第21話、市ヶ谷事変
『ダンジョンバースト』と呼ばれる災害がある。
一言で説明すれば、魔素による噴火のような現象だ。
ダンジョンの地下には高い密度の魔素だまり(通称ボス部屋)が存在するが、このボス部屋がなんらかの作用により地上に近い場所で形成された場合、周囲との密度差により魔素密度の低い方向、即ち地上へと向けて一気に噴き出す。
これがダンジョンバーストの基本的な原理である。
ダンジョンバーストの被害は凄まじいものであった。
なぜなら魔素と一緒に内部に潜むモンスターまでも撒き散らされるからだ。
通常、モンスターは地上では殆ど活動ができない。
それは彼らのエネルギー源である魔素が極端に薄いからだ。
だから彼らは地上に出てこない。
しかし魔素が撒き散らされた場合は別である。
撒き散らされた魔素密度が自然に低下するまでの間、モンスターは自由に行動できる。
過去には国が亡びかけたり、1つの島がまるごとモンスターに埋め尽くされたこともあった。
世界各国はこの災害に備えて、自国内のダンジョンを捜索管理し、魔素密度が一定値以上にならないようにモンスター等を狩り続ける必要がある。
その日。
東京都市ヶ谷にある自衛隊直轄のCランクダンジョン『
ダンジョン施設等の異常事態は、その深刻度に応じて7つのカテゴリーに分類される。
日本を含む世界各国は、異常事態の深刻度合いをこの尺度により判定し、必要に応じて発表している。
評価尺度4のダンジョンバーストは、管理上の事故ではなく『局地的な影響を伴う災害』に認定されるもので、世界でも10例しかない大災害であった。
東京都はただちに緊急事態宣言を出すと共に、高位探索者及び自衛隊に出動要請をする。
結果、ダンジョンバースト発生の10分後には、Cランクダンジョン『三島』の周囲に二重のバリケードが張られ、総勢200余名に及ぶ現職自衛官及び民間探索者たちが出現したモンスター群と戦闘を行っていた。
無数の弾丸や魔法スキル等が飛び交う中を、剣や戦斧を持った探索者たちが突っ込んでいく。
「絶対に奴らを市街地に出してはならん!
なんとしてもこの市ヶ谷地区内で仕留めろ!」
市ヶ谷地区内庁舎A棟4階にある司令本部。
約180平米ある広いその部屋に置かれた長机の前で、部下たちにそう檄を飛ばしたのは、身長1メートル90センチの得体に頬髯を生やしたスーツ姿の偉丈夫であった。
彼は現場指揮を担当する防衛省内局ダンジョン政策担当統括官の『
「ダメです!
完全に我が方が押されています!
このままではモンスターが市街地に出る可能性が!」
やや緊張気味に報告したのは、長谷の女性秘書官だった。
彼女は手持ちのタブレットを操作して、室内に用意された巨大モニターに外の様子を映し出す。
現場は酷い有様だった。
オレンジ色の光線に焼かれ、探索者たちが倒れていく。
「なぜだ!?
現場にはCランク相当の隊員が10名はいるんだぞ!?
他にも民間契約の雇用探索者も4名いる!
三島のモンスター程度ならなんとかなるはずだ!!」
「ボスが……! エクストラボスが出現しているんです!」
秘書官が悲痛な声音で叫ぶ。
「三島のエクストラボスだと!?」
秘書官からそう言われて、長谷はモニター画面を見た。
かつてダンジョンがあった場所には、隕石でも落ちたような穴が開いている。
その上空に浮遊しているのは、無数の骸骨が寄り集まった全長10メートルの歪な球体。
そのおぞましい姿を見て、長谷は歯噛みした。
「間違いない……!
奴は10年前に市ヶ谷全域を滅ぼしかけた『スケイルレギオン』……!
死霊騎士族最上位格のモンスター……ッ!」
長谷が呟いている間にも、レギオンの球状の体が青白く発光する。
次の瞬間、あらゆる箇所から青白色のレーザーのようなものが放たれた。
そのレーザーは周囲を取り囲んでいた探索者やモンスターたちを次々と焼き殺し、彼らの体を魔素の白煙へと変えてしまった。
それらの魔素を吸収し、レギオンは更に巨大になっていく。
「ま、魔素を吸収している……!?
まさかレベルを上げているのでしょうか!?」
秘書官が長谷に尋ねる。
「その通りだ……!
恐らく奴は『神種』に進化しようとしている……!
更に魔素を集めるために、人間の多い市街地に向かうつもりだ!
一刻も早く奴を倒さねばならん!」
「で、ですが、どうすれば……!?」
「ペトリオットを使え!」
「ペトリオット!?
ですが、うちに配備されているのは弾道弾処理用ミサイルです!!
地上付近の目標を狙うようにはできておりません!!」
「そんな事言ってる場合か!!
かまわん撃ちまくれぇ!!!」
長谷の指示から20秒後、既に機動展開を済ませていた第一高射群第一高射隊の市ヶ谷分遣隊が3両のミサイル発射トレーラーからペトリオットミサイルを次々に発射した。
装填されていた計12発全てが命中。
しかし。
「全弾命中!
ですが、目標依然移動中です!!」
スケイルレギオンを倒すには至らない。
まったくダメージが無いわけではないが、体表面の一部が欠けただけであり、その欠けた分も魔素を吸収することで即座に回復してしまう。
「バカな……!?」
そんなレギオンの姿を長谷は、重苦しい表情で睨みつけていた。
「と、統括官!? どうしましょう!?」
「く……!?
ミサイルが効かないとなると、恐らく奴の
通常兵器はもちろん並みの武器や魔法スキルでは歯が立たんだろう!」
そう言うと、長谷はレギオンの表面を目まぐるしいスピードで動く小さな赤い点を見た。
それはレギオンの
「ならば弱点の
奴を倒すにはそれしかない!
スナイパーはどうした!?
攻撃は行っているのか!?」
「はい!
コアに対し既に16回の射撃を行っております!
ですが目標の速度が速すぎて補足できておりません!」
傍らに控えた女性秘書官が報告する。
「く……!?
自衛隊が誇る『対三種特化群』所属の精鋭なんだぞ!?
Bランクダンジョンに潜っている者も居るッ!
そこらの探索者とはレベルが違……ッ!?」
長谷が言いかけたその時だった。
突如としてレギオンの表面が黄金色に発光し、直後に大小1000発近い数のレーザー攻撃が行われる。
うち1発が長谷たちの居るA棟の司令本部ビルに直撃した。
レーザーはビルの鉄骨を焼き切り、その場に居た10名の幹部とオペレーターたちを白煙に変えてビル自体をも半壊させた。
長谷たちが居た会議室も、屋根が崩落してしまう。
「なんだ……!?
なにがおきた……ッ!?」
長谷が瓦礫の中から這い上がって尋ねた。
「て……敵の攻撃、です……!
スナイパー隊が消滅……!
生存が確認できる探索者は、さ、3名……!」
答えたのは、辛うじて生きていた秘書官である。
「3名……!?
バカな……!?
数分前まで200名は居たんだぞ!?
それが全滅……!?」
長谷は開いた口が塞がらない。
「司令部! 応援を要請する!!」
「し、死んじまうよオ!!」
「誰か助けてくれぇ!」
司令部内に、生き残った探索者たちからの悲鳴のようなSOSが響き渡る。
現場は既に阿鼻叫喚の地獄であった。
「くそ!?
あんな奴を外に出したら、どれだけ死傷者が出るか分からんぞ!?
高ランク探索者に出した出動要請はどうなったァ!?」
「国内ランク2位『夏目シュティル』及び3位『獅子神アキラ』は到着までに約1時間かかるそうです!
10位『レベルイーター』も到着まで残り30分!」
「畜生ォ!!
こんな時のためにあいつ等に美味いメシ食わせてやってるんだろうがアアアアア!!」
秘書官の報告を受けて、長谷が握った拳を瓦礫に叩きつけ叫ぶ。
「目標、バリケード上を通過!
市街地まで残り約50、40メートル!
ダメです!?
目標が外に出ます!!」
最悪の事態に秘書官が悲鳴にも似た報告をする。
モニターには防衛省正門の直上をゆっくり飛行していく巨大な骨の塊が映し出されていた。
「だれでもいい!
だれか奴のコアを破壊してくれええええ!!」
長谷がモニター画面にしがみ付いて叫ぶ。
ちょうどその頃。
スケイルレギオンの飛行する先を、黒いジャージ服姿の青年がスマホをポチポチ弄りながら歩いていた。
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