第28話 見える思い

「あ!翔真。」


近づいてくる俺に気付き、菜摘は髪を抑えながら大きく手を振る。


「えっと………他の人は?」

「みんな、中でまだ、お土産見てる。」

「そうなんだ。」


なんだか、上手く会話が続かない。

暑さで喉の中が貼り付いて、唾を飲み込むのさえ力を入れる必要がある。

しばらく二人して揺れる木々や、通過する車をぼんやりと見つめた。


「しかし、暑いね〜。」


菜摘は話題を変えるように明るい声で、空を見上げる。


「うん。」

「戻ったら、涼しいといいね~。」


空の色を確かめるように俺も視線を上にあげる。


「そうだね………。」

「ねぇ、翔真はこれからの事って考えたことある?」

「将来?」


菜摘の唐突な質問に、俺はオウム返しをした。


「ほら、私たちももう高校二年生。そろそろ、どんな大学に行きたいとか、どこで働きたいなぁ、とか思うことってある?」


高城さんの声は変わらず明るい。その明るく元気な声に反比例して自分の気分が暗くなっていくのが分かる。

それは、何よりも強く言える程の自信が自分には無いし、ほとんど考えずに今まで来たからだ。


「私は翔真と同じ大学に行きたいな~って思ってるよ。」

「え?」


そんな菜摘の真っ直ぐな言葉に思わず振り返る。


「私、翔真の事………好きだよ。」

「な!な、……。」


真っ直ぐに見つめる菜摘の眼に気付き、「何を言ってるの」なんて言いそうになった口を噤つぐんだ。そんな俺を見て気まずくなったのか、慌てたように両手を体の前で振って菜摘が謝る。


「ご、ごめんね!仲良くなって間もないのに、こんな事言われても迷惑だよね。」

「あ、いや、そんな………。」

「でもね、初めて人を本気で好きだって思えたから、どうしても伝えたかったんだ。」


いつからだろう……………。

さっきまでの明るい笑顔は頬が赤く染まるほど真剣な顔に変わっていて、笑っていたはずの眼は少し潤んでいて、明るく聞こえた声はこんなにも震えている唇から発せられていたんだ。そして手は、顔に吹き付ける髪を抑えられない程に強く握り締められていた。

 

『俺、全然菜摘の事を見てなかったんだ。』


 俺は急に自分が情けなくなり思わず下を向いた。菜摘の真っ直ぐな告白に比べて、いつも俺がしてきたことを振り返ると、自分が急に恥ずかしくなった。

 

考えてみると、この眼鏡LOVE GLASSESを掛けてから、そんな余裕はなかったような気がする。

誰かの数字が下がれば、理由を探し、数字が戻れば安心する。そんな後手後手の、問題が起きてから対処するような生活を送って来た。

悪く言えば、こいつに縛られていたんだ。

だから今、目の前の女の子が震えるくらい勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えているのに、俺は彼女を真っ直ぐに見る事もできない。


『そんな奴が誰かの隣にいることなんて務まるかよ!』


俺は持っていた荷物を地面に置いて、自分の腿を拳で叩き、顔を上げて菜摘を真っ直ぐに見た。


「翔真?」


菜摘が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「………ごめん………俺、嘘ついた。」


俺は自分の心を落ち着かせるために深呼吸をし、彼女の目を真っ直ぐに見つめたまま謝った。頭を下げられなかったのは、これ以上視線を逸らすのは失礼だと感じたからだ。


「俺、好きな人がいるんだ。」


俺の言葉に彼女は大きく眼を開いて下唇を噛んだ後、俯いて小さく笑った。


「うん……知ってるよ。それが誰なのかも、多分。」


そう呟くと、菜摘はゆっくりと顔を上げた。光が差し込んだ瞳はユラユラと揺れているように見えて、とても胸が苦しくなった。沖縄の色づき出した日差しが菜摘の瞳をキラキラと輝かせている。俺は目を逸らすまいと首に力を入れて、ゆっくりと頷いた。


「だから、その、菜摘の気持ちに応える事はできない。」


俺はそこまで言って、深く頭を下げた。


「ごめんなさい。」


 漫画や映画の主人公なら、きっともっとカッコいい言葉を返す事ができるのだろう。だけど俺にはそんな事はできなくて、彼女の真っ直ぐな思いにはカッコ悪くても真っ直ぐに応えるべきだと思った。

菜摘は眼を閉じ溜息をついてから、言葉を紡ぐ。


「あ〜あ、初恋で失恋しちゃった〜。」


大きな声でそう言いながら落ちていた石ころを蹴り飛ばし、どんどん俺から離れて行く。


「本当に、ごめんなさい………。」


俺は慌てて荷物を抱えて後を追い、また頭を下げた。

そんな俺を見て菜摘がクスクスと笑う。


「そんなに謝らないでよ。実は、多分こうなるだろうなって思ってたんだ。」

「……………。」

「だって分かりやすいし、嫌でも分かっちゃったんだよ。」


菜摘は眼鏡をそう言いながらクイっと上げ、再びキラキラと光る太陽のある空を見つめた。そんな彼女に「じゃあ、何で告白したの?」なんて聞けずに、俺は菜摘の横顔を見つめた。


「でも、自分の気持ちを伝えたかったから………ワガママかもしれないけど、相手の気持ちとか都合とかよりも自分の気持ちをどうしても伝えたくなったんだ。」


菜摘はいつもの明るい笑顔で俺の方を振り返った。


「だからね、ちょっと胸が痛むけど、後悔はない!」


そう言って、「ムンッ」と気合いが入ったようなポーズをする菜摘。その戯けた様子に少し笑ってしまったけど、勇気を持って自分の気持ちを伝えた彼女をカッコいいと思った。


「俺も……。」

「ん?」

「俺もちゃんと自分の気持ち、伝えられるかな?」


俺も菜摘のように自分の気持ちを真っ直ぐに伝えられるだろうか。自分がフった相手に聞くのは筋違いだし情けないかもしれないけど、勇気ある彼女に背中を押して欲しいと思った。


「大丈夫だよ、翔真なら!」


菜摘は両手で俺の方を力強く掴んでそう言った。


「それにさ………。」

「それに?」


俺は菜摘の顔を見る。目が合った瞬間、彼女はイタズラっぽく笑ったかと思うとクルクルと回り出した。


「悔しいから、教えな〜い!」

「え?あっ、そ、そうだよね………本当、ごめん。」

「だけど、」


彼女は回るのを止め、俺の右手を取った。


「ん?」

「伝説のお守りを授けよう」


菜摘は勇者に伝説の武器を与える登場人物のようなセリフを言いながら、俺の手首に赤い紐を巻いた。


「これは?」

「勇気が出るお守り。」

「そんな……もらえないよ。」

「良いの………私の願いは当分叶わないから。」


菜摘は紐が取れないよう結びながら小さく呟いた。


「はい、できたよ。」

「ありがとう。」


赤い紐に銀色の飾りが付いていて、腕を動かす度にキラキラと光る。


「私、行くね………みんなを待たせてるから。」

「うん、じゃあ。」


俺たちは同時に各々の方向に向かって歩き出す。


「ねぇ、友達としてさ!………また連絡して良い?」


後ろから菜摘の声がする。俺は振り返り、大きな声で返事をした。


「もっ、もちろん!」


彼女は俺の声に笑顔で大きく手を振り、友達がいるだろう店の方へと歩いて行く。俺はその後ろ姿を「尊敬」と「ありがとう」を込めて、見えなくなるまで見つめ続けた。

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