第47話 爆殺の報酬?

 小爆心地の駐車場にあるエクサスLFAのところまで来ると。キュピっという音とともにハザードランプが点滅した。響先生が運転席側に回りながら、

「送るよ」

 と言ってくれたので助手席側のドアを開けると、シートの後ろがすぐ壁になっていて後部座席がなかった。

「これって、あたしたち乗ったら定員オーバーですよね」

「ツーシーターだからね。ま、気にすんな。バス停までだから」

 教師とは思えない言い方をした。いいのかなと戸惑いながら、あたしから先に真っ赤なシートに座った。座席が深いせいで沈み込んだ姿勢の上に冬凪が乗ったものだから、あたしは全く前方が見えない状態になった。だらだら坂を戻ってヤオマン屋敷を過ぎたら数百メートルで大通りの三宅商店の角に出る。そのすぐ近くがバス停だから車でならすぐだ。我慢しよう。

 エンジンが掛かると、ボボボボという重低音が振動と一緒に背中から響いてきた。冬凪が、

「この車、初めて見ました」

 普段は紫キャベツみたいな軽自動車だ。

「特別な日にしか乗らないからね。いつもは家のガレージでシート掛けてある」

「この車って先生の持ち物なんですか?」

 直球の質問。フィールドワークで培った冬凪のインタビュースキル発動だ。

「そうだけど。教師の給料じゃ買えないって?」

「はい。高い車みたいだから」

 車は駐車場を出て坂を上り始めたよう。

「買ったんじゃないよ。あたしがヤオマンHDに勤務してた頃に貰ったんだ。この車はヤオマンHDが辻川元町長に買い与えたものだったんだけど、町長が死んでヤオマンに戻った時に、社長があたしにくれたんだ。今の会長がね」

「2億円の車をですか?」

「今はそんくらいするか。貰った18年前は3千万だったけどね」

 にしても家一軒が買える値段だ。貰えるものとは思えないけど、お金持ちにとってはそういうこともありなんだろうか。

「どうして先生が貰えたんです? 会社で重要な任務を果たしたとか? 例えば、邪魔者を消すとか」

 サイドウインドウを見上げると、ヤオマン屋敷の柵の、鋭く尖った忍び返しが見えていた。

「ハハハ。冬凪は物騒なことを言うなぁ。そんなスパイ映画みたいなことしないよ。ただ」

「ただ?」

「社長の個人的な相談に乗ってあげたってだけ」

「それは?」

「旦那の浮気さ。前会長のね」

 前会長の前園萬太郎は、経営は奥さんの前園日香里に丸投げで、会社の金で豪遊し、あちこちに愛人を作る遊び人だった。そのことを前園日香里は響先生にいつも愚痴ったり相談したりしていた。響先生はそれに対して仕事外で相談に乗って、なんとかできることは解決してってやっていた。そのうちに前園萬太郎が爆発に巻き込まれて死んでしまった。結局はそれで決着がついて、これまでのお礼にと持ち主がいなくなったエクサスLFAをくれたんだそう。

「前会長が死んだ後に、愛人たちの居所を調べて手切れ金を持って口止めの約束を取り付けに回ったよ。日本だけで10人はいたかな。海外も合わせるとその倍はいた。誰一人悲しむ人はいなかったけどね」

 部下にそんなことを頼むなんて、前園日香里は旦那によっぽど手を焼いていたんだろう。経済界の大立て者の意外な一面を見た気がした。

 車が停車して響先生が、

「着いたよ。流石に大通りは乗せらんないから」

 と言った。冬凪が降りてあたしがシートに埋まりかけているのを、手を引っ張って外に出してもらった。

「「ありがとうござしました」」

 純白のエクサスLFAはあっという間にあたしたちの目の前からいなくなった。走り去ってもしばらくの間、辻沢の街中に甲高いエンジン音が響き渡っていた。

 元廓三丁目のバス停で、

「爆殺の見返りかと思った」

 冬凪がぼそっと言った。

「響先生が実行して、前園日香里から高級国産車を脅し取った的な?」

「そう。響先生って車大好きだし」

「でも違ったね。響先生、嘘ついてなさげだった」

「夏波が言うんなら、きっとそうだね」

 しばらくして辻バスがやってきた。

「辻沢駅まで」〈♪ゴリゴリーン〉

 バイパスを経由してきたバスはガラガラではなかった。ポツポツと席が空いてはいたので冬凪とあたしは離れた席に座った。ここから駅までは15分くらいだろう。すぐに着くと思っていたら、昼間のバイトの疲れがここに来て出たようで寝落ちしてしまった。

「夏波、大事ないかい?」

 顔を上げると、つり革に掴まったユウさんがあたしを見下ろしていた。ブレイズ髪が格好いい。

「元気です。ユウさんは何処にいるんですか?」

「遠くだよ。会いに行けないけど心配するな」

 あたしは、何か聞きたいことがあったはずなのに、それが何だったか思い出せなかった。そんなあたしが歯がゆくなって涙が出てきてしまった。

「寂しいのか?」

 そう言われて初めて、あたしは自分が本当は寂しかったことに気がついた。

「どうしてあたしは一人ぼっちなんですか?」

 するとユウさんは優しい笑顔をあたしに向けて、

「みんながいるだろ。ミユキもクロエも冬凪も。夏波は一人じゃないよ」

「違うの。あたしにはエニシがないの。食い千切ってしまったの」

「あれは夏波のせいじゃない。ああするしかなかったんだ」

 そしてユウさんは、あたしの左手を取ると、

「今は見えなくても、いつかきっと夏波にもエニシが見えるから」

〈♪ゴリゴリーン 辻バスをご利用いただき誠にありがとうございました。次は終点、辻沢駅です。『ゴマスリで町おこし』辻沢町へまたの御訪問よろしくお願いします〉

「夏波、降りるよ」

 目を覚ますと、冬凪が席の横に立っていて、あたしの左手を掴んでいたのだった。

 家に帰り着いて、洗濯、お風呂、お夕飯、洗濯物干しをして、冬凪と二人でリビングのソファーにぶっ倒れた。

「疲れたぁ」

 今日は色々ありすぎた。これでまた明日もあの炎天下でバイトは死ぬ。

「明日、雨降んないかな」

 冬凪が言った。

「少しは働き易いかな」

 すると冬凪が不思議そうな顔をして、

「休みだから。雨の日は」

「そうなの?」

「基本は休みだよ。瓦とかの遺物が出てたら泥落としとかあるけど、まだ掘り出したばっかりで何にもないから」 

 雨乞いの祈祷を始める準備をしなければ。雨が降ることを期待して、一応準備だけはしておいて、早めにベッドに潜り込んだ。

 次の朝。見事なくらいのピーカンだった。

 現場に着いて作業服に着替えヘルメットと軍手と空冷服のスイッチを入れて、準備体操後の朝礼。

「今日もご安全に」

「「「「「「「「ご安全に」」」」」」」」

 昨日途中で帰された江本さんとおじさんも出てきていて、離れた場所で可哀想なくらい神妙な面持ちで作業をしていた。

 あたしは工事現場に変な先入観(血の気の多い人が沢山いていつも喧嘩ばっかりしている)があったから、こういうことはよくあることなのだろうと思ったけれど、

「喧嘩なんて、そうそうないから」

 人としてきちんと挨拶を交わし、名前を呼び合ってコミュニケーションを取り、お互いに注意喚起しながら危険を回避し、仲良くやることが一番仕事がはかどると理解しているオトナばかりだから、めったなことでぶつかり合うことはない、昨日は特別だったと冬凪に言われて思い直した。

 作業中は神妙だった江本さんもお昼休みのころには復活していた。今日のお話は飼ってるネコのことで、先日のこと、何か変な物を拾い食いしてしまったらしく、吐いて吐いて大変で、お世話するこっちの服はゲロだらけ、床も絨毯もゲロだらけ、家中がゲロだらけで参ったんですよーと食事中なのに大声で言うものだから、冬凪もあたしもおにぎりが食べられなくなってしまった。それで、もう二度と江本さんの側で食事はしないと冬凪と誓い合ったのだった。

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