第28話「終わらない!あやかし達の人生」
ゆるやかな時間が流れるお昼時。
界達の長い夏休みが終わろうとしていた。
「今日で最後の夏休みや〜〜!!いややぁ〜〜〜!!!」
「騒がしいぞ貴様」
じたばたとフローリングで暴れ回る界に、篝丸が鋭くツッコミを入れる。
界はがばっと起き上がると、手で数字を数えながらぶつぶつと呟いた。
「スイカは食べたしプールは行ったし、花火もしたし海にも行ったしバーベキューもしたし、あと他になんかすることはあぁ!!」
「宿題だけだお」
にっこりと言う海舟の一言が界に突き刺さり、界はその場に倒れ込む。
「か、海舟...それ禁句や.....」
「なにしてるんですかあ〜?界さんっ」
と、洗顔終わりにフェイスタオルで顔を拭く初がやって来た。
「初ぃ〜!兄ちゃんな、宿題終わってへんのや...ちょっと手伝ってくれへん?うまいお菓子買うたるから」
「高校一年生近くの年の子に手伝わそうとするでない!!戯け者が!!」
界の駄目駄目な発言に、篝丸が怒号を浴びせる。
「しゅくだい?そんな難しそうなものがあるんだあ...人間界って楽しいけど大変ですねえ〜...」
初が相変わらずふわふわとした喋り方で言い、人差し指を唇に当てる。
初達が完人薬を飲んでから、もう10日以上経過した。完全な人間の姿を手に入れられたが、未だに人間界の生活には慣れていない模様。
「はぁ〜、でも最後の夏休みって憂鬱だお...。何か楽しいことしたいお〜」
海舟がソファで素足をぱたぱたさせながら独りごちる。近くの界が、目をキランと輝かせてサムズアップした。
「ほな、もう一回スイカ食べてプール行って花火して海いこか?」
「よせしつこいぞ貴様」
盛大にボケまくる界に、篝丸がまたも鋭いツッコミを入れる。
すると。
ピンポーン。と、界達の家のインターホンが鳴る。
「ん?誰やろ?ほいほ〜い」
呑気な足取りで玄関まで駆けて行き、ドアを開ける。
そこには。
「ご機嫌よう、九尾君。急用だ、今すぐワタシ達と一緒に来てくれるかい」
「こんにちは。ちょっと遊びに誘いに来たよ」
「よぉ、界さん!元気か?」
なんと善ノ介、知与、千がいたのだった。何やら夏の装いで色々な物を持っている。
「急用...?遊び...?何のことや?」
「全く、感が鈍いなキミは」
ぽかんとしている界に、善ノ介は溜息をついて携帯を見せた。それからすう、と息を吸うと一息で捲し立てた。
「今から三傘君と白縫君と一緒に海へ行くんだよ。ついでに九尾君達も誘えと言われたから、このワタシ達がこうして迎えに来たんだがね。状況は理解出来たかい?出来たなら青途さん達にも伝えておいてくれたまえ。さあ早く着替えて、遅刻する前に行くぞ」
その言葉と状況をやっと理解した界は、途端に明るい笑顔になって善ノ介にぴょんと抱きついた。
「やった〜〜!!夏休み最後!!みんなと一緒に遊べるで〜!!ありがとな善ノ介〜!!」
「こら、ワタシの綺麗な髪の毛が乱れてしまうだろう。早く離れて準備してくれるかい」
騒がしい界と善ノ介を、知与は微笑ましく見ていた。その横で千が、仲が良さそうな二人を羨ましそうに眺めていたのだった。
一方。
「.........」
焦り顔の鴉間が、電柱からひょこっと顔を出して私方の家を覗いた。
すると。
「ちょっと鴉間先生ったら!いつまで隠れてるのよ、早くピンポン押して会いに行きましょ」
鴉間の上から、潤ヶ原がひょこっと顔を出して小声で言う。
そして。
「最年長なんだからきっちりしてほしいのである...」
と、今度は鴉間の下から、千名井がひょこっと顔を出して小声で言う。
「全く君達はだな.....」
鴉間はそう言って電柱の陰から出てきて、中腰の姿勢で痛めた腰を摩りながら言った。
「怖くないのか?前に会いに行った時、私達はあの乱暴な少女に蹴られたんだぞ...!?」
鴉間は恐怖に怯えた顔のまま、二人に迫る。
が。
「私方先生の現状が気になるじゃない、小心者のオジサンね」
「勇先生の言う通りである」
「うっっ.........」
二人の辛辣な反応に、鴉間はショックでへなへなと崩れ落ちる。
しかし、すぐに立ち上がると意気込んだ顔で拳を握った。
「二人の言う通りだ。私方先生の現状を突き詰めに行こう...!」
そう言って三人は私方の家の前に立ち、インターホンを鳴らした。
応答は無く無言だったが、少しするとガチャッとドアが開いた。
「私方先生っ...!んな...!!?」
「...あれ、鴉間先生。潤ヶ原先生に遊先生まで」
鴉間は、目をかっ開いて驚愕した。
私方の服ははだけていて、腹部は捲れて逞しい体と素肌が露わになっている。髪の毛も乱れていて、マスクも鼻辺りまで隠れていない。
「キャーーーーッ!!エッチーー!!見ちゃダメよ遊ちゃーーーんッ!!」
「ぅぶぁ」
潤ヶ原が顔を赤くして大興奮しながら叫び、素早く大きな手で千名井の目元を覆った。
それから顔を私方に近付け、興奮気味に早口で捲し立てた。
「ちょっと、何してたのよ私方先生!こんな時間に、アタシ達が訪ねてくるまで!ハッ...まさか変な事してたんじゃないでしょうね.....!?」
「ん.......ついさっき起きたばっかりでね。僕、朝に弱くて」
私方が捲れたTシャツとマスクを直しながら、ゆったりと話す。
「なぁ〜〜によ、期待して損したわ。ごめんなさいね遊ちゃん」
「はぁっ、視界が明るい」
予想外の答えに潤ヶ原はどこかがっかりした様子で、千名井の顔から手を離した。千名井は水面から上がったように息をして、目をぱちくりさせた。
「そ、その...私方先生、前にいた少女は...。今も、いるの...か...?」
「(うわ〜〜めちゃくちゃビビってるわねこのオジサン)」
鴉間は彼らしくもなくおどおどした様子で聞く。潤ヶ原は冷めた目で鴉間を見ていた。私方はその問いに、何事も無いかのように答えた。
「あぁ、いますよ。...おいで、蜜」
そう言って、部屋の中へ呼びかけた。
すると、すぐに蜜が駆けて来た。
「蜜、この前の人達。僕と同じ先生達だよ。ほら、こんにちはってして」
鴉間は身構えた。また蹴ってきたらどうしよう、不安が倍増して汗が垂れてくる。
だが。
「..........こんにちは」
蜜はむすっとした顔で、渋々三人に挨拶をした。前回とはあまりに違う対応に、三人は驚いた。
「あらっ可愛いじゃな〜い!こんにちは!ご挨拶出来て偉い子ね♡」
潤ヶ原がうっとりとした様子で両手を組む。蜜は居心地が悪そうに私方にしがみつき、目を背ける。
「(この子も私方せんせーが好きなのであるな...何だか悔しいのである......)」
千名井は心の中で小さく呟いて、悔しさにぶかぶかの袖をきゅっと握る。
「お、驚いたな...前とは、全く違うじゃないか...」
鴉間は感嘆しながら、眼鏡をくいっと上げた。
「教育してあげないとと思ったんですよ。ずっと一緒にいるからにはね」
「ずっと、一緒に...?」
鴉間が聞き返す。私方は蜜を見てゆったりと語る。
「蜜の...この子の面倒を見ようと思って。一緒にいたいって言ってくれたんですよ、何回も何回も。この子は僕を必要としてくれてる。こんな僕でもいいなら、僕がずっといる相手でもいいなら、一緒にいてあげたいって思ったから」
私方のこんな一面は初めて見た。三人とも、驚きで言葉を失った。暫く、静かな時間が流れた。
と。
「な〜〜んてステキなのかしら!!アタシ感動しちゃったわ!!私方先生ってステキな心を持ってるのね!!」
潤ヶ原が大声で言い、パチパチと手を鳴らした。鴉間と千名井も、柔らかな表情でこくこくと頷いている。
「さっきは変な妄想しちゃってごめんなさいね、アタシの脳内が少しお馬鹿さんだったんだわ!」
「いや、全然だよ。ところで...」
私方が、少し気まずそうに尋ねる。
「鴉間先生はどこに行ったのかな。いつの間にいなくなってるけど」
「え?」
その言葉に、潤ヶ原と千名井の表情が一瞬にして固まった。
鴉間先生がいなくなってる?
二人が後ろを振り向くと、先程までいた鴉間が姿を消していた。
「ち......ちょっと鴉間先生ーーーッ!!!ビビってないで戻って来なさーーーいッ!!!」
潤ヶ原は、鴉間がまだ蜜に怯えている事を察知した。そして千名井をひょいと抱えて私方の家を後にした。
潤ヶ原の通りの良い声は、住宅街をどこまでも遠く響いてこだましていた。
日は傾いて。
その日の夜。
「...それで。あのおかっぱ少年といた白髪の男が、お前の想い人だった訳か」
月代の家の2階のバルコニーから外を見て、月唯は腕を組みながら呟いた。隣の月代はその呟きに、くすりと微笑しながら答えた。
「ええ。もう想いはなくなりましたが、素敵な方でしたよ。篝丸さんは」
「フン、失恋か」
にこやかに言う月代の答えに、月唯は冷たく吐き捨てる。月代は冷たくされても笑ったままだ。
「ところで...兄さんもいかがですか?完人薬。皆さん飲みましたし、丁度良いので兄さんも...」
「いらぬ」
月代が懐から薬瓶を出してチャリチャリと振ると、月唯はまるで興味を示さぬようにそっぽを向く。
「本当に、ですか?」
月代はぽん、と音を立てて薬瓶を開けた。それから意志を確かめるように月唯の顔を覗き込むと、月唯は目を逸らした。瞳に、うっすらと焦りの感情が見えた。
「いらぬ。人間になどならずとも.....、っ」
そう言う月唯の唇に、突如月代の手が伸びた。
「おい...待て、貴様っ......んっ.....」
月代は指に一粒の錠剤を挟み、月唯の柔らかな唇に強引に押し込んだ。月唯の喉は、自然にすんなりとその錠剤を受け入れた。
月唯は焦った様子で、月代を押し返した。それからバルコニーの柵にもたれかかって、口を押さえて咳をこんだ。
「ゲホッ、ケホ...ッ...」
「フフフ、飲み込んだという事はやはりなりたかったんですね?人間に。それにしても、薬を飲むのが苦手なのは相変わらず...」
月代は笑いながら、ゆっくりと月唯に近付いた。そして再び手を伸ばして、口を押さえる月唯の手を取って諭すように下へと下ろした。
「おめでとうございます。これで兄さんも人間になれましたよ、私と同じ。黄泉の世界にいた時と違い、ずっと一緒にいられますね」
月代は月唯に顔を近付け、その前髪にさらりと触れて微笑む。艶やかな髪は、滑らかにその手を滑った。
「良かったですね。私の大好きな兄さん」
そして月唯の唇を細い指で撫でて、憂いを帯びた彼の目をじっと見つめる。
月代のその瞳は、月唯を吸い込みそうだった。どこか恍惚とした、月唯を愛しく思うような、そんな瞳だった。
「.....全く........お前は昔から変わった奴だ、月代」
月唯は溜息をついて、眼前の月代を見つめる。
「.....誰よりも私を見ていて、誰よりも私を好いている。......そこが嫌いではない」
それからゆっくりと手を伸ばし、月代の真似をするように彼の前髪にさらりと触れた。
どこか愛おしそうに。
月代はその言動に、艶やかな伏し目で笑った。そして、月唯の唇に置いた指をそのままに、ずっと彼を見つめていた。
夜の風がゆったりと吹く外。煌びやかに輝く町の明かりが、二人だけを包んだ。
静かな夜だった。
一方、界達の家では。
「は〜!今日の海楽しかったなぁ、初」
「はいっ!お水ぱしゃぱしゃできて楽しかったですっ...!」
界の部屋。二人は同じベッドで横になって、今日の出来事を話していた。海へ行って、水遊びして、帰りにアイスクリームを食べて、笑って。最後の夏休み、充実した一日だった。幸せだった、と界は思った。
「あ〜あ、明日からまた学校やぁ...。嫌やなぁ、勉強疲れるわ...」
界が、頭の後ろに手を組みながら何気なく呟く。大学の講義は高校と違って難しいし、時間が長いし、色々と疲れてしまう。
一生遊んで暮らしていたい。
そう思いながらゆっくり目を閉じた。
すると。
「がっこう...学校って、どんな感じですかあ...?」
隣の初が、まん丸な瞳でじっと界を見つめて言った。
「.....へ?」
「ぼく、興味ありますっ...」
界は、目をぱちくりとさせた。
その日の夜は、長かった。
何日か経過し、8月中旬になった。
潮風が心地良く吹く、爽やかな海沿いの学校、来導高等学校。
朝のホームルームを始めるチャイムが、外にも軽快に響いている。
「1年3組」と書かれた、1年生の教室。
クラスの中はざわざわと騒がしく、沢山の生徒が席についてあれやこれやと話している。
と。ガラガラと教室のドアが開き、教師
が入って来る。
「はいはい、静かにしてね...」
チャリ、とピアスを揺らしながら、担任の私方が生徒達を優しく静める。生徒達はまだ少しざわざわとしていたが、その後すぐ静かになった。
「転校生を紹介するよ。...じゃ、入っておいで」
私方がそう言うと、再び教室のドアが開いて複数の生徒が入って来る。
複数の生徒は、軽い足取りで教室に入ると私方の隣に並んだ。
「明々原 初くん、河流 千くん、鞠尾 蜜さんの三人です」
私方からの紹介の後、初から順番に自己紹介を始めた。
「は、はじめましてえっ。ぼく、初っていいます...。みんな、なかよくしてねえ〜」
「千だ。とにかくモテたい。よろしく頼むぜ」
「蜜でぇ〜す。知らない男には興味ないから。よろしく〜」
個性派揃いの三人に、教室中はざわめき歓声が上がった。
「なにあのオレンジ色の髪の子!ふわふわしててかわいい〜!」
「河流くん...だっけ?顔は良いよね...モテたいって言うのはアレだけど」
「あのピンクの子、めっちゃ可愛いけど男に興味ないってよ...ショックだぜマジで...」
ざわめく教室の中、蜜が不機嫌な様子で千の体を強く押す。
「ちょっと、なんで蜜が私方の隣じゃないの?場所代わんなさいよ」
突然押された千は、苛立った様子で声を荒げる。
「知らねえってそんなん!一番隣にいる初に聞けよ!」
蜜と千がいがみ合いながら互いを見つめる。見つめ合った目から、今にも火花が散りそうだった。
そんな中。
「ふへへ、なんか嬉しいなあ...。みんなあ、よろしくねえ〜」
初が、ふにゃりとした笑顔でふりふりと両手を振る。その柔らかで屈託のない笑顔は、教室中の生徒を釘付けにした。
「きゃ〜〜っかわいい〜〜!!」
途端、教室中に女子達の黄色い声が上がる。
千と蜜は、ぽかんとした呆れ顔で初を見つめていた。
初達の人間ライフが、いや。
あやかし人生が、幕を開けた。
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