30.忘れよう忘れよう、忘れてはならない

「……ユハナス君。まだ……、考えてるの?」


 マティアさんが。僕の横に座って、そう言った。

 あの転移性ブラックホールと共に。ニール君が消えてしまってから、一週間。

 僕は不思議なくらい落ち込んでしまっていた。


「ユハナス様。何を考えておいでです?」


 イデスちゃんも、僕の隣に座って。聞いてくる。


「……イデスちゃん。僕らの会社の、資産保有高は? どれくらいなんだい?」

「……少々お待ちください」


 イデスちゃんはそう言うと、タブレット端末を叩いて。数値をはじき出して僕に示した。


「はは……。とんでもない額になってるじゃないか……。ここ数年、がむしゃらに働いてきたしなぁ……」

「はい……」

「でも……ね。どんなにお金を稼げたとしても。僕はあの子一人救えなかった……」

「はい……」

「虚しいね、金儲けなんてさ。そう思わない? イデスちゃん」

「……」

「僕はもう、金稼ぐ気無くしたよ。お金を稼いで、世の中の苦しんでいる人間を助けられたら、なんてバカみたいなこと考えてた。お金じゃなくて、もっと別の力が必要だったのにさ」

「……なんの力だと。思われるのですか?」

「さあ? でも、僕は思ったよ。あんな、宇宙空間にブラックホールを自在に発生させて。用が済んだら自在に消すような存在と渡り合って、自分達の意志を示すことなんて、無理だってね」

「……では、私たちは。商売をやめましょう」

「うん、そうしよう。稼いだ金がそれだけあれば、おじいちゃんも納得してくれるし。リゾート惑星で贅沢にみんなで一生楽しく暮らせるよ」

「……そうですね。それもいいかもしれません。貴方がそれでいいというのなら」

「……ニール君の最後の言葉。忘れたの? もう一つの宇宙がある事なんて、忘れろって。そう言っていたろ?」

「そうですが。ユハナス様ともあろうやり手の商人になられた方が。あの言葉の綾を読み取れていないとは、このイデスにはとても思えませんわ」


 イデスちゃんがそう言うと、マティアさん、ルーニンさん、シオンさんが次々に口を開いた。


「あの子さ? ニール君よ。ものすごく強がってようやく、あの言葉を絞り出したこと。気が付かなかったの? ユハナス君。だとしたら、流石の鈍感童貞ってところね!!」


 マティアさん、僕の童貞を弄るなよ!


「ニール君、かわいそうだよ~!! わたし、ユハナス君のこと~、買いかぶってたよ~!! 子供を成人まで~! 育てるって言ってたのに~!!」


 わかってるんだ、ルーニンさん。僕だって折れたくなんてない! でも、もうどうしようもないだろ!!


「ユハナス君。踏ん張りどころよ。忘れてしまうのもいい、忘れないで次の行動に移るのもいい。でも、私思うのよ。何かの仕事をしていたり、何かの目的がある方が。日々のご飯も、日々のお酒も。意味を持つの。意味があって飲食しているからこそ、そう言ったものは美味しいのよ」


 シオンさんは、毎日の旨味の為にかよ!!


「ユハナス商団長。いや、ユハナス。君は、俺の事は助けてくれた。様々なしがらみから救い出してくれた。あの時の君の瞳は、とても澄んでいて。何かの夢を見続けている、目的を持った者の目をしていた。それがどうした? たかが、ブラックホールに魂を抜かれたか? なんだその腑抜けっぷりは!!」


 うっが!! レウペウさんいってぇよ!! おもいっきり、平手で僕の背中をぶっ叩いたよ!!


「……みんな、さ? バカなの?」


 僕が仲間一同を見回すと。みんな、にやにやにやにや笑って。


「バカだから、ね」

「バカですわよ、私は」

「バカで結構。それでもやりたいようにするものよ」

「バカ~、バカ~、もともと私バカだよ~」

「武人とは。自分の意志によってバカになれる者の事を指すのだ」


 と、答えを返してくる。


「ってことはさ? バカに推戴されてる、僕は。バカの山の大将で、バカどもに動かされて、バカなことをしても。誰からも当然だと思われるよね?」


 って、僕もにやりと笑うと。

 みんなは、いいぞいいぞと拍手をくれた。


「わかった。方針転換だ。リゾート惑星に若隠居ってのは無しにするよ? 後悔すんなよ、みんな⁉」


 僕がそう言うと、やっぱり最初に反応するのは、僕の最初の相棒のこの船、イデスちゃんだった。


「とりあえず、カルハマス星系に帰って。ここ七年間の成果と、出来事をトイロニ総帥に話して。それから、此度のニール君が『奪われた』事もしっかりお話しして。

『私たちの可愛いニール君』を取り戻す手筈を組むとしましょう!!」


 イデスちゃんがそう言った後に。

 シオンさんがぽつりと呟いた。


「まあ、別の宇宙とか、魔導師とか。私の神聖術に対する挑戦状をたたきつけて来たかのような、あの顔ブラックホール!! 何としてでもあっちに宇宙に行って、面目叩き潰してスッキリしてやるわ!! この宇宙の名のある寺院惑星ニレディアの高位司祭の私としては、それくらいしないとスッキリしないわよ」


 呟き声である割には、表情を見ると不敵極まりない。


「まあ、ねぇ。私は。ユハナス君に、ターゲット定めてるし。このどんな男も色気で屈服させてきた私に、なびかないユハナス君は気に入らないのよ。ってわけで、気が済むことになるまで。私はユハナス君に対するターゲッティングは外さないからね!」


 あわわわわ。マティアさんは、僕の童貞を奪うまでは離れないとの宣言を高らかにする。そして、この人の表情も、また不敵極まりない。


「わたし~。ユハナス君の下以外で働く気ないよ~? 私を助けて、幸せな世界に連れて来てくれたの、ユハナス君だもん~!! ユハナス君が行くなら、私どこにでも付いて行くよ~♪」


 いや、ルーニンさん。もし仮に、僕が向こうの宇宙に行く術を見つけたとしても。それはある意味、向こうの魔導皇だと言う事になっているらしいニール君の身柄を、いわば強奪に行く形になるんだから。農業しかできないルーニンさんは足手まといになるかもしれないんだけど……。


「まあ、俺も、だ。いい加減平和過ぎる生活に、戦士の腕が鈍ってきたところだ。正当な理由がある戦いに殉じるのならば、戦士の本懐。俺のアームドアーマーも強化改造をして、向こうでも戦えるように仕上げないとな」


 レウペウさん、戦意満々。この人、調理とかレシピ編集とかやっててもらっていたけれど。本性は戦士そのものだからな~。ちょっとうれしそうな笑みが何ともいえない。


「さて、ユハナス様。総員の意志が、同じ方向を向きましたわ。あとは、ユハナス様の決断です。ニール君を取り返す方向で、今後動くこと。決定いたしますか?」


 さても清楚な少女の姿の、イデスちゃん。この子は、すました顔で激しいこともできる子。その子に、別宇宙に喧嘩を売りに行くかと聞かれて。


「ふん。やってやるさ。嫌がる子供を攫って行くような奴らに!! 富で人々を幸せにしようとする辣腕の商人が負けるわけがないだろ!!」


 僕はそう言うと。みんなと同じように不敵に笑った。

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