第11話 見える満月

汐良せらが俺の家から帰ったあの時から俺はソファーで考え込む。

汐良せらの額に書かれた数字の意味。

見間違いではないはず。


二人で向かい合って話しているときには確かに”0”だった。

変わったのはおそらくあの時。

転びそうになった汐良せらを俺が支えたときしかない。


汐良せらの俺に対する好感度が上がった?


何事も0から1にするのが難しいと聞いたことがある。

そんなに簡単に上がっていいものなのか?



疑問が疑問を生む中、そんな風に考えているとスマホの通知音が鳴った。

見てみるとそれは彩香あやかからのメッセージだった。

そう言えば彩香の数値も”ー”だったよな。

そんな風に思いながらメッセージを開いた。




★★★★★


増田ますだ彩香あやか 視点>




家の掃除をしていると懐かしく、思い出深い本を見つけた。


『あの日見た月は綺麗だった。』


この本は木羽優きうゆ先生の処女作であり私大好きな本だ。

この本のあらすじはこうだ。



高校生の主人公、男と幼なじみ女がいた。

学校では幼なじみであることを隠して、関わらない2人だったが、そんな彼らには交換日記をするのが小さな頃からの日課になっていて、唯一の繋がりだった。

そんな時、女の子が不治の病になってしまい、交換日記も女に渡ったまま途絶えてしまった。

女が発症してから1週間で死んでしまうという、不治の病になったことを知る。

交換日記もしなくなり、押さえ込んでいた彼女への気持ちが溢れ出し彼女の元へ駆けつける主人公。

そんな幼馴染2人の恋の行方を追うお話。



このお話の最後に私はとても感動した。

明日の月は満月らしい。


そうと知り、私は思わずに連絡する。


『明日の夜、また二人で話したい。』


返事を待つことなく、私は眠りについた。



翌日私はいつも通り学校に向い、授業を受ける。

放課後が待ち遠しくて集中が出来ない私は、ふと彼、角田かくた 翔真しょうまの方を見る。

なんだか彼も集中できていない様子で、周りをキョロキョロと見渡している。

そんな翔真と目が合ったがすぐにそらしてしまう。



長い長い学校の授業が終わり、私は夜、昨日見つけた本を持って本屋近くの公園に向かう。

そこにはすでに翔真の姿があった。

彼は何か考え込んでいたが、私を見つけるとすぐに笑顔で手を振ってくれる。

そういうところも、、と思いながら私は翔真の隣に腰かける。


「ごめん、待った?」

「いや、全然大丈夫だよ。それより、どうしたの?話したいって。」

「昨日家を掃除してたら見つけたんだ。この本?」


そう言って私は、『あの日見た月は綺麗だった。』の本を差し出す。

翔真はこの本を受け取るやいなやすぐに声を上げる。


「あー、知ってるよ。俺この本大好きだもん!」

「そうじゃなくて、この本見て何か思い出さない?」


私のそんな質問に翔真は少し考え込んでから、


「あっ!1年生の頃に彩香あやかも読んでたよね。」

「う、うん!その時、何話したか覚えてる?」

「あの時、初めて彩香あやかと話したんだっけ。

 んー、何話したっけ。あんまり覚えてないな。」

「へ~、覚えてないんだ。」


少し残念だった。

私にとってはとても思い出深い、大切な夜なのに。





あの満月の日の夜、私はこの公園でこの本のクライマックスを読んでいた。

本の中では主人公と幼馴染が病室で満月の光に照らされながら会話するシーン。

私もできるなら同じような状況でと満月の下で読みたいと思ったからだ。


しばらく黙々と本を読み続け、ついに読み終えた。

本を閉じ、大きく1つ息を吐く。

空を見上げると大きな満月が夜空を照らしているのと、視界の端に人の影が映る。

夜も遅いので、私は急いで本を持ち立ち去ろうとすると、


「そ、その本。」

「え?」


私は驚き、足を止める。


「その本、面白いですよね。俺も大好きなんですよ。」


街頭と満月の光に照らされて相手の姿がはっきりとする。

その姿は私と同じ高校の制服を身にまとった男の子だった。

木羽優きうゆ先生を知っている人がいる。

仲間がいる。しかも同じ高校に。

そう思うと、話したくなった。

今まで誰とも話せなかったこの本の事を。

木羽優きうゆ先生の事を。


「知っているんですか!?」

「もちろん!木羽優きうゆ先生の本でしょ?。」

「はい!ですよね!面白いですよね!」


私は喜びのあまり勢いよく近づいてしまう。

趣味のことになると高ぶってしまうのを直さなければ。


「ご、ごめんなさい。」

「いや、大丈夫ですよ。

 そう言えば、自己紹介をしていませんでしたね。

 俺は角田かくた 翔真しょうま。そこの高校の一年生です。」

「私は増田ますだ彩香あやか。一年生。」

「増田さんも一年生なんだ。綺麗な人だから先輩かと思ったよ。」

「そ、そんなことない、、です、よ。」


私がそう答えると翔真は笑いながら


「ため口でいいよ、同じ一年生なんだし。これからよろしくね。」

「は、、うん。」


それから、私たちは並んで腰かけ木羽優きうゆ先生の事を、今まで読んできた本のことを語り合った。

最初は探り探りのぎこちない会話だったが、時間が流れるごとに固さも取れてきた。

今まで共有できなかったことを共有できる嬉しさ、翔真と話していて感じる楽しさ、安心感。

この時、私は取り込まれてしまったのかもしれない。

そんな時、翔真が空を見上げてこんなことを言った。


「今日の月も綺麗だな。」

「えっ…?」


私は声にもならない声が出た。

はたから見ればなんともないセリフ。

ただ空を見上げて感想を言っているだけに聞こえるだろう。

しかし、今この瞬間だけは私にとっては違うように聞こえてしまった。



私がさっきまで読んでいた小説『あの日見た月は綺麗だった。』の最後。



幼馴染が病で無くなってしまい、ショックで家で一人永遠と悲しんでいた時にポストに「交換日記」が投函される。

それを開いて見てみると、知らない文章が最後にいくつも書かれていた。

それは主人公と幼馴染の小さい頃の思い出を振り返ってた幼馴染の字だった。

一緒に遊んだこと、怒られたこと、泣いたこと様々書かれていた。


最後の文章。


幼馴染が一番忘れられないと書いていたこと。

それは一緒に真夜中に家を抜け出して見た満月。


『あの日見た月は綺麗だった。』


そう書いてあった。

それを読んだ主人公は窓の外を眺めて涙を流しながら


「今日の月も綺麗だよ。」


最後まで思いを伝えられなかった主人公がやっと言えた言葉。

夏目漱石の逸話で有名な「愛している」の遠回しな言い方。

幼馴染がいなくなった今でも真っ直ぐに思いを伝えられないもどかしさ。




私は翔真に言われた言葉がそんな風に聞こえてしまった。


「それっt」


私がその真意を確かめようとしたとき、翔真は立ち上がり大きく伸びをすると、


「もう遅いし、帰ろっか。家遠いの?送って帰るよ。」


そう言って私の方を見る翔真は月明かりに照らされて、とても眩しく、かっこよく見えた。

翔真は告白の意味で言ったわけじゃない。

私が勘違いしただけ。そう思い込むと、


「いえ、すぐそこなので。」


そう言って、いたたまれなくなったこの場を走って去った。

しかし、それから今日まで頭から翔真のことが離れることは無かったのだ。







「今日の月も綺麗だな。」





そんな昔のことに思いを馳せていると翔真がいきなりそんな事を言った。

また、翔真はなんの考えもなしに言っているのだろう。そんなところも、、、、


私は喉の奥から出かかった言葉を押し殺し


「ずっと前から月は綺麗。」


と言った。

多分翔真には分からないだろう。

この言葉の意味が。

でも、それでいい。

まだ、それでいい。

この居心地のいい場所を失いたくない。

今はその気持ちが大きい。


「帰ろ。」


私がそう言って立ち上がると、翔真も黙って頷き立ち上がり隣に並んでくる。

そうして私たちは帰った。

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