生が未然であっても、それらが完成する様がまざまざと目に浮かぶ。その時の様子が合っているのかいないのか、これまではイマイチはっきりしなかったけれど、今はそれをはっきり指摘することができた。あー、あの場でリング端末でスキャンできてたらと悔やまれた。ここにいる鈴風や庭師AIたちにそれを見せたらこの感覚を共有できたのに。せめて動画を‥。待って! 動画ならあのバッキバキのスマホで撮れてたじゃん。失敗したー。ま、また行くみたいだから、その時は忘れずに撮ってこよう。

「如何でしょう。資料に照らしても瑕疵なく仕上がって来ているかと存じますが」

全くその通りだった。あたしの見た六道園と同じ景色が目の前に広がっていた。須弥山の石組み以外は。

「マジでいいと思います」

あとは石組みが完成して、ゼンアミさんたちが、

「石が立ちました」

と言ってくれればいいのだけれど。

 旧町役場で出口だった辺りにさしかかった。そこから鈴風が池の端で玉砂利を整備している姿が見えたので特に理由もなく声をかけようとした。すると突然、あの時感じた違和感が蘇って来た。あたしのイメージの中にあるリアルな六道園とゴリゴリバース内のバーミャルな六道園との間にある差。あの時はリアルからバーチャルを思い出しての違和感だったけれど、今はその逆。違和感ではなく、ものすごい欠落がそこに見えた。

「岬がない」

「はい? 何でこざいましょう」

「あの州浜の所に池に突き出す水崎つまり岬があった」

あたしは鈴風が作業の手を休めてこっちを見ている州浜のあたりを指さした。

「州浜の形が違ったの。あたしが見た六道園は」

ゼンアミさんのシルエットになっの顔が戸惑っているだろうのがわかった。それは十六夜が州浜が白黒の砂利で波打ちを表現していたと言った時の反応と同じだった。

「そのような資料は御座いませんが」

あたしはそれ以上ゼンアミさんと議論する気はなかった。きっと、手持ちの資料を無視して好きにやりたければ、「元祖」それが無理なら「本家」六道園でどうぞと言われるだけだからだった。

 州浜から池に向けて岬が出ていることは小さな違いだ。それほど大きく突き出しているのでもない。それでもそれをあたしが気になったのは岬がある場所だった。それは「元祖」六道園で、発現した鬼子の姿の十六夜が池の中からあたしを引き上げて舟から下ろした場所だったのだ。その「元祖」六道園もまた、あの場所が岬になっていなかっただろうか? 銀河に棹さして須弥山の向こうに消えた十六夜。その姿に気を取られながらあたしが立っていたのは白黒の砂利が美しい州浜だった。その後すぐ「元祖」六道園は一点に収縮して銀河のどこかに消失してしまった。だから足元など見る余裕などなかった。記憶をたどる。足元を見る。ぼやっとだけど頭の中に州浜の汀が浮かんできた。そこに池に突き出た場所があった。岬だ。「元祖」六道園には岬があったのだった。ということは旧町役場の六道園と消失した「元祖」六道園には岬があったのだ。それがないのはここだけだ。このことは、十六夜が見たという六道園は、本物と何らかの繋がりがあるということを示してるんじゃないだろうか?

「確かに、池の中の地形を見ますと、あそこに岬があっても不自然ではなさそうなのですが」

ゼンアミさんはとても遠慮がちに、あたしの主張を受け入れてくれたのだった。そのことについてはどうするか今後も考えることになった。しっかりとした証拠が出てきたら、もちろん六道園プロジェクトに反映させる約束も取り付けた。次に行った時、必ず動画を撮ってこなくては。

「まだ、石が立たないって聞きました」

 ゼンアミさんは、

「それがここ最近、一層立たなくなってきたようなのです」

「そんな事があるの?」

「めったなことでは変化はないのです。つまり良くも悪くもならないです。でも何か大事なものが損なわれるようなことがあると、状況は変わってきます」

「大事なものって何?」

「世界の成り立ちに関わるもの。大地を支えている物です」

 ゼンアミさんはそう言うと、それ以上何も話さなくなってしまった。 

 ロックアウトしてVRギアを外すとノックの音がしていた。

「夏波、起きてる?」

冬凪の声だ。

「起きてるよ」

部屋の扉を開けると慌てた様子の冬凪が立っていた。寝る準備をしていたのかパジャマのボタンが掛け違いになっていたので直してあげながら話を聞いた。

「どうしたの?」

「千福まゆまゆさんから連絡で、明日来てって。夏波も」

 どうも落ち着きがないというか、

「何をそんなに焦ってる?」

「だって、今度は長くなりそうだから」

「あっちで長くいても、こっちに帰って来たら秒なんでしょう?」

「そうだけど」

「じゃあなんで?」

 志野婦の脅威に晒されたり蓑笠連中に襲われたり、不安なことばかりだから。

「着替え何を持っていけばいいか分かんなくて」

 そっち?

それから寝るまで、あたしは冬凪と一緒にお出かけコーデを考えたのだった。

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