第17話 説教はジビエ料理の味

「貴様ら、何者だ。名をなのれ!」


 猪は、有無を言わさぬ態度で誰何する。


「すげえ。喋るモンスター、初めて見たわ」


 エドワールは、目の前の猪の知性に、感服せずにはいられなかった。 

 今までのモンスターは、会話はおろか、意思の疎通すらもできなかったのだ。


「ワシを何者だと思っておる? ワシは、皆からヌシ神と呼ばれ、慕われておるのだ。そんなワシの問いを無視するとは、一体どういう了見だ?」


 猪は、あたりに唾をまき散らしながら、鬼のような形相で、そう喚く。


「エドワール、この猪、なんだか息が臭い」


 聖女クレナの訴えに、エドワールは賛同せざるを得なかった。

 生ごみのような匂いが、猪から漂ってきて、四人は思わず、鼻を指先でつまむ。


「ワシはな、相撲大会のチャムピオンなんだぞ。分かるか、小僧? この界隈に生息するモンスターの中でいちばん強い、チャムピオンだっ!」


「スモウ?」


 エドワールは、猪の口から飛び出した聞いたことのない単語に、首を傾げた。


「そうか、そうか。相撲を知らないのか。……よし、世間知らずのうぶな貴様らに、ワシが社会の厳しさを教えてやる」


 すると猪は、やけに上機嫌に顔をホクホクとさせながら、聞いてもいないのに、なにやら説教を始めた。


「若造には分からぬだろうが、社会は、そんなに甘くはないモノなのだよ。先輩や上司の言うことを聞けない馬鹿な奴は、この先一生、出世することができないのだっ! いいか、社会というモノは、貴様らのような生ぬるい連中を抱擁してくれるほど、優しくはないんだぞ……」


 ああ、それにしても、ペラペラとよく喋る猪だ。

 美女三人が、鼻を摘まみながら、目配せをする。『鬱陶しい』という気持ちを共有しているのだ。

 

 エドワールも、同感だった。


「コラ、ワシの言うことを聞いているのか、阿呆ども。世間知らずな若造の貴様らに、相撲のチャムピオンであるこのワシが、社会の厳しさを教えてやっているのだぞっ!」


 ここで、固有スキル〈大食い〉が発動! 

 ぐうと腹が鳴り、たちまち飢えがエドワールを襲う。

 ちくわと化した耳は、猪の説教を右から左へ受け流す。

 ざると化した頭に、もはや猪の言葉を理解し咀嚼する余剰などない!

 

 ヌシ神だか、社会の厳しさだか、なんだか知らないが、エドワールにとって眼前の猪は、もはや、『調理前の肉』としか目に映らなかった。


「……腹が減った」


 思わず心の声が漏れ出る。


「え、腹が減っただって? 自分の飯くらい、自分で用意しろ、この腐れめ! 貴様のような生ぬるい若造にタダで飯をやると思ったら、大間違いだぞ。食いたければ、働けっ! 馬車馬のように働けっ! 社会の先輩たちは、そうやってやり過ごしてきたんだぞ」


「エルネット、アメリエル、聖女クレナ、ここらで飯にしよう」


 エドワールは、猪の言葉を無視して、そう告げた。

 三人は兎みたく「やったー」と無邪気に飛び跳ねる。


「けっ、ワシが貴様ら若造に飯を寄こすとでも思っているのか? 愚か者め! いいか、社会はそんなに甘くはない……」


「違う、てめえを喰うんだよ」


 キョトンとする猪。


「アッハッハハッ! ワシを喰う? そのちっぽけな脳ミソと肛門みたいな口しか持ち合わせていない、貴様がか? ワシの凄さが分らぬというのならば、今ここで、相撲の勝負をしてやってもいいのだぞ? ふんどしの巻き方も知ら

ない、生意気な若造め!」 


 猪は、太い二本の前足で地面を掘り掘り、余裕の威嚇を見せつける。


 ああ、相撲チャムピオンである自分が、まさか目の前の若者に『喰われる』などとは、夢にも思っていないのだろう。


 もう我慢できないエドワールは、「煉獄の超咆哮、発動!」と唱えた。

 するとたちまち、エドワールの周囲に火の粉が迸る! 

 森の薄闇を切り裂く眩い光を放ちながら、エドワールの口から巨大な炎の柱が放たれた。


 ブワアアアッ!!!! まさに、超火力のクッキングバーナーッ!!


「ヘイヘイ、猪さん。ふんどし巻くだけで一丁前に強くなれるほど、社会は甘くないんだぜ? 後悔先に立たず。ジビエ料理に湯気は立つ。アンダースタンド? エエア?」


 もはや絶叫する暇もなく、自らをヌシ神と名乗る猪は一瞬のうちにこんがり焼け、ほっかほかの上質なステーキと成り果ててしまった!


 次いでエドワールは、間髪入れずに猪の肉にかぶりつく。


 旨い! グレートな火入れ! 高レベルモンスターの肉は格別っ! 


 まさに、叙○苑クオリティ! 


 先まで元気よくペラペラと説教を垂れていた猪が、一瞬のうちにジビエ料理と化してしまった様子は、女性にとっては多少刺激が強すぎたのか、三人の美女はしばらくの間、魂が抜けたようにぼうっと立っていた。


「三人も食べるか、旨いぞこの肉」


 エドワールの声にハッとすると、聖女クレナは恐る恐る、猪の肉にかぶりつく。


「あれ、思いのほか旨いわね。うるせえジジイを黙らせた上に、こんなに上手に調理してしまうなんて、さすがはエドワールさんだわ」


 聖女クレナに続いて、エルネット姉妹も、猪の肉を堪能する。


 四人仲良く、猪の肉を綺麗にペロッと平らげてしまうと、念のためエドワールは、ステータスを確認する。


「ステータスオープン」



エドワール・ルフレン


レベル:99

体力:1000

攻撃力:500

防御力:500

素早さ:500


【固有スキル】

大食い


【特殊スキル】

鋭爪連斬+100

煉獄の超咆哮

転送魔法・上級

豪雨風ノ手裏剣


猪突猛進


効果

 自らの肉体を硬化させ、敵に向かって音速で突撃する。その勢いは、何者にも止めることができない。全てのアーマー効果を無視してダメージを与える。



 ああ、カンストカンストッ! 

 この世界のどこを探しても、エドワールよりも強いステータスの持ち主は、存在しないのだ!

 

 すると、ふとエドワールの足元に、見慣れない衣服が落ちていることに気づいた。

 そっと拾い上げてみる。



【獣衣の隠蓑】

レアリティ:S

防御力 ×5


特殊効果

 装備中、敵から発見されなくなる。



「あ、レアアイテムだ」


 猪を討伐したことで、どうやらドロップしたらしい。狩人が着ていそうな、獣の毛皮でできた衣服だ。

 運よく、同じアイテムが三つもドロップしていた。


 ステータスは既にカンストしているので、もはやエドワールに装備アイテムは必要ない。

 特殊効果も、あまりメリットを感じられるものではなかった。


「この服、あったかそうですよ。着ますか?」


 エドワールは、ドロップしたアイテムを三人に手渡した。


「ありがとう。大切にするね。エドワールさん、大好き!」


 大事そうにプレゼントを抱えて、ご満悦の美女三人。


 エドワールたちは、村を目指して、ふたたび森の中を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る