第26話 女神様、ひとりでお留守番④ 1週間分のハグ
ゴミ捨て場にて、柚木とセラフィーラは挨拶を交わす。
「おはようございます!」
「あっおはようー。今日は元気ね」
「はいっ!」
セラフィーラは雲一つなく冴え渡った青い空を背景に、幸せを振りまくように元気に答えた。
「何か良いことでもあったの?」
「いえ、まだこれからです!」
「これから?」
「今日ははやとさんが出張からお帰りになるのです!」
「あーね。捻 れ ろ」
一瞬で全てを理解した柚木は、セラフィーラを恨むと同時に、艶やかで影のある未亡人モードのセラフィーラも美人だったな、と思い返すのであった。
◇
飼い主を待つ犬のように翼をパタパタと振りながら、今か今かと玄関で颯人の帰りを待つ。
仕事で出張している颯人が朝一で帰宅することはまずないだろうが、セラフィーラは正確な帰宅時間を把握しておらず「今日帰る」としか聞いていないため、0時からずっとソワソワしているのである。
今日は公園のエリスの魔法陣の張り込みは予定していない。本人が一日中見張るから問題ないとのことだ。
「はやとさんに留守だった間の出来事を、しっかりご報告しないといけませんね」
と、セラフィーラはここ数日のことを振り返ろうとするが、記憶が混濁しておりよく思い出せずにいた。特に直近、寂しさが限界を超えて頭にパンツをかぶる奇行に及んでいたことは綺麗さっぱり忘れていた。ただ、颯人の匂いを感じて心を落ち着けていたということは頭に残っており、もう自分は颯人なしでは生きられないということは自覚している。
12時を過ぎた。
「はやとさん! おかえりなさいませ!」
一度、チャイムが鳴ったため元気よく飛び出したが颯人ではなく、アパートの管理人からの点検の知らせであった。翼を見られたセラフィーラは
「コ、コスプレです!」
と言い訳をしてことなきを得たが、
(普段からそういうプレイをしているのか......)
と、颯人の名誉は傷ついた。
15時を過ぎた。
セラフィーラは鼻息を荒げて颯人を信じて待ち続ける。
18時を過ぎた。
もしかしたら事故に巻き込まれてしまったのかもしれないと、ぎゅっと胸を締め付けれた思いになる。
20時を過ぎたころ、心の底から待ち望んでいた足音が近づいてきた。
セラフィーラは息を吸うのを忘れてその音に耳を傾ける。
◇
帰り道で大渋滞が発生してしまい、想定よりも時間がかかってしまった。1週間も家を空けた上に帰りも遅いとなると、流石のセラフィーラさんでもガチギレするかもしれない。
俺は我が家のドアを開けた。
「おかえりなさいませ!」
「うおっっ」
いきなり真正面からセラフィーラさんに飛びつかれた。絞め技!?
「あっごめんなさい! 怒らせちゃいました?」
「怒ってません!」
「えっじゃあこれは?」
「1週間分のハグです!」
セラフィーラさんの透き通った黄金色の髪が顔に当たる。くすぐったい。
そうだった。愛を知りたいというセラフィーラさんと、毎日ハグをする約束をしていたのだった。愛が分からないなら、形から入ってみてはどうだと提案した結果だ。不意を突かれて失念していた。
「では、そろそろ離れてください」
色々当たってて、そのまずい。でかい。いつもより食い込んでいる気がする。
全身が爆発しそうだ。
「いやです」
「嫌!?」
えっ。あのセラフィーラさんが嫌? これまで何を言っても「承知しました!」の二つ返事だったセラフィーラさんの口から否定の言葉が!? これは天変地異だ。
「あの、まだ荷物とか下ろせてないので。セラフィーラさんの髪で前がわしゃってなって見えないですし」
「承知しました」
するりとセラフィーラさんが体を離す。
よかった。さっきのは魔が差しただけか……。
「んっ」
「へ?」
セラフィーラさんに後から包まれた。
「あのーセラフィーラ様?」
「何でしょうか?」
セラフィーラさんは俺の右肩に顔を乗せる。
「いやっ何でもないです」
そーっと腕を退けようとしたが、セラフィーラさんは俺の腰に足を絡めてがっちりホールドしてきた。
おんぶしているような体勢になってしまった。
やっぱり帰りが遅かったことを怒っているのか?
仕方ない。俺はそのままのそのそと部屋まで歩き、荷物を置いた。
セラフィーラさんが意外と軽かったためなんとかなった。
「あのそろそろ降りてもらえませんか? お風呂に入りたいです」
もう身が持たない。心臓が破裂しそうだ。
「では私も入ります」
「ダメですよ! その、色々と!」
「なぜです? 前は一緒に入ったではありませんか?」
一度死亡扱いの戸籍を復帰させるために、岐阜へ遠征した際に入った温泉のことを言っているようだ。
「あれは、まさか混浴だったって知らなかったし、その回は過激過ぎて削除済みなのでノーカンです」
「残念です……」
セラフィーラさんは俺の背中に数回顔を擦り付けて深呼吸したのち(マーキング?)、渋々離れてくれた。
それから脱衣所で服を脱ぎ、1人で風呂に入った。
外から、
「お体流しましょうか?」
と聞かれたが丁重にお断りさせていただいた。とっくに致死量は超えている。そちらにその気がなくともこちらは意識してしまうのだ。セラフィーラさんにはもっと自分の体を大切にしてほしい。
俺が風呂を出たら、脱いだ服が全てなくなっていた。既に洗濯物を仕分けてくれたのだろう。流石セラフィーラさん、豆だ。
着替えて戻ると、薄暗い部屋の中でセラフィーラさんは頬をぷくっと膨らませて礼儀正しく正座していた。
「お夕飯は食べましたか?」
「はい。車の中でコンビニ飯を食べました」
「それは良かったです」
短い沈黙。
「あの、怒ってます?」
「怒ってません」
無理やり引き剥がしたのが不味かっただろうか。
「すみません出張で一人きりにしてしまって。お詫びに何でも一つ言うことを聞きます!」
こんな子供騙しみたいな言葉で機嫌を良くしてくれるとは思わないが。
「本当ですか!? 何度でも?」
「違います。何でも、です。今できることを一回だけです」
セラフィーラさんの瞳に光が宿った。チョロいぞこの人。
「でははやとさん、こちらにいらして私のお話を聞いていただけますか?」
「そんなことで良いのであれば」
てっきり、ハーゲン○ッツとかをせがまれると思ったのだけれど。
促されるまま、セラフィーラさんに膝枕をしてもらう俺。
何何何何何!?
柔らかい。今のところ俺が得しているだけだが!?
「一度やってみたかったのです。では」
セラフィーラささんは大きい何かを取り出し、軽く咳払いをした。
「むかしむかしあるところに……」
「なんて?」
◇
どうやらセラフィーラさんはこの1週間で絵本を知り、読み聞かせをやってみたくなったのだそうだ。もうすぐ二十歳の俺にやることだろうか。という考えは、楽しそうに絵本を読むセラフィーラさんを見たら消えてしまった。
セラフィーラさんはきっと良いお母さんになれると思うが、女神は子供を作れないという。けれど、人間の俺と魂の混じったセラフィーラさんなら、いや、変な憶測はやめよう。
俺たちはいつものように布団を並べて、眠りにつく。といっても俺はこんな美人と隣で眠れるわけはないので、最近も変わらずに睡眠魔法をかけてもらっている。
睡眠魔法をお願いしようと横を見たら、セラフィーラさんが口を開いた。
「はやとさん」
「どうしました?」
「もっと、近くによっていいですか?」
「あっはい」
ごそごそとセラフィーラさんが俺の体にすりよる。
愛の勉強として、手をつないで眠ることはあったが、ここまで密着して眠るのは初めてだ。
「はやとさん、私、守護神を全うしました」
「はい。本当にありがとうございます。完璧に掃除までしていただいて。出張する前より綺麗になってますよ」
「ふふ。どういたしまして」
「この1週間どうでした?」
「たくさんの発見がありました。例えば、佐々木公園の近くのラーメンの屋台では新メニューの激辛ラーメンがあるそうです」
「へぇ。辛い物は普段あまり食べないんで気になりますね」
「では一緒に食べましょう」
「もちろん」
布団の中で手と手が触れる。
「他にもたくさんお話したいことがあるのですが、お仕事がありますものね?」
「そうですね。また明日にしましょう」
「はい。また明日、また明日です」
セラフィーラさんが俺の手を握る。布団がいつもより暖かく感じる。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺はセラフィーラさんの睡眠魔法で眠りに落ちた。
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お留守番終わりです!
本編の毎日投稿は一旦ストップします。登場人物も増えてきたので、次回は登場人物紹介になると思います。
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