第21話 見えるキス
「それじゃあ、始めるか。
「うん!」
郷に入っては郷に従え、俺たちは沖縄らしい格好で観光、兼聖地巡礼を開始したのだった。
「それでまず、
「私、調べて来た。青の洞窟でカヌーを漕ぐ。」
「青の洞窟か~。『約束の場所』の最後のシーンの場所か。」
「うん。ここには絶対行きたかった。急ごっ。」
いつもより少しテンション高めの彩香に連れられて、洞窟に向かったのだった。
「で、どれに乗る?いっぱいあるけど。」
「あのボートで。スワンボートだと、雰囲気出ないし。もちろん翔真が漕いでね。」
「あ、うん。任せろ。」
強がって承諾したのは良いが、本当は普通のボート何て一度も漕いだ事がない。
バスケで鍛えた腕力で何とかなるだろうか。そんな心配がよぎるが、言ってしまったからには、もう後戻りはできない。
「う、うん………じゃあ、早速。」
俺達は料金を払い、ボートに乗り込んだ。
俺は懸命に漕ぎ、波に揺れるボートは涼しい風を受けてスピードに乗り進み始め岸から少し離れると公園の中の音も遠くなり、俺が漕ぐ動きに合わせて、水が跳ねる音がよく聞こえる。
池の上は空気がひんやりとしていて、暑いくらいに陽が差してきて熱った肌に気持ちが良い。水面に反射した光がボートの中まで入ってきて、横にいる彩香の顔をゆらゆらと揺めきながら眩しく照らす。
「嬉しいなぁ、翔真とボートに乗れて。」
弾むようなリズムで、彩香が話し出す。
「そうだね。こうやって仲間と聖地巡礼も悪くないね。」
「うん。でも、こうして翔真と二人っきりになれたことも嬉しいかな。」
「……………。」
「最近は二人で居ることも、少なかったし。打ち上げの時は戸田君に話しかけられて結局、翔真と話せなかったし。」
「そ、そう言えば話さなかったね。」
「戸田君、きら~い。」
心の中で大樹に謝りながら、俺は愛想笑いをした。
その後、バシャバシャと水を掻く音だけが、何を言ったら良いか分からない俺の沈黙を埋めてくれる。
「よーし、到着!」
そんな話をしながら、ボートはボート乗り場からはかなり離れて周りは水と木だけになっていた。
「綺麗だね~。」
彩香はそんな風に周りの景色に感動しながら、座ってスマホで写真を撮っている。
俺もこの綺麗な景色を納めようとオールをボートに乗せて、スマホを取り出し動画を撮る。
その時、横から強い風が吹いて白い布が視界の端ではためくのを感じた。
「わっ。」
「彩香、どうかし………。」
彩香の驚く声を聞いて振り向くと、そこには普段ならば見えるはずのない所まで見えている彩香の脚があり、その光景に目も思考も奪われて、ほんの一瞬だけれども時間が止まったように感じた。
「すごい風。」
彩香が白い布の正体であるスカートを抑えながら、少し興奮したようにこちらを向く。
「え!あ!あぁ、そうだね。」
彩香の声でようやく我に返った俺は、スケベのレッテルを貼られる事を恐れて、瞬時に池の水面に視線を移す。
もう少しで見えそうだった。
今の光景が目に焼き付いて、身動きが取れない。
罪悪感と表現できない感情で水面に映る自分の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「翔真、どうしたん?」
「へ?あ、いや、大丈夫!大丈夫。」
心臓が高鳴るのを抑えきれず、思わず裏返った声で返す俺。
「あっ、私もボート漕ぎたいから、変わってよ。」
「えっ。」
彩香はいきなりそんなことを言いだして、オールを漕ぐ場所に座っている俺の方に向かって来た。
「ちょ、ちょっと、いきなり動いたら危ない……。」
「うわっ。」
俺がそう注意の言葉を言い切る前に、再びボートが風に煽られて彩香はバランスを崩してしまう。
彩香は俺の方に倒れてくる。
俺もボートの狭いバランスの悪い空間では身動きを取れずに、そのまま彩香を受け止めながら後ろに倒れた。
衝撃で激しく揺れ動くボートの中、俺は瞑っていた目をゆっくりと開く。
その目の前には、彩香の顔があった。
俺は心配の声を彩香に掛けようとしたが、口が塞がれていて喋れない。
「ん!?」
俺はが言葉にならない声を上げると、彩香も目を開いて状況を確認すると、すぐに俺から顔を放した。
「ご、ごめん。」
「だ、大丈夫?怪我はしてない?」
「うん。」
「そっか。」
「次、私が漕いでもいい?」
「あ、うん。」
ぎこちない会話を交わしながらも、俺たちは座る位置を交代する。
ボートを漕ぎ始めて少しふらついていたが、慣れて来たのかスムーズに進むようになってきた。
「さっきはごめんね。」
彩香の独り言のような言葉によって、先ほどの彩香とのキスが脳内を再び蘇ってくる。
「翔真がどう思っているか分からないけど、私は嫌じゃなかったから。」
思春期の男子学生特有のあらぬ妄想のせいで固まってしまった俺を、彩香はボートを漕ぎながら、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
少し笑ったような口元や、少し細めた目、その奥で光る瞳、風になびく短い髪。
この瞬間の彩香は本当に綺麗で、まるで美術館に飾られている絵のようだった。
船着き場に到着し、ボートから出ようとする彩香に、俺は手を差し出す。
その手を本当に嬉しそうに彩香が握る。
「ありがとっ!」
「どういたしまして。」
俺たちは集合場所に向かってゆっくりと歩き出す。
「さっきの嫌じゃないって気持ちは本当だから。」
何故だろうか。
そう言った彩香の横顔は少し悲しそうに見えて、胸が締め付けられるのを感じた。
「うん。」
俺はどう答えて良いか分からず、彩香の横顔に小さく頷くことしかできなかった。
それからは、何事もなく二人で観光と聖地巡礼を楽しんだのだった。
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