【第27話】『 ずっと心の中で 』






 29.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第27話〉『 ずっと心の中で 』







 ある日、下校前の教室で僕らはいつも通り駄弁っていた。


「なぁ、皆んな。聞いてくれよ。」

 

 突然、義也は僕らに言った。


「俺はお爺ちゃんになってもお前らと一緒に居たいし、ずっと連んでいたい。ぶっちゃけ喧嘩してもお前らとの縁だけは無くしたくないんだ。」


 いきなりそんな事を言うもんだから、僕らは皆んな動揺していた。


「‥‥‥ッ?!ばっ、馬鹿じゃねぇの?!急になんだよ怖いんですけど?!!!」


 慌てた様子の孝徳。まるで照れ隠しをしているようにそっぽ向いている。

 同じく皆んな照れた様子で誤魔化していた。


「要するにウチら最高って事?(笑)」


 マヤちゃんがそう言って場を和ませた。


「俺は真剣なんだっつーの。なんか急にお前らが遠い所に行っちまうんじゃねーかなって思って。」


 義也は僕らと目を合わせずにそう言った。

 よく見ると彼の顔も少し赤くなっているようだった。


「はぁ?!お前さっきからハズカシィー事何回言ったら気が済むんだこのやろー!」


「うるせぇな。別にいいだろ!」


「良くない!お前のその顔見せてみろよばーか!」


「‥‥や、やめろ。こら頭から手を離せ!!」


 孝徳と義也がいつものようにじゃれ合っている。

 マヤちゃんは笑いながら彼らの事を見ていた。椎菜もオドオドしながら彼らの仲裁に入っている。


 僕は今日も茜色の空を見上げていた。


 風はザワザワ、星はキラキラ、街はガヤガヤ。まるで僕の世界は小説の1ページのような背景だ。


 教室から見える景色も、通学路から見える景色も、僕の心を穏やかにしてくれる優しい世界。


「ねぇ、知束くん。どうかしたの?」


 教室の窓から遠くの方を眺める僕に椎菜が問いかけた。


「んーん。なんでもない。ただこの世界が凄く綺麗だと思っただけだよ。」


「せかい?」


「そう。真っ白な心の中に天使のような人がカラフルな絵の具で落書きしたみたいな。そんな世界だよ。」


 僕の言葉に椎菜は少し動揺した。そして数秒間考えて僕に言った。


「分かった。今度知束くんが喜びそうな絵を描いてあげるね。絶対に見せてあげる!」


「そっか。ありがとう。」






 「 約束だよっ———! 」





 

 そう言って彼女は走って行った。義也達も椎菜が教室から出るのを横目で見ていた。

 

 今思えば、あの日から僕らの運命は変わってしまったのかも知れない。


 それでも僕らは再会を果たした。風がたなびく青空の下で、また皆んなと出会えたんだ。


 ずっと閉ざされていた心が、皆んなの顔を見た瞬間弾け飛んでしまったんだ。


 なんとも清々しい気分だ。


 僕らは少し他愛もない会話を交える。

 皆んなは僕に何回も「大丈夫だから」と強く言い聞かせた。


 その言葉にどれだけ救われたのだろう。僕はまたしても彼らに救われてしまった。


「ごめんね。皆んな本当にごめん。」


 僕らはそう言って肩を抱きしめ合っていた。

 皆んな僕のことを心配してくれていたみたいだった。僕の事を一人残してしまった事を何度も謝っていた。


 

『 泣かないで、知束くん。私達はあの日の事を後悔してないよ。 』



 椎菜の声が聞こえた気がした。僕はパッと椎菜の顔を見上げる。するとそこにはニコッと笑う彼女の顔があった。


 君の笑顔が、皆んなの優しさが、僕の心を溶かしていく。


『 ねぇ覚えてる?私達、約束したよね、』


 すると突然、椎菜はある一枚の絵を手渡した。少し照れた様子で、自信満々に手渡すその絵はまさにあの日見た絵画だった。


「‥‥‥これはっ!!」


 そこには、いつかの教室が描かれていた。

 今となっては珍しい木造建ての校舎の2階。いつも溜まり場にしていた2-Aの教室。


 その絵の中で、僕や孝徳、義也にマヤちゃん、そして椎菜がそれぞれの好きな事をしている。


 茜色あかねいろの空をバックに、教室の手前の席でお菓子を広げた僕達が、そこに存在していた。


 黒板の落書きまで忠実に再現されたその絵には、僕らの日常が描き出されていた。もう戻ることの無いあの日常が、僕の目に飛び込んだ。


「‥‥ァ‥‥」


 また、思わず涙が溢れた。


 彼らはなんて微笑ましく笑うのだろう。

 

 僕の目から、またポロポロと涙が花を咲かせた。

 それを察して孝徳がゆっくり肩を肩を掴む。気がつけば僕らはまた肩を合わせながら泣いていた。


 戻ることの無いあの日の光景。

 全て失ってしまった。それでも、またこうして一緒に過ごせる事にとても安心していた。


 何度も何度もあの日々に戻れたらって願った。存在するかも分からない神様に祈ったりもした。


 叶うはずの無かった僕の夢。


 その絵には椎菜のサインが書かれている。写真に撮るまでも無く、僕の脳裏に焼き付いた。

 サインの下に椎菜が決めたであろう作品のタイトルが記載されていた。


 




 ずっと心の中で——。



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