固有スキル〈大食い〉のエドワールは、理不尽に攻略パーティーから追放されるも、モンスターの肉を喰らって最強の勇者に成り上がります。

東島和希🍼🎀

第1話 追放は理不尽の味

「乾杯!」


エドワールはたんまり酒の入ったジョッキを、天高く掲げた。


「ダンジョン中層に到達した祝いの最中だが、ここで一つ、忠告しておかなければならないことがある」


 パーティーのリーダーである剣士のハンスが、突然そう切り出した。


 聖女のクレナも、魔術師のカエサルも、暗殺者のセバスターも、皆、テーブルの料理には目もくれず、しんと静まり返って、ハンスの言葉を待っている。


 そこには、洞窟の岩壁を照らすロウソクの炎が爆ぜる、ごく僅かな音があるのみであった。


「これは、他の三人と決めたことなのだが……」

 

 ついに昇格か? 危険極まりないダンジョンが乱立するこの世界に転生して早一年、女神の采配に従いダンジョン攻略のパーティーに参加し雑用をこなしてきた苦労が、ようやく報われる時がきたのか。


「エドワール」


「はい!」


 大きな声で、返事をする。きっと両目は、キラキラ輝いていたに違いない。


「只今をもって、このパーティーから出て行ってもらう」


「……え?」


 頭の中が真っ白になった。視界がガクンと揺れる。周囲の音が遠のいてゆく。


「それって、つまり……」


「追放だ」


 ハンスの厳しい口調が、嘘や冗談ではないことを物語っていた。


「そんな、あり得ない。……クレナ。このパーティーの副リーダーだろう? なんとか言ってくれよ」


「これは、みんなで相談して決めたこと。残念だけど、認めてもらうしかない」


 艶のある黒髪をかき上げながら、容姿端麗なクレナはそう言い放つ。


 パーティーにおいて、リーダーの意志は絶対。例外は存在しない。つまり、ハンスの口から直接宣言された以上、誰がどう足搔こうと、追放の事実は変えようがないのだ。


「ほかの皆は? ここまで一緒にダンジョンを攻略してきた仲じゃないか」


 バン! とテーブルを両手で叩きつけて、魔術師のカエサルが立ち上がった。先のとがった帽子の下から、鋭い眼光でこちらを睨みつける。


「いいか、俺たちはもう、我慢の限界なんだよ。この先、まだ半分もダンジョンが残っているというのに、食料は底をつきかけている。ただでさえ戦闘で体力を消耗しているうえに、食事まで切り詰めなくちゃならない。そこで、だ。お前の固有スキルはなんだっけ?」


 有無を言わさぬ態度に、思わず萎縮してしまう。……仕方ない。僕はしぶしぶ「ステータスオープン」と唱えた。


 とたんに文字情報が視界中央に浮かび上がる。



エドワール・ルフレン


レベル:3

体力:20

攻撃力:5

防御力:5

素早さ:5


【固有スキル】

大食い



「なあ、よーく見えるだろう、使い物にならない、いや、むしろ足手まといになる、最低最悪の固有スキルがよお。ただでさえピリついてんのに、横でむしゃむしゃ貴重な食料をむさぼられたら、こっちはどんな気持ちになると思う? ええ?」


 言い返す言葉がなかった。


 戦闘に利用できる固有スキルを持ち合わせていない自分は、モンスター討伐において、ろくに活躍ができない。

 ゆえに、モンスターが倒されても、その低い貢献度から、貰える経験値はすずめの涙。

 そのため、レベルは一向に上がらず、他のパーティーメンバーとの戦力差は広がる一方だった。

 

 今まで、料理や雑用をこなして、誤魔化しながらも、なんとか自分の居場所を確立してきた。しかし、それすらも、限界がやってきてしまったのだ。


「噂では、この世界に転生する前は、暴飲暴食で心筋梗塞を起こして、ぶっ倒れたって言うじゃねえか」


 チクショウ、あの女神、余計なことを言いふらしあがって。

 

 あの女神とは、この世界に転生し、ダンジョン攻略パーティーの一員になることになった、その原因を作った張本人なのだが……まあ、それはいずれ説明するとしよう。


「話の途中で申し訳ないが、こちらへ敵が迫ってきている。早く移動した方がいい」

 

 漆黒のマスクの下から、暗殺者のセバスターは警告する。暗殺者のセバスターの固有スキル〈暗所索敵〉が発動したのだ。


「わかった。祝いは中断だ」


 ハンスの号令を聞くと、パーティーメンバーは急いで支度を始めた。


「まさか、ここに置き去りにするつもりですか」


 ハンスは、鬱陶しそうにため息をつくと、


「なんど言ったら分かる。追放だ」


 と吐き捨て、荷物をまとめてダンジョンの奥地へ歩きはじめてしまった。


「ああ、急いで支度する必要はないぞ。ここでお別れなんだからな」


 カエサルは意地の悪い顔を見せると、ヒョイと荷物を背負って、ダンジョンの奥へ進む。

 他の者も、ハンスとカエサルの後を続いていく。


「待って。置いて行かないで」


 せめてクレナにだけは、見捨てられたくない。一年間ものあいだ、ひそかに想いを寄せていたのだ。こんな別れなんて……あんまりじゃないか。


 懸命に腕を伸ばして、クレナの肩を叩く。


 クレナが振り返る。惚れないわけにはいかぬ、美しく整った顔。


 だが次の瞬間、その美しい顔が、まるであざけ笑うかのように、グニャリと歪んだ。


「ずっと黙ってたんだけど。弱いくせに食意地だけは旺盛で、なんだか、あなたって、ひどく無能よね」


 クレナは、ふたたび前を向き直すと、名残惜しさなんて何もないといった様子で、スタスタ歩きはじめる。


 後頭部をバットで殴られたような衝撃に、思わずその場でよろめく。


 あっという間に、パーティーメンバーは、洞窟の細道の先へ吸い込まれていった。


「一人になってしまった……」


 呆然と立ち尽くしながら、そう呟くので、精一杯だった。

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