第69話 さらに危険な罠
ああ、トゲトゲの鉄球ッ!
ハリネズミみたく鋭利な針を無数に生やした、何百トン何千トンもありそうな巨大な鉄の塊が、廊下の空間を一杯に埋めながら、殺意をムンムンに滲ませ、こちらへ迫ってくるではないかっ!!
鉄球の針が石のレンガに接地する瞬間、規格外の重量から生み出される凄まじい衝撃に、ビチバチッと赤黒い火花が廊下中に飛ぶ。
上にも下にも横にも、逃げ場はない。その威力は、間違いなく即死級。
あんな図体のヤツに轢かれれば、針で肉をズタズタ部引き裂かれ、鉄の重量で骨を引き延ばされ……あっという間に俺は、臭いひき肉と化すだろう。
古くから遺跡や神殿などに伝わる、シンプルかつ有効なトラップだ。
逃げろっ……といっても、俺の立っている位置は、幸い行き止まりだ。左右の別れ道のどちらかへ逃げ込んでしまえば、鉄球は壁にぶつかり、勢いは殺されるはず。
俺は直感で、ヒョイッと左の廊下へ飛び込む。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴオォウゥゥン……。
脳筋住職が力のかぎり寺の鐘を連打するような、騒がしい音が迫って来る。
血みたいに火花をバチバチまき散らし、グングン速度を上げながら、ついに巨大な鉄球が、俺の立っていた位置、行き止まりの壁にぶつかるっ。
ゴオォウゥゥンッ!!
弾丸のように突っ走る棘の鉄球は、行き止りに激しく衝突し、ついに静止……しなかった!
信じられないことに、鉄球は勢いを殺すことなく、俺のいる廊下の方へ、転がって来るではないかっ!!
跳弾! 磨き上げられた鏡面が光をあますことなく反射させるごとく、鉄球の突進くらいではビクともしない強固な壁が、エネルギーをあますことなく左方向へ受け流してみせたのだ。
ああ、マズい。今度こそ逃げ場はない!!
動揺にもつれる両脚に鞭を打って、俺は急いで別れ道の廊下を走り出す。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴオォウゥゥンッ!
棘の鉄球は、豪快に火花をまき散らしながら、予想以上のスピードでこちらに迫って来る。
どうやら、狭く永遠と続く廊下の景色と、その規格外の巨体から、遠近感を狂わされ、鉄球の速度を見誤っていたらしい。
このままでは……確実に追いつかれる。
石のレンガの床を蹴り上げ、必死に脚を回転させて、己の限界を越えて、走れ、走れ、走れっ!!
減速しないように注意しながら、後ろを振り返る。
……ヤバい。本当に追いつかれる。
ゴンッゴンッ殺意を滾らせながら、豪速で回転する鉄球の針が、もうすぐそばまで迫っているではないか。
隙間なく転がる鉄球によって押し出された空気の塊が、背後に直撃し、危うくよろめきそうになる。
……はたして、あの巨体を剣で弾き返すことができるだろうか。
おそらく不可能だ。勢いよく転がる真後ろの鉄球を弾き返すには、半端ではない力が必要になるだろう。
今まで俺は、経験値の浅さやレベル・ステータスの低さをテクニックによって補い、対象物を確実に素早く斬る手法を学び、実践してきた。
剣の構造や刃の特性を利用できない、単純な力勝負となれば、残念ながら俺に、勝ち目は万が一にもないのだ。
派手に火花を散らすのがせいぜい、あとは回転する針に巻き込まれ、鉄球に圧殺されるのがオチだろう。
突然、目の前の景色が暗くなった。
松明の火が消えた? いや、違う。
……影だ。鉄球の巨影が、ついに俺をすっぽり包んで、飲み込んでしまったのだっ!
ああ、ダメだ。どう死に物狂いで走ったって、これ以上、速く走ることはできない。
俺は、こんな見知らぬダンジョンの奥地で、単純な罠に引っ掛かり、誰に知られることもなく、一人寂しく死んでゆくのか……。
周囲から音が消えた。あれほど騒々しかった鉄球の転がる音も、今や嘘みたいに、聞こえなかった。
紙吹雪みたいに、頭上から火花が降ってきた。
火花は、キラキラと赤い光を輝かせ、俺の体に触れた途端、雪みたいにフワッと溶けて消えてなくなる。
最期にはふさわしい、哀愁ただよう美しい情景じゃないか。
俺はそっと目を瞑り、体の力を抜いた。
死を目前にすると、人って、眠たくなるんだ……。
最期を彩るかのような火花を浴びながら、俺は優しく微睡んでいった。
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