【第18話】『 灰色の世界 』







 19.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第18話〉『 灰色の世界 』







 俺達が現世に降りた時、世界は日の光に照らされていた。

 天使がラッパを吹いたと同時に、俺達はゆっくりと地上へ降りる。


 太陽の光は眩しく、焦がすように暑い。しかし、地上の空気はとても冷たかった。

 そして俺達は、この世界に降りて驚くべき状況を目の当たりにした。


 そう、この世界には何もなく、ただ真っ白な土地が無限に広がっているだけだった。


 地面は砂のように軽く、パラパラと砕けてしまう程に脆い。

 時の崩壊によってチリになった物質が、大地に降り積もったのだろう。


 どこを見ても空虚な空間が続いているだけだった。


「おーい!こっちに人がいるぞ!」


 仲間の1人が俺達に叫んだ。

 するとそこには大きな丘があり、丘の上には人間の姿があった。

 

 その丘の方まで走っていくと、そこには小さな草花に囲まれた1人の少年が眠っていた。


 彼の周りは、まるでオアシスのように草花や木々が残っていた。その中心でぐったりと横になっている少年は、とても優美な姿をしている。


 そしてその手には、赤い花飾りをギュッと握りしめていた。


 俺達が少年に近づくと、さっきまで何も無かったはずの場所から突然風が吹き、白髪の少女が現れた。


 そして少女は虚な目をしたまま俺達に問いかけた。




「この子を殺すの?」




 少女は確かにそう聞いてきた。

 その様子は、まるで少年を庇っているように見えた。


「いいや、俺達はソイツを保護しに来た。」


「‥‥そっか、よかった。」


 そう言うと少女は、安心した様子で少年の体の中へと吸い込まれて行った。


 まったく不思議な話だ。

 一体どんな魔法を使っているのだろう?


 今の少女からは、少なからず魔粒子の周波数を感じた。

 恐らくだが、彼女は魔女である可能性が高い。


 悪魔と契約する事により、悪魔の権能を行使する事の出来る人間が現れる。

 それが“闇影人ヌワルフォンセ”。人の子でありながら魔粒子を持つ存在。


 人間を心底軽蔑している“闇影人ヌワルフォンセ?”が、まさか人の子を庇うなんて、俺達は初めて見る光景だった。


 そして俺は少年の元へ行き、生死を確かめる。

 少年の体に異常は無く、怪我一つない綺麗な体をしていた。


 それを見た俺は、ある可能性が頭をよぎった。

 何も無い世界に唯一取り残された少年。


 この世界では時の崩壊が起こり、何らかの方法でそれが止まっている。


 本来なら、時の崩壊は世界を消し去ってしまうまで止まる事はない。時間ごと世界全体を消してしまう最悪級の天災。それが時の崩壊である。


 しかし、この世界にはまだ大地があり、自然がある。

 もしやと思った。まさかこの子が手に入れたのか?と希望を抱いた。


 しかし、よく考えてみても、それ以外に方法は無い。 

 恐らくだが、この少年こそが、“時の権能”の獲得者である。


「コイツが‥‥エリアに選ばれた子供なのか‥‥?」


 俺達は、皆、驚きを隠せないでいた。

 かれこれ何百年間も探して続けてきた権能を、今、ようやく見つける事ができたのだ。


「ジル、この少年をお前に任せる。天界へ連れてソロモン王へ報告しろ。」


「分かったわ。父さん。」


 そう言って俺達はその少年を保護し、半分の人員を残して、天界へと帰還させた。


「俺達はまだ調査する事がある。さぁ、仕事を始めよう。」


 俺達にはソロモン王から賜った極秘の任務がある。

 それは、時の崩壊を引き起こす原因を調査するという任務である。

 

 時の崩壊が起こる原因が分かれば、それに対する対策を講じる事ができるからだ。


 800年前に突如として現れた自然現象。

 無限に広がる異孵世界を一つずつ消してしまう無情の災害。


 それを引き起こす物が一体なんなのか、俺達は今日明らかにするのだ。


「やはりこの場所だけが時の崩壊の影響を受けていないのか‥‥。」


「ええ、今の所、他の世界と比べて時間が止まっている事以外は変わった様子はないです。」


「そうだな。この世界はまだ崩壊したままの場所だ。こんなケースは2度と来ないかも知れない。慎重に調査を進めろ。」


「御意。」


 俺達は少年が眠っていた場所を中心的に調査していた。

 すると、何処からか何者かの声が聞こえて来る。




「‥‥殺シテやる‥‥殺シてヤる‥‥殺しテやル‥‥」




 その声は確かにそう言っているように聞こえた。

 俺はその声を調査する為、何人かの兵士と共に声の元へ急いだ。


「誰かいるのか?!」


 仲間の一人が大きな声で叫んだ。

 しかし、誰もその声に返事をする者は居ない。

 聞き間違いだったのかと思い、兵士達はその場を後にしようとする。


 何かがおかしい。

 こんな音も風もない場所で聞き間違えることがあるだろうか?


 それに、さっきから感じるこの周波数は‥‥


 すると次の瞬間、砂漠のような地面から大きな唸り聲と共に、この世の者とは思えない姿をした怪物が現れた。


「なんだ?!」


 怪物の体は大きく、皮膚は爛れていて、その口には無数の牙が生えており、とても弱った様子の悪魔だった。


「クラップ、逃げろ!!」


 俺の声も届かぬまま、奴が出てきた瞬間仲間の一人が丸呑みにされてしまった。


「一体なんなんだ?!」


 俺達は怪物の姿に驚きながらも、それが悪魔である事がすぐに分かった。

 奴はかつてアーサー王に絞め殺された悪魔、アヌフェル・サーフェスである。




「キキキキキキキキキキキキキキキキキキ……」




 アヌフェルは耳が痛くなる程の超音波を放っている。

 共鳴とも言えるその音に、俺達は少しずつ翻弄されていった。


「全員、配置に付け!!奴のレベルはSと断定して対処に当たれ!!」


 俺はチーム全員に指示を出す。

 しかし、悪魔は俺達の方には目もくれず、地響きを立てながら何処かへと消えてしまった。


 仲間が奴の事を追跡するも敵わず、奴の姿は見えなくなってしまった。


「一体なんだったんだ‥‥アイツは‥‥。」


 何故こんな場所にアヌフェルのような魔王クラスの悪魔が居たのだろうか。

 考えられるのは一つ、時の権能者の情報をいち早く入手して、俺たちよりも先にこの世界をマークしていたのだろう。


 だが、一体誰がそんな情報をアヌフェルに齎したのだ?!

 俺にはどうも裏で暗躍している者が居そうな気がしてならない。


 俺達はそんな疑問を抱きつつも、その場所の調査を再開した。


 しばらくして、俺は誰かのカバンを見つける事になる。


 そのカバンは殆どが壊れかけていて、中に入っていた冊子や教書などは灰化していた。


 しかし、その中に入っていたのは、細かくなった砂だけでは無かった。


「コレは‥‥。」


 俺は思わず声に出してしまう。

 そのカバンの中に入っていたのは、1枚の絵だった。

 

「そうか、コレは少年の‥‥。」


 俺はその絵を見て、ここで何があったのか、手にとるように理解した。

 

 踏み散らされた草花達。少し折れた木々。

 きっとここで争いがあったに違いない。


 だとしたら、俺の予想が当たっているのなら、時の崩壊は自然現象では無い。

 誰かが故意的に引き起こしている可能性も無いとは言い切れないだろう。


「シザークさん。コレを見て下さい。」


 そう言いながら、仲間の1人が俺に一冊の本を手渡した。

 その本はとても分厚く薄汚れている本だった。


「コレはなんだ?本のようだが、何も書かれていないのか?」


 俺は真っ白なページを何度もパラパラと捲り、その本を調べていた。


「よく見てください。この本は、あの神々が作り上げた例の魔導書です。」

 

 魔導書という言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

 それは何百年もの昔に失われたと言われるマジックアイテムである。





 

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