須賀川下向(2)

「何か、御屋形おやかた様のことで気になることでもあるのかな?」

 向こうから馬首を巡らせて、人好きのする男がやってきた。反射的に、図書亮は頭を下げた。相手は明らかに図書亮とは格が違う。馬に乗ってやってきたところを見ると、二階堂一門衆か四天王の一人に違いなかった。

「いえ。図書亮は鎌倉に住んでいたときには二階堂家の皆様と交わることがありませんでしたから、まずは御屋形様のお人柄を知っていただきたく……」

 半内が、慌てて取り繕ってくれた。

「ふむ。それなら儂から説明しようか」

 相手はにこにこと人の良さげな笑みを浮かべている。だが、その目は笑っていないことに、図書亮は気づいた。

「儂は、箭部やべ安房守あわのかみ。これでも、二階堂家では家老を勤めている」

 自ら名乗ってくれて助かった。やはり四天王の一人だった。これが舐めた態度を取り続けていたら、手打ちにされても文句は言えないところだっただろう。見たところ、年は四十路よそじ半ばか。さらに、彼の後ろからもう一人武将が現れた。こちらはすっかり鬢が白くなっているが、まだ姿勢はしゃんとしていて、背筋が伸びている。こちらも雰囲気からすると、二階堂家の重鎮に違いない。

「これは、遠藤雅楽守うたのかみ殿」

 下野守は軽く会釈をした。

「この者たちが、若君の話を聞きたいそうな」

「ふむ」

 遠藤雅楽守は、ちらりとこちらに一瞥を寄越した。

「確か上州宮内一色家のご子息でしたな」

 図書亮は黙って会釈を返した。陪臣ばいしんともいうべき相手に頭を下げねばならぬことに、軽く屈辱を感じるのだ。

「二階堂家の若君は御年十三になられるが、一門の諸士はことごとく若君のお人柄を慕っておる」

 なるほど、確かに行列の先頭を行く若君には、どことなく気品が感じられた。だが、見方によっては「ただそれだけ」にすぎない。その馬の後ろには、やはり数騎の武者が付き従っている。

「昨年、お父上を亡くされたと伺いました」

 さしあたり、無難なところから会話のいとぐちを見つけてみる。

「左様。お父上の式部大輔行春しきぶたゆうゆきはる様は、弓馬の道にかけては肩を並べる者はなく、軍門に臨んだ際には一度も敗れたことがなかった」

 そう言う遠藤雅楽守の目は潤んでいる。しまった。老人の繰り言が始まるかと、図書亮は内心ほぞを噛んだが、意に反して、彼は淡々と話を続けた。

「そのお父上のご気性を受け継がれたのであろうな。為氏公も容儀才徳が備わっており、勇猛なご気性であられる」

「さらに、弁舌も鮮やかであり、横逆をお嫌いになる」

「慈悲の心をお持ちになり、家人の罪は軽くし、褒章を重んじられる」

 雅楽守と安房守は、交互に「若君」の自慢を繰り返した。それにいちいち頷いてやるが、実際には、図書亮は聞き流しているに過ぎなかった。現に、二階堂氏がこうして鄙の地へやってきているのはなぜか。鎌倉公方についたために、鎌倉周辺や遠江国とおとうみの所領を幕府から召し上げられ、実質的には「都落ち」の一行だからではないか。

 それを十三歳の子供がどうこうできるわけがない、というのが、図書亮の本音だった。

 それに、ただの下向にしてはいやに物々しすぎる。七日に鎌倉を出立して以来今日で六日目だが、鎌倉を出てから具足を脱いだ日はなかった。野伏などの襲撃に備えるだけにしても、四〇〇余りという人数は多い気がした。

「――というわけだ。ひとまず、今晩の宿所に無事に入れたら、若君にお引き合せ致そう」

 ようやく、安房守と雅楽守の長い「若君自慢」が終わったらしい。その二人も、緋縅ひおどし藍縅あいおどしの鎧を纏っている。明らかに戦場の装いだった。

「はあ。で、なぜ皆様戦の装いなのでしょうか」

 怖いもの知らずなのか、宍草ししぐさ与一郎よいちろうが下野守に尋ねた。宍草は、どうやら六代将軍である足利義教の勘気に触れたのがきっかけで鎌倉に下向し、そこでさらに「二階堂家臣団」に紛れ込んで、奥州で一旗上げようとしているとの噂だった。

「それは治部大輔がこの岩瀬の太守を気取り、ありとあらゆる物を欲しいままにしているからよ」

 安房守が苦々しく答えた。

「ということは、もしかして須賀川の御城で今晩休むには……」

「左様。力で奪い取るしかない」

 武者らしく、雅楽守がきっぱりと言い切った。

 図書亮はがっくりした。いい加減、今晩にはこの重たい具足を脱いで休めると考えていたのである。それどころか、目的の地について早々と戦とは。

 それにしても、「岩瀬の太守気取りの治部大輔」とは、一体何者なのか。

 そこへやってきたのは、安藤式部少輔しきぶのしょうゆう綱義つなよしだ。図書亮が鎌倉にいた時分に一色時家の自害を聞き、近所の誼で真っ先に図書亮を保護してくれ、二階堂家へ引き合わせてくれた恩人でもある。安藤は須田家との縁が深く、そのため二階堂家に入って日が浅い図書亮や藤兵衛、半内でも「須田美濃守」の名前は知っていたのだ。

「図書亮殿。戦のご経験は?」

「多少は」

 図書亮の初陣は、十七の永享の乱の時であった。持氏公周りの武者として武蔵府中むさしふちゅうまで遠征させられたが、結局負けた。

「美濃守様には話をつけておき申した。これより先、前へ出られて武功を挙げられよ」

 つまり、二階堂家での居場所を自分で作ってこいということだ。

「かしこまりました」

 大きく息を吸い、腹を括った。これで命を落としたのならば、それはそれまでた。だが、犬死してたまるものか。宮内一色家の浮沈も、図書亮の肩にかかっている。

 足早に駆けて、行列の前方に近づく。近付くごとに、目の前には騎馬武者の数が増えていった。

 後ろから、駒の足を早めて下野守や雅楽守が行列に戻ってきた。彼らの顔も先程までの寛いだ表情は既になく、緊張の色が隠せない。

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