八話

 ばさっという音と共に、まばゆい陽光に照らされたスタリーは、瞬時に目を覚ました。冷たい空気の中を暖かな朝の光が裂き、目を細めたスタリーの顔に目標を定めたかのように当たってくる。


「……何をしている」


 窓から入り込む陽光の先を見れば、昨夜きっちり閉めたはずのカーテンを全開にし、その前に立って興味深そうにスタリーを眺めるレネの姿があった。


「見た通り、朝日をあんたに当ててる」


 その言葉でレネの意図を察したスタリーは、体にかかった毛布を除け、ベッドに腰かけた。


「そうしてみて、どうだ?」


「予想とは違ったな……吸血鬼は太陽の光に弱いんじゃないのか? 当たると体がぼろぼろに崩れるって思ってたんだけど」


 首をかしげるレネを横目に、スタリーは両腕を上げて伸びをしながら立ち上がった。


「陽光は体を崩したりはしない。ただ目覚めを悪くするだけだ」


 ちらと睨むと、それを見たレネは気まずそうな表情を見せたが、すぐに戻し、強気な目を向けた。


「何だ。せっかく早起きしたのに」


 がっかりした様子を見せながら窓から離れたレネは、自分のベッドに戻り、そこに置かれた防具や剣を身に付け始めた。


 三人は昨日、この村中を回って聞き込みをしたが、結局テオドールにつながる情報は得られず、時間も遅くなったことから、レネの提案で一晩宿に泊まることになった。小さな村の宿ということで、部屋は三部屋しかなく、その内一部屋はすでに使われていたので、自動的に一人部屋はテクラ、二人部屋はスタリーとレネという部屋分けになった。ベッドでなくても休めるスタリーは、わざわざ宿に泊まる必要もなかったのだが、レネとテクラを残して宿から離れるわけにもいかず、仕方なく相部屋で休んだのだった。その結果、ひどい起こされ方をされ、スタリーは一日の始まりからレネに対して思い遣られることとなった。


「こんなことで早起きするよりも、しっかり眠って体を休めたほうがいいと思うが?」


 素早く身だしなみを整えながらスタリーは言った。


「吸血鬼の隣で眠れるわけないだろ」


 非難がましい声が返る。その言葉通り、レネの目の下にはうっすらと黒いものが浮かんでいた。


「もしかして、眠れていないのか?」


 上着に腕を通すスタリーをレネは睨んだ。


「寝たらあんたに血を吸われるかもしれないからな。油断なんかできない」


「そんなことが心配だったなら、テクラと部屋を変わればよかっただろう」


 これにレネは思い切り険しい表情を向けた。


「そんな手に乗るか。俺の目がない隙に、あの不幸な領民の血を吸うつもりなんだろ」


「何を言っている? テクラはもう――」


「兄貴を一緒に捜してやるとか言いながら、あの娘はあんたのエサとして連れてきただけなんだろ。そんなこと、俺が絶対にさせないからな」


 的外れな正義感を見せ付けてくるレネを、スタリーは唖然と眺めた。いろいろな偏見と誤解が入り混じっているが、何よりもレネは、テクラのことを吸血鬼だとまだ気付いていないらしかった。赤く変わった瞳を見れば一目瞭然のはずなのだが、そんなわかりやすいものすら見過ごしているようだ。狩人としては致命的な観察力と言える。やはりこの若者は、早く別の仕事を見つけるべきだ――スタリーは改めてそう思った。


「……違うと言ったところで、君には無駄なんだろう。まあせいぜいテクラを守ってやってくれ」


 外套を羽織り、フードをかぶったスタリーは、レネに笑いかけて部屋を出ていった。


「ふん、その余裕ぶった顔、すぐに消してやる」


 一人前の威勢を見せるレネも、装備を身に付け終え、部屋を後にした。


「あ、おはようございます、スタリー様」


 部屋を出ると、すでにテクラは玄関の前で待っていた。


「おはよう。よく休めたか?」


「はい。眠気はあまりありませんでしたけど、体の疲れは取れました」


「それはよかった。君が休めただけでも宿に泊まった甲斐はあったようだね」


「スタリー様は休めなかったんですか?」


「そもそも休みたいほどの疲労もなかったんだが……知識のない狩人を相手にするのも、意外に疲れるものだ」


 二人が宿の奥を見れば、レネが腰に付けた小さな革かばんの中を手探りながらこちらへ歩いてくるところだった。と、その顔が上がり、二人の視線に気付いた。


「な、何だよ。じろじろ見るな」


「次に行く当てはあるのか、聞いていいかな」


「行く当て? この辺りをしらみつぶしに回ってるから、そんなのないけど……」


「では、こっちが持つ情報から、さらに北上したいんだが、どの辺りに村があるか知っているか?」


「ああ、それなら――」


 レネは探っていた腰のかばんから折り畳まれた紙を取り出し、それを広げた。


「ここから北東へ行けば村がある」


 広げた紙をスタリーとテクラは横からのぞき込んだ。


「……手書きの地図か?」


「売ってる地図は高いから、住人に聞いて描いたんだよ」


 黒いインクで描かれた地図は、丸で示した村や街を線でつないだだけの、かなり単純なものだった。


「ここから次の村まで、距離はどのくらいだ」


「知るか。俺は場所を聞いて描いただけだ」


 大雑把な地図に溜息を吐きたいのをこらえ、スタリーは言った。


「かかる時間はわからないが、行くべき場所はわかった。とりあえず、道なりに進んでみるとしよう」


 次の目的地を定めた三人は宿を出て、肌寒い風に吹かれながら北東の道へ入っていった。


 冷たい空気に包まれた地面は乾燥し、足下には色あせた短い雑草がわずかに生えるだけだった。野花もこう寒いと、さすがに顔を出すことはできないのだろう。数ヶ月間の冬を土の下で耐え忍んでいるに違いない。それとは対照的に、遠くの澄んだ青空に映える白いシェスコ山脈を望みながら、枯れた雑草と石ころだけの殺風景な道を、三つの人影は黙々と突き進んでいた。


「……待て。ちょっ、ちょっと、待て」


 緩やかな坂道に差しかかったところで、二人から大分遅れて歩いていたレネが肩で息をしながら呼び止めた。


「ん? どうかしたか」


 足を止め、スタリーは振り向く。同じようにテクラも向くが、どちらの顔にも疲れなどは一切見受けられない。呼吸が乱れているのはレネ一人だけだった。


「あ、あんたら、歩くのが、速すぎ……」


 そんな不満を聞かされ、テクラはそこで初めて自分の足が以前よりも速くなっていることに気付かされた。スタリーと並んで歩くことを心がけていたが、普通に考えれば女のテクラが遅れてしまうはずで、だがそうなっていないのはスタリーが歩を緩めてくれているからだと勝手に思い込んでいた。実際そうしてくれているのかもしれないが、しかしそれがレネを置いていくほどの速さとは思ってもおらず、テクラは人間と吸血鬼の身体能力の差を実感した。


「体力のない狩人だ……村を出て間もないが、休憩するか?」


 スタリーがわざと呆れた言い方をすると、レネは予想通りの態度を見せた。


「き、休憩なんか、するかよ……あんたらが俺に、合わせろ」


「仕方ないな。では横で励ましの言葉をかけてやろうか?」


「そんなもん、いるか! 俺に近付くなよ」


 きっと睨むレネに、スタリーは苦笑を浮かべた。


「私ではお気に召さないか。……テクラ、悪いが一緒にいてやってくれないか。私は道の先を一足早く見てこようと思う。君達はゆっくり歩いておいで」


「はい、わかりました」


 テクラの返事に笑みを返したスタリーは緩い坂道の先を見据えると、直後、外套の裾をひるがえしながら、ものすごい速さで駆け出していった。その姿は駆けるというより、まるで飛んでいるかのようで、風と同化し、足音すら聞こえてこない。その背中があっという間に消えてしまうと、テクラとレネは静寂の中で、しばらくぽかんと口を開けたままでいた。


「……吸血鬼って、あんなに速いのか……」


 心底驚いたようにレネは呟いた。テクラも同感だった。そしてやはりスタリーは自分に歩を合わせてくれていたのだと知った。


「……疲れは大丈夫ですか?」


「あ、ああ。もう平気だ。行こう」


 乱れた呼吸も治まり、再び歩き出したレネに並んでテクラは歩く。


「あんたもかわいそうだな。あんな化け物に連れ回されてさ」


「スタリー様は化け物じゃありません」


「見ただろ。尋常じゃない速さだった。あんなの化け物しかできない」


「化け物じゃなくて、吸血鬼です」


「同じだろ」


「全然違います。スタリー様は私達領民にとても優しくしてくれてます」


「騙されてるだけだ。その内絶対に血、吸われるぞ」


 凝り固まった偏見のレネを、テクラは苛立ちを込めた目で見た。


「スタリー様は、私を助けてくださったんです。ついでに言えば兄もです。残念ながらこんな状況にはなってますけど、でも、スタリー様はただの農家の兄妹を助けてくださる、心優しい方なんです」


 感情を込めて言っても、レネの見る目はずっと冷めたままだった。


「俺はあんたが騙されてるとしか思えないけど。兄貴が吸血鬼になったのだって、あいつが裏で係わってるに違いないんだって」


 レネはテオドールが吸血鬼になった経緯をまだ知らない。教えてやってもよかったが、話したところで信じるとは思えず、さらにスタリーへの不審を深めるだけだと思ったテクラは黙って話を聞いていた。


 吸血鬼というだけで敵と見なすレネは、テオドールの起こした事件を分析することはないのだろう。なぜ犠牲者は友人一人だけだったのか、なぜ妹の血は吸い尽くされなかったのか――そんな疑問を解決するには、やはり当時の状況を知る者に聞くしかない。そしてその状況を、レネは知っているのだ。信用に係わるからと教えてくれなかったが、どうしても聞きたいテクラは、吸血鬼への偏見に満ちた話に耳を傾けるふりをしながら、それを聞き出す隙をうかがった。


「――大昔だと、一体何千、何万の人間がやつらに殺されたと思う? そんな時代に戻さないためには、俺みたいな狩人が必要なんだよ」


「大昔は大昔です。今私達が捜してるのは兄で、その兄は一人しか命を奪ってません。それはどう思いますか?」


 話の方向が急に変わったことに、レネは少しきょとんとしながらも答えた。


「どうって……一人だろうと百人だろうと、そんな吸血鬼を野放しには――」


「どうして一人だったんでしょうか……その時の状況ってどんなだったんですか?」


「状況? 聞いた話だと……」


 上手く聞き出せた――テクラはそう思ったが、しかしレネはすぐに気付いたように言った。


「……って駄目だ。それは話せないからな。前に言っただろ」


「そ、そこをお願いします。兄のことを知りたいんです」


 またも門前払いを食らい、テクラは素直な気持ちで懇願するしかなかった。そんな姿を戸惑いの表情で眺めていたレネだったが、やがておもむろに口を開いた。


「……本当は教えられない。でも、あんたは人間だし、兄妹だからな……。吸血鬼の領主に話さないって約束するなら、特別に教えてやってもいいけど」


 これにテクラは一も二もなくうなずいた。


「わかりました。約束します」


 力強い返事を聞いて、レネは聞いた状況を思い出そうと遠くの空を眺めた。


「あんたの兄貴が来たのは深夜。もちろん家族は全員眠ってたけど、母親だけは何かの物音で目を覚ましたらしい。その後には人の声も聞こえて、それが息子の、殺されたノアの声だと気付いたんだと」


「声って、叫び声ですか?」


「じゃなくて、話すような声だったって」


「話す? ノアは兄と話していたんですか?」


「さあ。小さくてあんまり聞き取れなかったらしい。でも、母親が見に行こうとした時に、ノアの声が突然大きくなって、こう言ったんだと。「やめてくれ。許してくれ」って」


 テクラは状況を想像し、息を詰まらせた。


「……兄が、襲ったんですね」


「だろうな。慌てた母親が息子の部屋に入ると、ぐったりしたノアの横にあんたの兄貴が立ってた。そこで母親が悲鳴を上げると、兄貴は窓から逃げてった――これが聞いた、当時の状況だ」


「なるほど。テオドールはノアをすぐには襲っていないようだね」


 二人が声に振り向くと、そこにはなぜか先に行っているはずのスタリーが平然と立っていた。


「なっ、あ、あんた、何でここにいるんだよ!」


 のけぞりながらレネが叫んだ。


「周囲をぐるりと見て回って、戻ってきたんだ」


「戻ったんならそう言え! 心臓止める気か」


「私がそうするつもりだったら、君はもう死んでいたね。狩人なら常に警戒をしていたほうがいい」


「ぬ、ぐ……」


 甘さを指摘され、言い返せないレネは唇を噛んで感情をこらえた。


「そ、それよりあんた、話、勝手に聞いてたのかよ」


「悪いね。聞こえてきたものだから」


「今すぐ忘れろ。聞いてないことにしろ。いいな」


「心配するな。君がうっかり聞かれたなど、依頼者に言ったりしないよ。それよりも、テオドールが襲う直前にノアと話していたというのが気になる」


「二人は友達でしたから、話すのは別におかしいことじゃ……」


 テクラの言葉にスタリーはゆっくりと首を横に振った。


「いや、友達だからこそおかしいんだ。まず、ノアをすぐに襲わなかったということは、テオドールはその時点でまだ理性を保っていたんだろう。そうなると、多くの住人がいる中でノアの元にだけ訪れたのは、それが頭で考えた行動だったからかもしれないということだ。つまり、テオドールはノアに対して、何かしら話したいことでもあったんじゃないだろうか。そうしているうちに欲求に支配されたか、またはもめごとに発展してしまったか……。犠牲者が一人という状況を思えば、前者というのは考えにくいが……」


「じゃあ、兄は喧嘩の末にノアのことを……?」


 疑問の混じる声で聞いたテクラだったが、スタリーはうーんと唸り、考え続けていた。


「……テクラ、お兄さんとノアの間に、何か問題や険悪な雰囲気などはなかったか?」


「私は、良好な関係だと思ってましたけど」


「お互いの悪い話などもなかった?」


「そんな話はこれまで一度も聞いたことありません。兄はノアとよく遊んでいたし、ノアも穏やかないい人で、私にも優しく話しかけてくれました。家が菓子店だから、クッキーの作り方を教えてくれたりして……そうだ。あの日の午後も、ノアから貰ったっていうケーキを、兄と一緒に食べたんです。そんなふうに時々余ったケーキをくれて、すごく優しくしてくれてました。何か喧嘩してたとは思えませんけど……」


 テオドールと比べると、ノアは大人しく控え目で、若干影の薄い青年ではあったが、いつも笑顔を見せて、誰にも感じのいい印象を持たれていた。口が達者なわけでも、腕っ節が強いわけでもないノアに、喧嘩という言葉はテクラの中でまったく当てはまるものではなかった。


「見た目通りの印象か。私も以前見かけた限りでは、彼が他人ともめごとを起こすとは思えないが、人間の心理は複雑なものだ。傍からは見えないものを抱えている場合もある。だが君の話を聞くと、テオドールとノアの関係は悪くなかったようだね。もめごとではなかったにしろ、襲ったということは、少なくともその瞬間には、二人の間に何かがあったのだろう」


「兄は夕食後に出かけてます。やっぱりそこで会った人が関係してるんでしょうか」


「おそらくはね。真相をその人物が握っている可能性は大いに――」


「おい! あのさ、事件の謎解きなんかどうでもいいだろ。犯人は吸血鬼だってわかってるんだ。さっさと捜して、さっさともう半分の金、貰いたいんだけど」


 二人の会話をさえぎったレネは、少し苛立った口調でそう言った。


「君はこの事件に関して、何も気になることはないのか?」


「犯人がわかってるのに、何が気になるんだよ。吸血鬼が善良な人間の血を吸って殺した。それだけで十分だろ」


 スタリーはテクラと顔を見合い、そして小さく肩をすくめて見せた。


「まあ、君はそれでも狩人の端くれのようだし、過剰に感情移入するよりは割り切った見方をしたほうがいいのかもしれないね」


「なっ、端くれって何だよ。俺は狩人の先祖から――」


 眉を吊り上げ、まくし立てようとしたレネだったが、それをスタリーは無視し、テクラを連れて歩き始めた。


「おいこら! 俺を無視して置いてくな! ……って、どこ行くんだよ。道はこっちだろ」


 緩い坂道を進むのかと思いきや、なぜかスタリーは道を外れ、右に見える針葉樹の林の中へ入っていこうとしていた。


「スタリー様? どこへ行くんですか?」


 不思議そうにテクラが聞いた。


「少し迂回する。先を見に行った時、嫌な気配が動いていたんでね」


「嫌な気配? 兄ではないんですか?」


「テオドールだとしたら、吸血鬼の私になど興味は示さないが、それは明らかにこっちの気配を探ろうとしていた。……憶えているか? バルバラが言っていたことを」


 占い師のバルバラの姿を思い浮かべ、テクラはその時の話の内容を呼び起こす。


「……山のふもとで、仲間が悪さをしてるって――まさか、その吸血鬼が?」


 真剣な眼差しでスタリーはうなずいた。


「おい、俺にも話を聞かせろ。何の話だ」


 追い付いてきたレネが二人の後ろから言った。だがテクラはそれには構わずに聞いた。


「会って、話はできないんですか?」


「物分かりのいい相手ならいいが、そうとも限らないからね。無理に接触して君達を危険に遭わせるわけにはいかない。向こうから来ないうちは避けて進むのが賢明だろう」


「危険な吸血鬼なんでしょうか」


「悪さをしているようだから、人間に対しては十分危険な者には違いない」


「何が危険なんだよ。俺にも教えろ」


 後ろから怒鳴るレネをいちべつし、スタリーは言った。


「しばらく静かにしていたほうがいい。この先は危険だぞ」


「だから、何が危険なんだよ。説明しろ」


「君の身が狙われるかもしれない。命が惜しければ私から離れず歩くことだ」


「俺が狙われる? 何だよそりゃ。ここいらには山賊か追い剥ぎでもいるのか」


「それ以上のものだ。わかったらその口を閉じろ」


 スタリーの醸し出すぴりついた雰囲気に、さすがにレネも何かを感じたのか、視線は物言いたげにしながらも、軽口はそこでぴたりとやんだ。そして言われた通り、不満顔で二人のすぐ後ろを歩くレネだった。


 だが、それから二十分ほど歩き進んだところで、スタリーはふと足を止め、呟いた。


「……見つけられたか」


「え……?」


 林を覆う静寂の中に聞こえた呟きに、テクラは隣のスタリーを見上げた。その顔は険しく、視線は何かを探すように遠くへ向けられていた。


「さっき言った吸血鬼、ですか?」


 抑えた声で聞いたテクラに、スタリーはゆっくりとうなずいた。


「ああ……せっかく迂回したというのに、わざわざ捜しに来てくれたようだ」


「何だよ吸血鬼って。あんたの他にも――」


 スタリーは片手を上げ、すかさずレネの声を制した。


「口を閉じろと言ったはずだ」


「止まった理由くらい言えよ。こっちは大人しく言うこと聞いて――」


 その時だった。立ち並ぶ木々が風もないのに揺れたかと思うと、その間を黒い何かが一直線に突っ込んできた。その尋常でない速さはもはやレネの目には映らず、テクラも残像を追うだけしかできない。何かが来る――そう思った時には、黒い影はすでに三人の目の前まで至り、右手をレネへと伸ばしていた。

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