第37話 見える浴衣

夏祭り当日。


俺はまず、一人目の待ち合わせ相手に会うため、家を出て会場へと足を運んだ。

待ち合わせ時間よりも少し早めについたので神社の入り口のところで、出入りしている人の流れを見ながら暇をつぶしていた。


「翔真、早いな。」


そう声を掛けてきたのは、一人目の待ち合わせ相手は大樹だいきだ。


「それに、今日は眼鏡して来てんだな。」

「まぁ、ちょっとな。それより、大樹こそ、急に呼び出してきてなんだ?」

「何だって、お前……。」


大樹はそう言って、俺の全身を舐めるように見てから大きくため息をついた。


「お前、今日と明日、その恰好のつもりか?」

「格好って、そのつもりだけど。」

「…何でお前みたいなやつが。」


少し呆れた風にそう呟くと、大樹は手に持っていた紙袋を俺に手渡してきた。

何だろうかと、中身を見て見るとそこには浴衣が入っていた。


「流石に女の子と祭りを回るってのに、私服はねーだろ。それ貸してやるから、さっさと、着替えてこい。」

「何でそのこと知ってん‥‥。」

「いーから、いーから。ほら、時間きちゃうぞ。」


俺は大樹に促されるまま、浴衣に着替えさせられた。


「いいじゃん、似合ってんぞ。」

「そう、なのか?」

「ああ。それはもう、男の俺も見とれてしまわん限りに。それじゃあ、俺はここらでずらかるとしますわ。」


そう言って立ち去ろうとする大樹を俺は一度呼び止め、「ありがとう。」と言うと、大樹は「当たり前だ。」と満面の笑みをしてそう答えた。

そして、大樹の額の所の数字が72へと変わった。


「久しぶりに、数字が変わるのを見たな…。」


最近はこの眼鏡を掛けることは避けていた。

それは、好感度が気になりすぎて、それを維持しようと、上げようとして行動してしまうからで、俺自身の感情が分からなくなってしまいそうだったから。


でも、あの時、汐良せらが掛けていた眼鏡がどうしてもこの眼鏡に、似ていたような気がした。最近になって、汐良せらが男子からモテ始めているという噂も聞くようになったのもそう思った理由の一つでもある。


万が一、汐良せらに遭遇した時に対処できるように、目には目を歯には歯を理論で、眼鏡には眼鏡をと思い今日は掛けて来たのだ。



そんな風に考えを巡らせていると、あっという間に時間は過ぎ、待ち合わせの30分前になった。

人の出入りも先ほどよりも多くなり、その上、人の視線がこちらをチラチラと見ている気がして、どうにも落ち着かない。やっぱり変だったのかもと、不安に見を包まれそうになっていた。

が、すぐにそんな事どうでも良くなった。

走り寄って来る彼女の姿が見えたから。


「翔真~。」


そう手を振りながらくる彼女、陽菜乃も浴衣を着ていた。

ピンク色の可愛らしい浴衣を。


「はぁはぁ、疲れた〜。ごめんね、またせちゃった?」

「いや、全然。今来たところだから。」


正直早く来すぎて待ったけど、ここは事実を言わないのが男にとってのテンプレート。それに、普段は見ない、浴衣姿の陽菜乃は改めて見てもとても可愛い。

そんな彼女を見ていると、「あっ!」っと陽菜乃が急に大声を上げ、俺の事を上から下まで見始めた。


「どうした?」

「眼鏡かけてるの久しぶりに見たなーって思って。それに浴衣も。」

「変だった?」

「ううん、似合ってる!ていうか…。」

「ん?」

「いや、何でもない。」


少し顔を赤らめた陽菜乃の姿を見て、俺は思ったことを口にする。


「陽菜乃も浴衣、めっちゃ似合ってる。」

「ホント?ありがと!」


陽菜乃は満面の笑顔でお礼を言った。

その顔を見れただけで、今日の夏祭りに価値を見出せるほどだった。


「それじゃあ、行こうか。」

「そうだね。」


そう言って俺たちは、夏祭り一日目を楽しむべく屋台に足を運んだのだった。



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