第25話 女神様、ひとりでお留守番③ 寂しすぎて壊れる
私とイーニはセラフィーラ様のアパートへやってきた。
水谷颯人が不在でお一人とのことなので心配だったのと、半年後の天随大使の認可が却下された場合はもう二度とお会いすることができなくなるので、今のうちに会っておきたかったから。
ピンポーン。とチャイムを鳴らす。
「セラフィーラ様〜? いらっしゃいますか〜?」
無音。公園で張り込みでもしているのかしら。
もう一度押す。やっぱり無音。
「やはりベランダから」
「ベランダはダメってセラフィーラ様に教わったでしょ! イーニはもっと下界の目を気にしって、あれ?」
鍵がかかっていない。
ガチャッ。
私は恐る恐る扉を開くと、薄暗い部屋の中にセラフィーラ様がいらっしゃった。
驚愕した。セラフィーラ様が床に座り意気消沈したご様子で、ぼーーっと明後日の方向を見つめていたから。
「セラフィーラ様? 大丈夫ですか?」
私はおっかなびっくり声をかけた。
「あら…………。リリムとイーニ……ではありませんか……。今日はどうされたのですか?」
いつもの明るいセラフィーラ様とは打って変わって、脱力した声色だった。
「えっと、セラフィーラ様がお一人とのことだったので、ご様子を見に」
「ご苦労様です……今お茶を入れますね」
セラフィーラ様は立ち上がり、ゴーレムのように無機質な動作で湯を作り、お茶を注ぐ。
「つかぬことをお伺いしますがセラフィーラ様、頭のそれは何ですか?」
私も先ほどから気になっていたことをイーニが問う。
セラフィーラ様は頭に布を被っている。ターバンと呼ばれる物?
セラフィーラ様は頭の布をさすりながら答える。
「あぁ……こちらですか? はやとさんのパンツです」
「「パンツ???」」
私たちは目が点になった。
「生殖器を隠すための布を?」
「イーニ、下品よ。もっとオブラートに包んだ表現は出来ないの?」
「なぜ包む必要があるの?」
「それは……えっと、なんとなく。あれ?」
たしかに、なぜ、下品、不快という感想を抱いたんだろう。新神教育でそう教わったから? けれど私たちは下界の生き物とは異なる存在な訳で、そう言った物に一々何かを感じるのはなぜ?
「ってそうじゃなくて! なぜセラフィーラ様はパンツを?」
「これをつけると……落ち着くのです……。健康療法です」
セラフィーラ様は影のある表情で軽く微笑む。
「そんな健康療法あるわけないわ! 下界に毒されセラフィーラ様が一線をこえてしまわれた!」
「ご安心ください……洗濯済みです」
「そういう問題じゃないわよ!」
「いえ、2077番、私たちの勉強不足よ。下界にはそういう文化があるんだわ」
こんな時でもイーニは冷静を貫こうとする。
「騙されちゃダメよ! セラフィーラ様どうしてしまわれたのですか!」
「ぽえーー」
「あぁぁぁ! セラフィーラ様がまた虚空を見つめてる! 壊れちゃった!」
私は頭を抱える。下界に長期滞在すると頭がおかしくなってしまうみたいだ。確かにこれでも【条件1:未知の情報を手に入れること】は達成したと言えるかもしれないけれど、肝心のセラフィーラ様を失っては元も子もない。
「まずは落ち着きましょう。2077番」
そう言ってイーニは颯爽とセラフィーラ様の懐に潜り込み、膝枕の姿勢になった。
「セラフィーラ様を独占するチャンスよ」
「ちょっ、失礼でしょ!」
「失礼でしょうか?」
イーニは上目遣いでセラフィーラ様へ問う。
「…………」
セラフィーラ様は何も言わない。それどころか、虚ろな目でイーニの頭を撫で始めた。
「むふふ」
イーニは満足げな顔をしている。
「ほら、2077番もこっちにきたら?」
「ぐぬぬ……」
そろそろセラフィーラ様非公式ファンクラブの会員番号で私を呼ぶのをやめてくれないかしら。
セラフィーラ様の不調につけこんで私利私欲を満たすなんて……。そんなの、そんなの。
「どう?」
「安らぐわ」
気がついた時にはセラフィーラ様の膝の上に頭を置いて横たわっていた。
あっ、セラフィーラ様の手、温かい。私のことも撫でてくださった。幸せ。
「セラフィーラ様は本当に壊れてしまったの? よく見なさい」
「美しいお顔。お肌綺麗」
「違うわ。部屋を見てみなさい」
私は部屋を見渡す。
部屋にゴミやほこりはない。
整頓された一般的な人間の部屋、のように見える。
「何もおかしくないわ」
「そう、何もおかしくない。これだけ憔悴されていても、部屋は綺麗に保っている。つまりまだ手遅れではないわ。セラフィーラ様は帰ってくる」
「なるほど。って何その言い回し」
イーニは冷静に状況を分析して希望を見出した。セラフィーラ様はまだ手遅れじゃない。
中々やるわね。
セラフィーラ様の翼が私たちを優しく包み込む。柔らかい。
イーニは考察を続ける。
「きっと、何かがセラフィーラ様の気力を繋ぎ止めているのね。それが分かればセラフィーラ様を救うことに繋がるわ」
「そうは言っても……」
何かないか。私たちは膝枕の体勢のまま、辺りを見渡す。
食器。机。布団。衣類。パーカー。ん、婦人警官の服。いや、あれは絶対関係ない。
ふと、暦、カレンダーが目に入った。カレンダーの明日の日付に印が付けられていた。
私は疑問を口にする。
「セラフィーラ様、あの印は何でしょうか?」
そう言えばこの前の訪問の時に、水谷颯人は出張とやらの間の「お留守番」と言っていた。留守番とは住民が居ない間、家を管理する役割を負った者のこと。まさかその言いつけを守って?
「あれは……」
セラフィーラ様が口を開く。
「はやとさんが......」
セラフィーラ様が何かに気づいたかのように、大きく目を見開く。
「はやとさんが……お帰りになる日です!!」
「う゛うぇっ」
突然、セラフィーラ様の翼に私たちは顔をはたかれた。翼がぴくぴくと稼働を始めたのだ。
「この日を待ち望んでいました!」
「お゛っ」
セラフィーラ様が突然立ち上がったため、私たちは床に頭を強くぶつけた。
ぱさりとパンツも落ちた。
「いつものセラフィーラ様に戻ったみたいね」
私たちは白目を剥きながら安堵した。
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ここ数日、落ち込んだ表情でゴミ捨てをする姿を見た近隣住民により、超絶美人の未亡人がいるとの噂が広まったとか、いないとか。
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