【第23話】『 ちっぽけな僕 』
25.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第23話〉『 ちっぽけな僕 』
冷たい床、澱んだ空気、ちっぽけな僕。
いつも目が覚めると、そこには絶望が待っていた。
あぁ、今日も目が覚めてしまったのか。
あぁ、今日も生きなければいけないのか。
そんな事を思いながら、僕は、光の当たらないこの部屋で“あの日”を繰り返している。
僕の選択がもっと早ければ。
僕が病気になんてならなければ。
そもそも、皆んなと出会ってなければ。
僕なんて生まれてこなければ‥‥‥。
いつも結論は同じ。
僕の中で、悲しい討論会が続いている。
こんな事を続けていても何の意味もない。
ただただ、虚しいだけだ。
『 最後に約束、精一杯生きてください。 』
いつも、いつも、声が聞こえるんだ。
ここに閉じ込められて数ヶ月。僕は何度も自分を戒めた。
ご飯は喉を通らない。
虚な気持ちは怒りすら覚えない。
何度も死のうと努力した。
何度も消してくれと祈った。
それでも、僕の中にあるのは、
あの日の約束なんだ———。
◆
いつも夢を見ているんだ。
今日も、あの日の夢?いいや違う。
今日は? ここは? どこだ?
「知束っち!何ぼやっとしてんだよ!放課後付き合うって約束してただろ?」
声が聞こえる。聞き覚えのある友達の声。
ここはどこだろう?
何か忘れているような気がする。
そう言えば、今日は学校が終わったら、皆んなとゲーセンに行く約束をしてたんだっけ。
聞き覚えのある声は次第に大きくなってゆく。
徐々に僕の耳元へ近づいて来ているような‥‥。
「‥束、知束ー!おーきろ!!」
「ふぉえ?わぁあー!!」
ガタッ
いきなり耳元で大きな声がしたと思ったら、僕は机から離れ、椅子と一緒に地面へと落ちていった。
「イテテテ‥‥ここは?」
目が覚めると、そこは教室だった。
何も変わらないいつもの教室。
外は茜色に染まり、机は静かに並んでいる。
そんな普段通りの教室を見て、少しホッとしたように息が零れた。
そうだ、僕は今まで長い夢を見ていたんだ。
それもようやく解放された。
長い長い夢だった。
辛い辛い夢だった。
「ちょっと〜!わざわざ耳元で叫ばなくたっていいでしょ?!ほんっとに孝徳はバカなんやから!!」
「んだと〜?!マヤチーが知束の事起こせって言うから起こしてやったんだろーが!」
「それでもやり過ぎやねんアンタは!!」
どうやら僕は教室で眠ていたらしい。
いつものパターン。授業の記憶がほとんどない。
気がつけば、お昼休みからずっと寝てしまっていたみたいだ。
それにしても、何の夢を見てたんだっけ?
「知束くん、大丈夫?ケガしてない?」
そう言って駆け寄って来る1人の女子高生がいた。
「知束くんビックリして、おもいっきり倒れたんだよ。頭打ってない?」
彼女は心配そうに僕を見つめている。
「しい‥‥な?」
「どうしたの?一緒に保健室いく?」
「何で、僕は、ここに‥‥。」
僕の目の前には椎菜がいる。孝徳もいる。マヤちゃんもいる。
そんな当たり前の状況に、何故か僕は困惑している。
いつも通りの下校時間。何かを忘れているような気がする。
「おーい!知束起きたかー?」
今度はガラガラガラとドアを開けて教室内に入ってくる1人の男子高校生が目に写った。
「なんだ?また孝徳が何かやからしたのか?」
「よっしーまでひどくね?!確かに知束っちびっくりさせたのは俺だけどさ〜!!」
その男子高校生は孝徳と仲良さそうに話している。
しかし、何も驚く必要なんてない。何故なら、これもいつも通りの日常。
いつも通りの日常なのだ。
「‥‥よし‥‥や?」
僕は思わず彼の名前を呼んだ。
「おいおい、何でそんなにビックリしてんだ?知束。早くゲーセン行こうぜ!」
「‥‥‥」
「ん?どうした?知束。本当に大丈夫か?」
義也はぴくりとも動かない僕を見ながらゆっくりと近づく。
「ちさとっち!さっきはマジで悪かった!!まさかあんなにビックリされるとは思ってなかったんだ‥!」
「そーや全部アンタ悪い。反省せーへんと知束ッチに嫌われてまうで??」
「う、うぅ。ごめんなぁ。ちさとッチィ!」
孝徳が僕の前で泣きながら土下座している。
それを揶揄うかのように後ろでマヤちゃんが見ている。
遊び半分で煽る義也に、リアクションに困る椎菜。
いつもの風景、いつもの会話、いつものみんな。
なのに何でだろう。言葉が出ない。
声が出せない。
あれ?
「あれ?知束くん?どうして?」
ど う し て 泣 い て い る の ?
◇
帰り道。
僕らはその日、結局ゲーセンには行かず、そのまま下校する事になった。
それにしても、何故、僕は泣いていたんだろう?
なにか凄く怖い夢を見ていたような気がするんだけど。何も思い出せない。
今日もいつも通りの日常。
変わらない日々。
この生活に満足しているはずなのに、何故、涙が溢れてきたんだろうか?
分からない。分からない。
考え事をしていると、僕は知らぬ間に横断歩道で立ち止まっている事に気づかなかった。
ブーブー!!!!!!!!!
大きな音で車のクラクションが鳴り、僕は慌てて音の方へ目を向ける。
「知束っちー!!赤信号だぞー!!」
「え?うわ!すいません!!」
ギュウウウウウウウウ!!!!
車は大きな音を立てて途中停車した。
僕は慌てて横断歩道を後ろに戻り、信号が青になるのを待つ事にする。
一体、何を考えていたのだろう。
本当に今日の僕は疲れているみたいだ。
考え事をしていると、ついつい周りの声が聞こえなくなる。
気がつけば5人で下校していたのに、ずっと同じ事を考えていた。
信号が青になるのと同時に、僕は全力で横断歩道を渡り切った。
僕が5人の元へ戻ると、椎菜が心配そうに僕の元へ駆け寄ってくる。
「知束くん、ほんとに大丈夫?」
「え?あ、ごめん。考えごとしてた。」
「んーん、違う。さっき知束くん泣いてた。」
「あぁ、全然大丈夫だよ。実は僕もなんで涙が出たのか分からなかったんだ。」
「そうだったの?ごめんね。私てっきり‥‥。」
「ははは、そう言えばビックリしたよ!僕が泣いた途端、椎菜テンパっていきなり救急車を呼ぼうとするんだから!」
そう、椎菜はさっき僕の涙を見て、頭が真っ青になり慌てふためいていたのだ。
その動揺っぷりはさることながら、椎菜まで泣き顔になり、学校の先生達をかき集め、さらには119番までしようとしていた。
あれだけ彼女に動揺されれば、僕もその涙について考える暇は無かった。
おかげで場が和んだのはいい思い出である。
「あ、あれは‥‥私もビックリしただけだよ!」
「へへ、でも、それだけ心配してくれたんだよね。椎菜は本当に優しいね。ありがとう。」
「もう。知らない!」
「え?何?」
「‥‥ばか」
「????」
そんな事を言いながら、僕らはそれぞれの家へと帰宅した。
そして別れる前に僕らは必ずこう言うのだ。
「 またね 」
やっぱり、いつも通りだ。
何も変わらない普通の日常。
これこそ僕が子供の頃から探し求めていた“幸せな毎日”ってやつだ。
学校も、部活も、友人関係も、
僕にとってこの世界は、大切な‥‥
大切な‥‥‥
「‥‥‥宝物なんだ‥‥。」
◆
目が覚めると、僕は独り言を呟いていた事に気がつく。
それと同時に、虚な感情が込み上げて来る。
ここはどこだろう?
さっきまで僕の家にいたはずなのに?
一瞬で全てを理解する。
ここは家では無く、教室でも無く、通学路でもない。
ここには探し求めた幸せなんて存在しない。
ここは、ただの
冷たい床、澱んだ空気、ちっぽけな僕。
あぁ、また目が覚めてしまった。
いつも目が覚めると涙が溢れてくる。
止められず、流れてくる。
懐かしいなぁ、あの日々が恋しいなぁ。
寂しいな‥‥。
そんな日々が数ヶ月続き、僕の前には、いつかの白い少年が立っていた。
あの日のまま、微笑みながら立っている。
僕はゆっくりと少年に目を向ける。
こんな哀れな僕。
痩せ細った体に不健康そうな顔。
髪は真っ白で全体的に長く伸びている。
目の色は奇妙なピンク色に光っている。
もう、死体と対して変わらない容姿の僕に、少年は笑顔でこう言った。
「やぁ、こんにちは!」
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