異世界行商記
@hiroo0606
第1話旅立ち
エピローグ
冬の夜明け前、街は銀色に静まり返っている。
吐く息は白く、川からも白煙が上がっている。
冬の静けさが体を包む。
僕は荷馬車に荷物を淡々と詰めていく。コートが雪で白く染まっていく。
みんなとの別れを惜しみながらも、これから一人で生きて行くんだ、という高揚感が込上げる...はずだった。
当然こんな夜明け前、見送りはいない。
これではまるで夜逃げだ。まあ、実際には
夜逃げよりもっと酷いのだが...
「トキ、まだなの?」
なぜだろう...一人旅のはずなのに果物の箱の中から声がする。
「静かにしろアオ、焼きリンゴにするぞ」
「.....」
何とも締まらない旅の始まりだ。
長い長い旅の...
第1話「旅立ちの日」
僕の住んでいる孤児院では16になると自分の職業を宣言し、独り立ちすると決められている。
「トキは何になるの?」
と年下の子どもたちが無邪気に僕に聞いてくる。
「きっときしだー」「いやいやよーへーだよ」
周りの子供たちは口々に言う。
長身で剣術が得意な僕はきっと騎士団への入隊を周囲から望まれていると思う。院長もそうだろう。地域では敵無しで、実際騎士団からスカウトが来る程ではある。
だが...ある行商に出会ってから僕の気持ちは揺らぎ始めた。
その行商は急病人として、この院に運び込まれてきた。名前はウィルという。白髪混じりの初老で短髪が似合う男だった。
何とか一命は取り留めたが衰弱してしまった。
治療に当たった教父の話ではもう長くは持たないそうだ。僕はウィルの看病を任された。主には話し相手だった。
行商がこれまでに訪れた様々な国の話を聞いた。
どこまでも続く虹色の草原のある国、黄金でできた国、雲の上にある国、はたまた水の底にある国、どれも想像もつかない夢のような国ばかりだった。
あるとき僕はウィルに尋ねた。
「僕のような見た目の人が住んでいる国を知りませんか?」
しばらくウィルは悩んでこう答えた。
「...知らないね」
「だかね、魚人や鳥人の国があるんだ、黒髪と黒い瞳の国がないなんてナンセンスだろ」
ウィルはいたずらっぽく笑って続けた。
「そんなに知りたいなら自分で探しに行けばいい」
「俺ももう長くない。少なくとも行商は無理だ。
やるなら俺の馬と荷馬車はくれてやるよ。」
「うん...」
僕は返事を濁した。
この国では少なくとも黒い髪と瞳を持つ人はいない。シスターや教父もそんな国は知らないそうだ。だが、自分が何者であるのかを知りたい。
この世界をもっと見てみたい。ウィルと話すうちにこの欲求はどんどんと大きくなっていく。
そして今日に至る。ウィルは先日息を引き取った。静かな最後だった。
朝食が終わり、礼拝堂へと向かう。そこには修道着姿の院長とシスターの姿があった。
「トキ、ここへ来なさい。」
と院長。
「汝の道を神に示せ」
僕は決めた。
「僕は自分のルーツを知りたい。」
「僕は旅する商人、行商になります。」
と宣言した。
院長とシスターは少し困惑した様子だったが笑顔で受け入れてくれた。
そんな2人ののせいで僕はまだ揺れそうになった。
でも、決めたのだから。前に進まなければ。
その夜、送別会を開いてくれた。院のみんなとの別れはやはり...寂しかった。涙する子もいたが何とか泣かずにすんだ。護身用の短剣とブレスレットをシスターがくれた。
会が終わると、教父に呼び出された。
「ひとつ、頼まれ事をしてくれんかね」
「ええ、なんでも」
「行商に一人帯同させて欲しいんじゃ、少女だ」
「えぇ...それは...」
「男に二言はないぞ!」
どうやら、訳あって匿っているらしい。
まんまと嵌められた。。そもそも、そんなこと予想出来るわけがない。
「では、いくぞ!」
外に連れ出された。しばらく町を歩くと、ある
一軒家の前で止まった。
教父がドアをノックする。ドアが開くと白髪の少女が現れる。品の良さそうな整った顔立ちだ。
家の中に招かれる。すると、
「じゃ、わしは失礼する」
えっと思った時には教父は家から出て言った。
なんとも勝手な人だ。僕は取り残された。
「とりあえずコーヒーでも飲む?」
少女に声を掛けられた。涼しげな声だなと思った。
「あぁ...」
それから、僕は自分が孤児であの教父のもとでお世話になっていること。自分の生まれを探る旅をする、行商になることを伝えた。
「そう...、私の事情は聞いてる?」
と彼女は切り出した。
そして...彼女は造反貴族の娘で、両親は処刑され、彼女も処刑対象であることを知った。
コーヒーの冷め方に合わせるように僕の背筋も冷めていった。吹雪が窓を揺らす。淡々と語る彼女の声音はやはり涼しげだった。
それから様々な話をした。生い立ちから、日常、友人...。
目覚ましの音が聞こえる...。話しながらテーブルで寝てしまったようだ。まだ夜明けまで幾ばくがある。音の鳴る方への行くと、そこには教父の時計と...手紙が置いてあった。
「トキへ
おはよう、目覚ましをセットさせてもらった。
人目についてはならない。夜明け前に出発しろ。彼女は果物箱に詰めろ。幸運を祈る。
教父」
「何読んでんの?」
とアオに聞かれる。あの目覚ましで起きたようだ
「教父からの手紙さ..君を果物箱に入れて出荷しろだってさ」
「...行くか?」
「ええ、行くわ」
外へ出ると吹雪は止んでいた。しんしんと雪が降る、静かな銀世界が広がっていた。
もう、二度と見ることはないかもしれないこの街並みを眺めながら、しずしずと歩く。
振り返ると2人分の足跡が僕らの過去のようにどこまでも続いていた。
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