21.雇った調理師。鬼怖い

「おい、包丁は押すな。刺身を切るときは引き包丁だ」


 怖いっての。新しく開く外食店の店舗を小惑星上に作って、その厨房での話なんだけどね。

 ねじり鉢巻きをした、角刈りの出張調理師に料理を教えてもらいながら。

 なんだってこんな、極道の人間みたいのが来たんだと僕はちょっと嘆いた。


「ちがう。包丁は一気に引け。それから、包丁の重みだけで切るんだ。力を入れて断ち切ったら魚の身が潰れちまう」


 怒っているわけではないことはわかる。ただ真剣なだけなんだ、この調理人。

 僕とレウペウさんが、この調理人であるキタシマという男に調理を習い始めてから。半月が経っている。


 惑星の市場に、野菜を卸売りに行ってから。新しい作物を植え付けようかと思ってたんだけど、ルーニンさんがダメ出しをして言ったんだよね。


「土にも~。お休み必要なんだよ~?」


 って感じかな? なんでも、肥料を撒いても土が吸収してこなれるまでには相応の時間がかかるとのこと。

 いわば僕らの小惑星は農閑期に入ってしまったので、その間に次の計画をスタートしたという訳なんだ。


 実際の所、資金はだいぶ心細くなってきているが、外食店をオープンさせるための店舗は建てられたし、いま僕らに料理を教えてくれているキタシマを調理師派遣所から送ってもらうこともできた。

 で、問題は。僕らが調理を覚えなければならないと言う事。キタシマとは三か月の契約を結んでいて、仕事を頼むときに、キタシマは言ったものだ。


「俺は厳しいぞ? ただし、引き受けたからには包丁の使い方も料理の火の入れ具合も。三か月できっちり叩き込んでやる。厳しくされることが嫌で肚が決まらないのなら、俺に頼むのはやめて置け」


 こんなことをね。はっきり言っていて。柔らか系の僕とは合わないと僕は思ったんだけど、レウペウさんが言ったんだ。


「ユハナス商団長。技術というものは、こういう硬質の人間から習うのが一番いい。優柔な人間よりは、削ぎ落した部分が多いだけ容赦なく教えてくれる。ましてや、期間を切っての雇用なのだから、俺達に遠慮して技術を期間内に伝えきらないような人間よりは、こういったタイプの方が好ましいはずだ」


 という感じの事を。僕はそれに納得はしたけど……。


「雇い主さん。アンタ鈍臭いな。いいから、この前教えた出汁巻き卵。焼いてみてくれ」


 そう言われたので、僕は玉子焼き機をだして、ガスコンロにかけてボウルに卵を三つ割って、卵を溶く。そして、だし汁を加えて、更に溶く。

 それから、ボウルの中身の出汁入り溶き卵を熱された玉子焼き機に三分の一入れて。焦げないように菜箸でぱたんぱたんと折り畳み、出来た隙間にまた溶き卵を流し込んで。

 全部の溶き卵を入れて、焼き終わったものを巻き簾の上に載せて、形を整えて。包丁で厚めに切ってから、陶器の皿に載せて、キタシマの前に出した。


「ん……。ふむ。これはさすがにできるな。雇い主さん、アンタ、卵焼きだけは上手いな。たしか、茶碗蒸しも上手くできたよな」


 キタシマにそう言われて、まあ嬉しいんだかそうじゃないんだか。僕は、刺身を引くのは下手だけど、天麩羅を揚げる腕と卵料理、それに汁物はできるという評価を、キタシマは下している。


「レウペウ君。焼き物と刺身は、君がやった方がいいな。君らのリーダーは、調理師にはなれないが、調理補助はできる。その程度の腕にしか伸びないぞこれは。まあ、教えろと言われれば、作法は仕込めるがなぁ……」


 うーむ。明らかな失望を受け、落第点を貰っている僕。料理なんて、はっきり言って初めてするからな。その割には出来ている方だと思ってたけど。

 割烹飯店にするってみんなで決めて、割烹の料理人を教官に招いたらこうなっちゃった。


「よし、二人とも見ていろ。俺が人数分の昼食を作ってやる」


 そういえば、お昼ごろが近いな。みんなの昼食を作ってくれるとキタシマは言う。


「見ていろ、よ? 見学も立派な学習なんだからな?」


 さて、キタシマはそう言うと。

 イデスちゃんとシオンさんが海惑星から買ってきたウナギを生簀から掴んで取り出すと。

 木製のまな板に頭をつかんで置き、その目玉に目打ちを叩き込む。

 それから、ウナギ包丁で身を捌いて行って、あっという間に。

 人数分のウナギの串打ちを済ませてしまった。


 それから、ガスの炙り器の上で、ウナギを白焼きにして。

 僕らにこの前作り方を教えてくれた時に作り置きしてあった、タレを刷毛でちゃっちゃと塗って、しばらく置いている間に。

 お湯をコンロで沸かして、ウナギの肝とお麩のお吸い物を作っていく。


 平行して炊いていた土鍋のご飯が炊けたところで、それを丼に盛って、刻み海苔をパッと掛けて、焼き上がったウナギを上に載せて。タレを上から回しかけ、山椒の粉を振って。


 うな丼定食、7人分の完成である。


 僕もレウペウさんも、呆れていた。なにに呆れたかというと、はっきり言って異常なまでの手際の良さにだ。そして、ものすごく速い。

 一つの作業をしている間に、時間が必要な作業を既に仕掛けているので、実質の作業量は多いけど、作業時間は短いという理屈なんだ。


「どうだ? 客が多いときは、このぐらいのスピードは必要になる。ま、一人で店を回す場合にはな。まあ、雇い主さんは、最低でも厨房に二人組で入った方がいいぜ。テンパったら大変だからな」


 うむー……。それはまあ、確かになんだけどね。僕らは、どんなに鍛えたところで。このキタシマのような超人的な調理スピードは出ないだろうからさ。


「ちゃんと見て学んだか? 頭に焼き付けとけよ」


 キタシマはそう言うが、言われずともあれは脳裡に強烈に焼きつく手際の良さだった。


   * * *


「キタシマさーん! これ美味しいわぁ!!」


 シオンさんの、舌つづみの音と歓声が響く。


 みんなの分のうな丼をもってきて、宇宙船内の食事スペースで食べているところなんだけど。イデスちゃんを仲間外れにしたくないから、小惑星F.L.St上にシェルターハウスを作っていても、僕らの生活空間は、このリジョリア・イデス号の内部なんだ。


「おう、司祭さん! あと二か月ちょっとしか居ないけどよ、俺は。その間は旨い物毎日作るからよ!!」


 キタシマは結構年かさなので、年齢不詳だが物腰が大人のシオンさんとはノリが合うらしい。清酒の入ったぐい飲みを二人で傾けながら、うな丼を食べている。


「キタシマ調理師さん。ユハナス様と、レウペウさん。契約期間中に調理の仮免許は取れそうですか?」


 イデスちゃんがそう聞くと、キタシマは答えた。


「ユハナス坊ちゃんは無理だな。レウペウ君は腕はいいので、完全試験免許制のこの星系の調理師免許は取れるところまでは仕込んでやるよ。外食店は、1店舗に一人の調理師がいれば、営業許可が下りるからな」


 うん。知ってる。僕は、何というのか。

 お坊ちゃん育ちで、あんまり器用じゃないんだよな。

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