第6話 再会

— 4年後


乃々は高校2年生になろうとしていた。


1年生の春休み中、離任式があった。

あいにく乃々は風邪をひいてしまい、寝込んでいた。

その日の午後、中学で友達になった【園田 美紗央】がお見舞いに来た。

「乃々きたよー。熱は?」

「美紗央きてくれたんだ。サンキュー。昨日の夜は38℃まで上がったけど、今日は大丈夫。ただ関節がまだ少し痛いかな」

「これ、差し入れ。イチゴとプリンとゼリー買ってきたから食べて。」

「うん。ありがと。じゃあプリン食べようかな」

美紗央はプリンのフタを剥がし、紙のスプーンを乃々に渡した。

乃々は早速食べる。

「ん〜美味しい。なんか久々に美味しいもの食べた気がする」

「そう?それなら良かった。しかし、乃々の部屋は相変わらず散らかってるね。せめてペットボトルくらい捨てたら?」

「そうなんだよねー。私もそう思うんだけど、ほら、分別とか面倒くさくてつい…。」

「しゃーない。片付けてやるか」


高校生になっても乃々の汚部屋は変わらなかった。

脱いだ服は脱皮状態。靴下はボール。洗ってたたんである洗濯物は重なったまま。増えたのは、飲み残しのオレンジジュースのペットボトルと、空のペットボトル3本。ヘアアイロンとピンと鏡がテーブルの上に、所狭しと置いてあった。

「私にとってはどこに何があるか分かるから、そんなに汚部屋って感じでもないし…。それにやろうと思えば10分あれば片付けられるよ」

自慢げに乃々が言う。

「まあねー。乃々がいいならそれでもいいけど…。ところでこのオレンジジュース、いつのやつ?」

「えーと…、1週間くらいかな…」

「きたなっ!捨てなよ、そんなの…。カビ生えてくるよ」

「大丈夫まだ寒いから」

乃々は満面の笑みを浮かべた。

「あのね、そんなニコニコ顔で自信満々で言われても、もう飲めないんだから、せめてこれだけでも中味を捨てなよ。あーあ、乃々の部屋はビタミンカラーでこんなに可愛いのに、いつになったらキレイになるのかなぁ。彼氏でも作れば?」

「いーの、いーの。今は彼氏はバスケなんだから。あー練習したいな…」

プリンを食べ終わり、空をゴミ箱に捨てた。

「そうそう、新しい先生何人か来てたよ。それから斉藤先生と、加藤先生、松波先生が移動で、校長が退職だって」

「へぇ、そうなんだ。結構変わるね」

「うん、それで加藤先生がバスケ部の顧問だったけど抜けたから、新しくきた先生に変わったよ。名前なんだっけなぁ。意外とイケメンだった気がする」

「そっか。じゃ楽しみだね」

「うん。だから早く風邪治して練習しよ」

「うん。そうだね。あー、熱下がったら体、持て余してきた」

「良かった。さて、片付けも終わったし私帰るね」

「うん、ありがとう。またね」

「バイバイ」


その10日後、一学期が始まった。


2.3年はクラス替えがなく、担任も変わらない。

乃々と美紗央はまた同じクラスになった。そして…。


✤✤✤


2年A組。


生徒たちは、紙に出席番号と名前が書かれている席にそれぞれ座り、担任が来るまで教室内はザワついていた。

その時教室のドアが開いた。入ってきたのは新任の先生だった。

「規律、例、着席」

新任の先生は黒板に名前を書き、

「今日から担任になった【風間 律】

です。顧問の部活はバスケ部です。この中でバスケ部はいますか?ちょっと手挙げてみて」

乃々と美紗央とその他に1名が手を挙げた。

「それじゃ部活はビシビシいくから、覚悟するように…。それでは出席を取ります。青木…、赤坂…、……」

乃々はその名前に聞き覚えがあった。


(いつだっけ…。何か聞いたことあるな。誰だっけ…。風間…風間…。!)


「【風間 律センパイ】!」


クラス中が一瞬シーンと静まり、その後、爆笑になった。

「おいおい、センパイじゃなく先生だぞ。えーと、名前は…。桜井 乃々。もう桜井は覚えたからな。よしよし…」

風間はそう言いながら、うなずいた。

そう、乃々は思い出した。その聞き覚えのある名前は、姉の奈々が小学生の時から好きだった、あの【風間 律】

センパイだったのである。

まさか律センパイが教師になって、乃々の担任になるとは、思ってもみなかった。

乃々は驚き過ぎて、心臓がバクバクしていた。あの日焼けして真っ黒な男の子…、水泳の飛び込みのエビ反りの男の子…。乃々はあの時まだ5才だったから、はっきりと顔は覚えていないが、間違いない。そう確信した。


その日の夜、姉の奈々に電話した。

奈々のモデルとしての活躍ぶりは良く、雑誌 " Lovely " の表紙を飾るようにまでなっていた。

電話は想像通り留守番電話だった。


「もしもし、お姉ちゃん。あのね、あの律センパイが乃々の担任になったんだよ。びっくりでしょ?もちろんバスケ部の顧問だって。驚きだよねー。とりあえず今日は報告だけ。また何かあったら電話するね。じゃーねー」


奈々は真夜中に、乃々からの留守番電話のメッセージを聞き、とても驚いた。あの律センパイが地元に帰ってきている。しかも乃々の担任。もう会えないかと思っていた。帰ったら会えるかもしれない…。

奈々の胸は高鳴った。

だが、モデルを始めて6年。事務所の高舘からは、「彼氏を作るのは禁止だ」と言われていた。

今奈々は人気絶頂期の時である。そんな時に恋愛沙汰で週刊誌にでも取り上げられたら、仕事にも影響を受けるかもしれない。と、高舘は思い、キツく注意していた。

奈々は、胸が高鳴りもし休みが取れたら帰省と言って、必ず律センパイに会おうと思った。


風間の授業、専攻は数学だった。乃々はなんとなく不思議な気持ちがしていた。

奈々から散々【律センパイ】と聞かされた人が、今目の前で数学の授業をしている。しかも偶然乃々の担任だなんて…。

なんか面白いと思っていたら、顔がニヤけて授業に身が入らなかった。

すると、

「はい。ここまでノート取って。それとここの問題は、桜井に前にきて答えを書いてもらう。桜井、いいな?」

「えー!なんで私なんですかー?」

「さっきから顔がニヤニヤしていて、余裕があると思ったからだ。つべこべ言わす前に来い」

「えー!そんなー」

乃々はしぶしぶ前に行き白いチョークを持ったが、風間の説明を聞いていなかったから、答えがわからなかった。

首を横に交互にかしげたり、頭で右手をグーにしてコンコン叩いたりしたが、さっぱりわからない。わかるはずもなかった。

風間は様子を見ていてニヤニヤしている。

「んー!先生すみません!ギブです!」

乃々はチョークを黒板の前に置き、スタスタと席に戻った。

クラスのみんなは爆笑。

風間も笑いながら、

「どうせお昼のお弁当の中身のことでも考えてたんだろ?まだ早いぞ!ちゃんと真面目に聞いておけ」

と、乃々をからかった。

乃々は

「はーい」

と返事をし、ほっぺたをふくらませた。


そして部活になると、風間は想像以上に熱心で厳しかった。

「はい!ボール持って腹筋しながらボールを左右に置く!次は腕立て伏せ50回!その次はスクワット100回だぞ!体力が勝負だからな!終わった人から体育館ランニング!」

厳しくてもみんな試合に勝ちたい気持ちもあったし、風間の愛情のある厳しさがわかっていたから、誰も風間の悪口を言う生徒はいなかった。

初夏の最初の試合では、3年生は、実力を発揮出来ないまま終わってしまった。だが、風間は

「ここまで頑張って来たのだから、堂々と胸を張っていいんだぞ」

と、3年生の活躍ぶりを称えた。


そして今度は2年生のシーズンになった。


✤✤✤


ある日業間に、数学のプリントがあるから、日直は職員室に来るように、と風間からクラスの子に連絡が行った。その日の日直は、乃々だった。

「桜井、このプリントを全員に渡して、目を通しておくようにと伝えておいてくれ」

風間はそう言い、乃々にプリントを渡そうとした。その時ふっと…。

「桜井…お前誰かに似てるよな…」

と、言った。乃々は

「実は…モデルの奈々が私の姉です」

と、言った。すると、

「そうか!あの桜井 奈々ちゃんの妹か!どうりで…。うん、うん、そう言われれば顔も何となく似ているし、雰囲気は特に似ているな。そのわりには奈々ちゃんより小さいな」

と風間はクスクス笑った。

「先生、身長のことは言わないで下さい。コンプレックスなんです!」

乃々は少しふくれた。そして、

「私だって先生のこと、5才の時から知っていましたよ。小学校の水泳大会で、先生のエビ反り見てましたから」

と、得意げに言い返した。

「あー、大会の時きてたのか。まだ5才の時だったのか。年令を感じるなぁ。奈々ちゃん、お姉さん、大活躍だな。良かった。ボクも嬉しいよ」

「はい。私も嬉しいです!」

「よし、今日の練習はシュートを中心にするか。桜井の身長が伸びるように…」

風間はそう言い、また笑った。乃々は「失礼します!」と言って、少し

不機嫌になりながら教室に戻った。


✤✤✤


そして真夏が過ぎ、まだ残暑が残っている頃、バスケの新人戦があった。

乃々も美紗央も他の部員たちも、必死に戦った。が、女子は3回戦で優勝候補と当たり、56対73という、中々の結果を残し敗退した。

残る男子に期待したが、男子も3位敗退となり県大会に進むことは出来なかった。



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