第31話 エリスの帰還⑤

 魔物の骸が転がる暗い部屋の中で、少年は悲痛に叫ぶ。


「僕を殺してくれ。これ以上は抑えきれない!」

「そんなことできない!」


 剣を携えた少女はそれを拒ぶ。


「うん......君はどちらを選んでもきっと後悔する。ごめんね。エリス、今のことは忘れて帰るんだ」

「どういうこと?」

「愛してる」


少年は魔法を発動し、少女を眠らせた。



 ◇



「魔王の言葉に惑わされないでください!」

「いや、もういい」


 魔王が手を伸ばす。


「させません!」


 セラフィーラさんが俺の前に出て翼を広げた。


「身構えなくていい。たった今、無言の呪いを解いた」


 たしかに体が軽くなった。一体何が狙いだ?

 手を止めてはいけない。


「発動までどのくらいですか!?」

「複雑な工程は完了しました! あとは魔力を送り続けるだけです!」


 俺たちを唆そうとしているのか? 魔王の考えが読めない。


「エリスも死ぬのか?」

「いいえ。対象はあなたの魂だけです」

「そうか……。良かった」


 魔王は肩の力を抜き、剣を落とした。


「魂の区別ができるのか。セラフィーラ、君はただのサキュバスではないな? いや、もっと高次元の」

「たったっただっただのめ、サキュバスです!」


 大量の汗を浮かべながら、目が泳ぎまくってる。

 セラフィーラさんの動揺っぷりがすごい。


「まぁいい。そうだな。最後に昔話をしようか。少し付き合ってくれ」


 その言葉に抵抗の意思は感じなかった。 

 セラフィーラさんは拘束魔法の出力を弱める。



 そして、魔王は懐かしむようにゆっくりと語り出した。


「俺たちは田舎で育った。俺は農家の1人息子で、エリスは騎士の家系だった。喧嘩っ早い子で、よくガキ大将にいじめられていた俺を助けてくれた。一緒に泥だらけになって遊ぶような子で、メイドに怒鳴られていたな。俺はあいつの天真爛漫なところが好きだった。身分こそ違えど俺たちは通じ合っていた、と思う。俺の12歳の誕生日までは」


 12歳、魔王が村から失踪した年だとエリスから聞いたことがある。その後、大勢の王都の囚人を脱獄させたと言っていた。


「ある日、俺の部屋に小さい魔物が迷い込んできた。俺はその時、何を思ったか魔物を親に秘密で飼おうとした。これが失敗だった」


 魔王は空に占める大きな暗雲を見つめる。


「翌日、魔物は少しだけ大きくなった。それから、次の日、また次の日と日を重ねた1週間後、両親が食われて死んだ。12歳の誕生日だった。俺が魔物を飼っていたせいで。それだけではなかった。魔物は5体になっていた。増えていたんだ」


 セラフィーラさんが拘束魔法の出力をさらに弱めた。


「その日、エリスが家を訪ねてきてしまった。だが俺は、絶対に家に入れなかった。エリスが痺れを切らして帰るまでじっと耐えて耐えて耐えた。それから俺は家を出た。魔物たちは俺の周りから無尽蔵に湧き続けた。奴らは暴れ回ったが、何故か俺を食うことはしなかった」


 魔王は目を伏せる。


「俺たちの世界には魔王が誕生する。勇者によって討伐され、復活するという歴史を何千万年も続けてきた。魔王が死ぬと赤ん坊に魔王の因子が宿る。それが俺だ」


 とうとうセラフィーラさんは魔法陣へ魔力を送るのを止めた。


「そのことに気づいたのはしばらく経った後だ。もう魔物たちを抑えることはできなかった。しかし魔物たちは血肉を求める。俺は魔物たちへ王都の囚人の拉致を命令し、与えてやった。魔王として魔物を統べることにしたのだ。それが最も被害が少なくなると思ったから」


 魔王が口を開いた。否。


「どうして、どうして入れてくれなかった! お父様から剣は習っていた! 小さな魔物の5体くらい」


 声を発したのはエリスだった。

 衝動的に魔王の呪いを抑え込んだのだ。


「君を失うのが怖かった。君に後悔をさせたくなかった」

「お前の考えも! 悩みも! 私に教えて欲しかった! お前を愛していたのに!」


 エリスは以前、愛ゆえに魔王を殺す、と言っていた。エリスは魔王を殺すためにルテリア騎士団の団長になった人だ。


「結局、魔王の因子をあの世界の輪廻から切り離すために君を巻き込んでしまった」

「もっと巻き込め! もっと頼れ! ずっと一緒にいようって約束したじゃないか!」


 エリスの右の頬から涙が流れる。


「ごめん。最後にもう一度、君と会えてよかった」


 魔王は左手をかざし、魔力を送り始めた。


「やめろ! 行かないで!」


 エリスは右手で左腕を力強く掴む。


「駄目だ! もっと一緒にいてくれ! もっと私の話を聞いてくれ! お前のことを教えてくれ! 何にも分からないじゃないか!」


 公園全体を包み込む光はどんどん強くなっていく。


「セラフィーラ殿! 魔王の因子だけを排除することはできないのか!」

「申し訳ございません。因子そのものが魂に根深く浸透しており一度分解するしか......」

「............」


 エリスは左腕を掴む手を離した。


「くっ......。それがお前の答えなんだな」


 エリスは右腕をかざし、涙を流しながら魔力を送り始めた。


「ありがとう。これでようやく罪を償える」


 エリスは嗚咽混じりに呟く。


「分かった......お前のためにできることを」


 大きな光の柱が立ち昇り、眩い光で視界が塞がる。


「ありがとうエリス......。幸せになってくれ」


 魔法陣の光が一気に弾け飛んだ。



 ◇



 賢者の目でエリスを見た。

 エリスにかかっていた魔王の魂は綺麗に消えていた。


 エリスはその場に倒れ込み、泣き叫んだ。

 地面を叩き、抉った。手からは血が流れた。


「エリス様......」


 セラフィーラさんはエリスを後ろから抱きしめ、目を瞑った。


 エリスはその腕を掴んで咽び泣き続けた。



 ◇



 俺たちはエリスが落ち着くまで見守った。

 「もう大丈夫だ」と言われ、その場を離れたがエリスの慟哭は続いていた。


 帰り道、セラフィーラさんが口を開いた。


「魔法陣が発動する瞬間、魔法の記憶の断片が流れてきました。因子が発現した頃の記憶だと思います。あれも愛の形なのですね......」


 セラフィーラさんがとても悲しそうな目をしていたので、深くは聞かない。


 俺たちは歩みを止める。


「私、ようやく分かりました............」

「何がですか?」

「愛についてです」


 なんと。虫とり網で愛を探し回っていたあのセラフィーラさんが。


「愛とは、不定形で、共に感じたいと願い続ける気持ち、幸福を願い続ける気持ちなのだと。私は思います」


 俺は率直に、セラフィーラさんなりの素敵な解釈だと思った。


「きっと複雑な感情が織りなす物なのでしょう。私のまだ見ぬ愛の形がたくさんあると思います」


 セラフィーラさんは笑顔で答える。


「私はもっと愛を知りたいです」


 雲が晴れ、空は青く澄んでいた。






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これにてエリスの帰還、完結です。


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次回はついに第一話の冒頭の時系列となります!


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現代に追放された女神様が、俺との同棲でデレデレになってしまった【新築・女神同棲】 杜田夕都 @shoyu53

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