第19話、西麻布隊の遭難Ⅲ
遠藤たちセンター職員が中国隊からの報告を受けてからおよそ15分後。
『東京オーガ』山頂
40メートル四方の雪原のようになっているその場所で、西麻布はまだ生きていた。
彼女は氷が張った冷たい岩陰で俯せになり隠れている。
その付近を体長10メートルはあろうかという巨体のフロストドラゴン『ジ・オーガ』が歩き回っていた。
(なんでよ……!
なんでアイツ私の傍に張り付いてるの!?)
雪に埋もれ、真っ赤になった顔で西麻布は考える。
その時西麻布の脳裏に、ジ・オーガが氷漬けのライムバードをバリバリ食った姿が思い浮かんだ。
ジ・オーガがなぜこの場を去らないか直感する。
(そうか。
あいつは私を狙ってる。
私はレベルが高いから、ライムバードみたいにバリボリ食べるつもりなんだわ。
だからずっと探し回ってる……!
……。
どうする。
戦うにしては、状況が悪すぎる。
せめてプロの探索者が3人はいないと。
だったら逃げるか……!!
一か八か、崖から飛び降りれば……!
「……ッ!」
西麻布がそう思った時。
ふと彼女の切れ長の瞳に、雪原の氷像と化した吉良の姿が映った。
強大なドラゴンと遭遇し、怯え惑う表情のままに凍り付いたその姿は、彼女にとって余りにもミジメでブザマに見える。
恥ずかしい……ッ!!
そんな吉良のブザマな姿を見て、西麻布は怒った。
一瞬でも逃走することを考えた自分が恥ずかしい。
逃げる……!?
どうしてこの私が、逃走なんて考えなくちゃいけないのよ!
私は日本最強の女子高生探索者『西麻布礼奈』なのよ!
あんなドラゴンごとき、私の剣で突き殺してみせる!
西麻布はそう心の中で叫び、吉良と同様に震えが止まらない自分を叱咤した。
そして反撃に出ようとしたその時、
ヴァサヴァサッ!
突如として雪原に突風が巻き起こった。
ジ・オーガが巨大な翼を広げて上空に飛び上がったのだ。
そして、物凄い勢いで西麻布が潜む岩陰目がけて滑空してくる。
「見つかった!?」
西麻布は咄嗟に飛び退く。
潜んでいた岩が粉々に砕け散ってしまった。
(この威力!
攻撃が当たれば即死!)
「それでもこの私ならッ!!」
西麻布は立つ。
その勇ましい姿に呼応するかのように、辺りの雪がキラキラと舞い上がった。
金色に光る彼女の長髪が氷風になびく。
「収納魔法スキル『
そう叫ぶと、西麻布がしなやかな指先を伸ばし、何もない空間を十字に裂いた。
すると、裂いたその場所に煌びやかな異空間が現れる。
これは彼女が持つ6つのスキルの内の一つ、『収納魔法』によって出現した10次元上の収納空間だった。
その内部は整理整頓されており、レッドカーペットが敷かれている。
まるで一流セレブのドレスルームのようだ。
そこから一着の戦闘用衣装を抜き出す。
オーロラのように煌びやかなドレスルーム内から彼女が取り出したのは、近未来の重装歩兵を思わせるメタリックな骨組みの川住重工社製戦闘着『ヘカトンケイル』。
肩部に接続された二本の蒸気圧式金属アームと、背面に装備された高出力ジェットパックにより、最大3分間の重高速戦闘を行う事ができた。
収納魔法スキルの効果により、こうした戦闘着を初めとする装備は一瞬で脱着することができた。
次は武器。
西麻布は、ドレスルームにインテリアのように補完されている武器コレクションの中から一本の巨大な『細剣』を持ち上げる。
全長1740ミリメートル。
総重量35キログラム。
中世ヨーロッパにおける破城槌のように長くて重い。
およそ細剣と呼ばれる武器の設計思想に反逆しているようにすら見えるこの剣は、『01式対三種用重細剣』通称ヘヴィハンマーと呼ばれていた。
日本国内最高峰の探索者向け装備製作会社『
その剣を、己の両腕とヘカトンケイルの金属アームを使って固定する。
「グワアオオオオオウ!!」
直後、ドラゴンの体が短いスパンで発光した。
先ほどよりもやや弱い威力の冷凍ブレス攻撃が西麻布を襲う。
西麻布は背中のジェットブースターを吹かし、空中を飛び回ることでブレス攻撃を躱すと、更にドラゴンの背後へと回り込んだ。
ドラゴンの後頭部には、青から紫へとグラデーションに輝いている球状の力核(コア)がある。
そこを目がけて西麻布は、ジェットブースターの推進力を全開にして突っ込む。
「直撃すればッ!」
剣の間合いに入った次の瞬間、西麻布が必殺技を放った。
『細剣マスタリー』スキル『
大気圏に突入した小隕石群の如く、高速移動しながら刺突を連続で繰り出すスキルだ。
余りの刺突スピード故に剣先が幾千にも分裂し、また燃えているように見える。
その消費スタミナ値は1秒あたりおよそ100。
既にスタミナが底を突きかけている西麻布にとってこのスキルは、自身が行い得る最大火力の攻撃であった。
それを敵の弱点である
「ッ!?」
だが、西麻布が渾身の力を込めて放った剣閃も、コアの表面で弾かれてしまった。
その表面には、傷一つ付いていない。
そして西麻布自身もジェットブースターの勢いのまま、ドラゴンの背中に衝突してしまった。
衝撃で身に付けていたヘカトンケイルの骨組みが砕け、無防備な肌が露出してしまう。
ブウンッ!
直後、雪原に倒れ込んだところをドラゴンの尻尾が襲った。
10トントラックに追突されたような衝撃が、西麻布の体を30メートル近くも吹っ飛ばす。
彼女はあわや崖から落ちる所で止まった。
仰向けになったまま動けない。
(スタミナがッ……!
減り過ぎ……て……ッ!?)
幾ら動こうととしても、力を入れた傍から脱力してしまうのだ。
オマケに視界も暗くなってくるし、キンキンという耳鳴りと頭痛までしてきた。
典型的なスタミナ切れの症状である。
山頂までやってきた疲労に加え、スキルを発動したことで一気にスタミナを消費してしまったのだ。
今の彼女はグリーンスライム相手でも苦戦するだろう。
そんな西麻布のすぐ傍に、ドラゴンがやってくる。
大量の魔素を体に蓄えている西麻布をバリボリ食べようとしているのだ。
(この私が……おわる……ッ……!?
そんなのイヤ……ッ!
お願い……ッ!
誰でもいいから誰か……!
助けて……ッ!!)
西麻布が目前に迫った死に怯えて涙を零したまさにその時、
「!?」
西麻布の目の前で、ドラゴンの足が急に止まった。
立ち尽くしたままピクリとも動かない。
やがてドラゴンの頭に小さな雪片が落ちる。
するとピシピシと石が砕けるような音がして、ドラゴンの体が真っ二つに裂けてしまった。
裂けた肉片から、吹雪と見紛うような大量の魔素が白煙、いやオーガの山頂付近でしか採掘されない超レア魔鉱石『オーガクリスタル』の結晶片となって大気中に放出される。
その様は、この世のものとは思えない程に美しい。
同時に分厚い雲に覆われていた空が晴れ、山頂の雪が一瞬で蒸発した。
大量の水分は霧へと代わり、上空には巨大な虹がかかる。
吸うだけで灰が痛くなるようだった空気も甘い花と土の香りへと変わっていた。
数秒前まで地獄のようだった山頂の風景がまるで楽園のようである。
(……いったいなにが起きて……ッ!?)
そうした目の前の光景に、西麻布が呆然としていると、やがて蒸気とダイヤモンド片で出来た霧が晴れる。
その向こうに佇んでいたのは、黒いジャージ服を着た青年、眠士郎だった。
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