2章 スタディ・ザ・ロスト

19.あれから二年。快調な日々

「おこめ~! むぎ~! さつまいも~! とうもろこし~! えんどうまめ~♪」


 さて、何やらファームハウス内にはルーニンさんの珍妙な鼻歌が流れているけど。

 僕らが小惑星『F.L.St』で生活を始めてから宇宙標準時間で二年間が過ぎた。

 その間に作付けした農作物の収穫を行っているんだけど……。


「旨いな……」


 なんか、レウペウさんが生のトウモロコシを感慨深げに齧って。しかも旨いとか言ってるし。


「美味しいわね……」


 レウペウさんの妹のマティアさんは、生のサツマイモを齧っている。しかもやっぱり美味しいと感じているらしい。


「こらこら、レウペウ君、マティアちゃん。ちょっと我慢ってものをしなさいよ。船に持って帰れば、イデスちゃんが美味しく調理してくれるって言うのに……」


 シオンさんが、豆の大量に入った籠を運びながら、呆れたようにそう言う。


「うむ。少々はしたなかったかな。何しろ、母国を出て以来、こういった生の食事ばかりだったので」

「にい。余計なこと言うな」

「む……!」


 レウペウさんが何かを言いかけたのを、マティアさんが止める。

 シオンさんはやっぱり、何か知っているらしい。目に何かの確信の光のような色を浮かべているが、僕にはそれが何かは教えてくれない。


「本当にいい土になってくれたよ~! イデスさんが砂に混ぜる臭い粘土をもってきてくれるからだねえ~♪」


 ルーニンさんが嬉しそうに言うけど。彼女はあの臭い粘土が悪霊粘土と言って、宇宙悪霊を圧縮したものだとは知らない。なんか、教えると怖がりそうだから、誰もそれを教えていない。


「収穫したものは、食べる分以外はカーゴケースに入れてね、みんな。ケースごとタイムシーリングして、他の星に売りに行くからさ」


 僕がそう言って、白ネギを抜き始めると。みんなは手を振って、わかったと言ってくれた。


「みなさん、頑張ってくれましたので!!」


 僕らが作業をひと段落させて、宇宙船に戻ると。

 イデスちゃんが料理を作って待っていてくれた。

 その香りを嗅ぐと、レウペウさんが目を光らせる。


「おお⁈ トウモロコシが焼いてある!! 香ばしい香りがするな!!」

「はい、レウペウさん。たまり醤油を刷毛で塗りながら焼いたのですよ♪」


 テーブルに着くと、目の前にはここでの収穫物を使ったメニューがずらりと並んでいる。


「あー!! サツマイモの天麩羅だぁ♡」


 もう、わき目もふらずに箸を使って芋天ぷらにかぶりつくマティアさん。


「麦ごはんの塩おにぎり~♪ おいしい~♪」


 ふわふわ声で喜びながら。塩おにぎりを両手で持って齧るルーニンさん。


「これ、おいっしーわねぇ……」


 船内プラントで醸造した清酒をちびちびやりながら。鰹節醤油のかかったインゲン豆のおひたしを箸でつまむシオンさん。


「お大根を。浅漬けにしてみましたわ。ユハナス商団長、塩おにぎりと一緒にどうぞ。ムギ茶もムギを炒って作って淹れました」


 イデスちゃんが出してきた、いわばおにぎりランチセット。

 食べてみたら、適度な握力で握られた麦飯がホロホロと口の中でほぐれるのと同時に、きゅっと効いてくる塩味。

 そこで、大根の浅漬けを摘まんで齧ると、柚子の風味が利いていて。とてもホッとする。

 さいごに、ムギ茶の香りでそれを胃に流し込みながら。


 僕はイデスちゃんに聞いた。


「この、浅漬けの塩はどこから手に入れたの?」


 そう、農作物ではないからね。するとイデスちゃんが答える。


「この小惑星の岩塩地帯から削りだしたものですよ。柚子はアトミックフードメーカーで作ったものです」


 ふむふむなるほど。農作と、機械合成で食材のやりくりか。

 イデスちゃんはやり手だな、と僕は思いつつも。


 目の前の食事を摂ることに夢中になってしまった。

 美味しいからね!!


   * * *


 1週間後。僕らは機械と手作業で一通り作物の収穫を終えた。

 そしてそれらを、自分達の食料用と近隣惑星に売りに出す分とに分けて、タイムシーリングをかけた。


「さて、二手に分かれるよ。このF.L.Stの留守を守る班と、近隣惑星に食材を卸しに行く班に」


 僕がそう言うと、レウペウさんが挙手をして言った。


「俺が留守組なのは確定だな」


 そう、それは動かない。レウペウさんには、小惑星守備用にアームドアーマーを買って預けている。あれがあれば、この小惑星上で何かの荒事があっても対応できる。レウペウさんは凄腕のアームドアーマー乗りだしね。


「私は、売り手に回りたーい♪」


 マティアさんが、そんな風に明るく言う。


「お前はただ街に出たいだけだろう?」

「うん、そうよ、にい。何か文句でも?」


 レウペウさんの言葉に逆らわないが、自分の欲求も収めないマティアさん。


「まあ、いいよ。一緒に星の方に行こう、マティアさん」


 僕がそう言うと、マティアさんは僕の方に駆け寄って来て腕を組んだ。


「ユハナス商団長~♡ すき~♡ 今夜、初めてをやるっていうのはどう?」


 さすがに娼婦業経験者というか。隙あらば僕に童貞を捨てろと言ってくるマティアさん。でも、僕はそれを流しつつ言った。


「それはどうでもいい。さて、後はイデスちゃんで決まりだね。シオンさんがいないのがちょっと不安だけど、僕も交渉の腕を磨きたいから」


 そう言って決めたメンバーは。

 留守組、レウペウさん、シオンさん、ルーニンさん。

 卸売組、僕、イデスちゃん、マティアさん。


 こうなったんだ。

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