須賀川下向(2)
「何か、
向こうから馬首を巡らせて、人好きのする男がやってきた。反射的に、図書亮は頭を下げた。相手は明らかに図書亮とは格が違う。馬に乗ってやってきたところを見ると、二階堂一門衆か四天王の一人に違いなかった。
「いえ。図書亮は鎌倉に住んでいたときには二階堂家の皆様と交わることがありませんでしたから、まずは御屋形様のお人柄を知っていただきたく……」
半内が、慌てて取り繕ってくれた。
「ふむ。それなら儂から説明しようか」
相手はにこにこと人の良さげな笑みを浮かべている。だが、その目は笑っていないことに、図書亮は気づいた。
「儂は、
自ら名乗ってくれて助かった。やはり四天王の一人だった。これが舐めた態度を取り続けていたら、手打ちにされても文句は言えないところだっただろう。見たところ、年は
「これは、遠藤
下野守は軽く会釈をした。
「この者たちが、若君の話を聞きたいそうな」
「ふむ」
遠藤雅楽守は、ちらりとこちらに一瞥を寄越した。
「確か上州宮内一色家のご子息でしたな」
図書亮は黙って会釈を返した。
「二階堂家の若君は御年十三になられるが、一門の諸士は
なるほど、確かに行列の先頭を行く若君には、どことなく気品が感じられた。だが、見方によっては「ただそれだけ」にすぎない。その馬の後ろには、やはり数騎の武者が付き従っている。
「昨年、お父上を亡くされたと伺いました」
さしあたり、無難なところから会話の
「左様。お父上の
そう言う遠藤雅楽守の目は潤んでいる。しまった。老人の繰り言が始まるかと、図書亮は内心
「そのお父上のご気性を受け継がれたのであろうな。為氏公も容儀才徳が備わっており、勇猛なご気性であられる」
「さらに、弁舌も鮮やかであり、横逆をお嫌いになる」
「慈悲の心をお持ちになり、家人の罪は軽くし、褒章を重んじられる」
雅楽守と安房守は、交互に「若君」の自慢を繰り返した。それにいちいち頷いてやるが、実際には、図書亮は聞き流しているに過ぎなかった。現に、二階堂氏がこうして鄙の地へやってきているのはなぜか。鎌倉公方についたために、鎌倉周辺や
それを十三歳の子供がどうこうできるわけがない、というのが、図書亮の本音だった。
それに、ただの下向にしてはいやに物々しすぎる。七日に鎌倉を出立して以来今日で六日目だが、鎌倉を出てから具足を脱いだ日はなかった。野伏などの襲撃に備えるだけにしても、四〇〇余りという人数は多い気がした。
「――というわけだ。ひとまず、今晩の宿所に無事に入れたら、若君にお引き合せ致そう」
ようやく、安房守と雅楽守の長い「若君自慢」が終わったらしい。その二人も、
「はあ。で、なぜ皆様戦の装いなのでしょうか」
怖いもの知らずなのか、
「それは治部大輔がこの岩瀬の太守を気取り、ありとあらゆる物を欲しいままにしているからよ」
安房守が苦々しく答えた。
「ということは、もしかして須賀川の御城で今晩休むには……」
「左様。力で奪い取るしかない」
武者らしく、雅楽守がきっぱりと言い切った。
図書亮はがっくりした。いい加減、今晩にはこの重たい具足を脱いで休めると考えていたのである。それどころか、目的の地について早々と戦とは。
それにしても、「岩瀬の太守気取りの治部大輔」とは、一体何者なのか。
そこへやってきたのは、安藤
「図書亮殿。戦のご経験は?」
「多少は」
図書亮の初陣は、十七の永享の乱の時であった。持氏公周りの武者として
「美濃守様には話をつけておき申した。これより先、前へ出られて武功を挙げられよ」
つまり、二階堂家での居場所を自分で作ってこいということだ。
「かしこまりました」
大きく息を吸い、腹を括った。これで命を落としたのならば、それはそれまでた。だが、犬死してたまるものか。宮内一色家の浮沈も、図書亮の肩にかかっている。
足早に駆けて、行列の前方に近づく。近付くごとに、目の前には騎馬武者の数が増えていった。
後ろから、駒の足を早めて下野守や雅楽守が行列に戻ってきた。彼らの顔も先程までの寛いだ表情は既になく、緊張の色が隠せない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます