第27話「選択、三兄弟の行く末」

窮地に陥っていた界達。

その前に現れたのは。

「つ、つ、月代ッ!?何故ここに...!?」

篝丸が、たじろぎながら問いかける。

そう。なんと月代が、この窮地に助けに来たのだった。

月代はそんな焦る篝丸を見てくすりと微笑し、真っ黒な目を細めながら答えた。

「貴方のおかげで私も決心がつきました、ありがとうございます」

「ヌゥ...?ど、どういう事だ.....?」

月代の意味深な答えに、篝丸はきょとんとする。篝丸が再度問いかけようとしたが、月代はふわりとかわして月唯を見た。

「お話をしている場合ではありませんね。まずはこの状況をどうにかしないと...」

それから月代は近くの界をみて、ニコッと微笑んだ。

「界さん、こうなっては仕方ありません。"あれ"をしましょう」

「"あれ"?あれ、って......はは〜ん」

月代の言葉に、涙が滲んでいた界は戸惑った。だがすぐにピンと来たようで、涙を腕で拭ってにやりと笑った。

「にひひっ。なかなかやるやん、薬屋さん?」

「フフ、どうもありがとうございます」

そう言って二人は、月唯の前で両手を合わせた。

「な、何をする気だ......?」

月唯はきょとんとしながら問いかける。しかし、誰も答えてはくれない。

「今やで!みんな構えるんや!!」

界の明るい声で、ザッと人影が集まる。

「は〜い!主様の頼みならっ!」

「ヌゥ....仕方あるまい」

「という事は...僕もやるんだね」

海舟、篝丸、私方がやって来て、月唯を囲んで両手を合わせる。

「おまえもやで〜!善ノ介ぇ!!」

「分かっているさ」

界が叫ぶと、どこからか高く善ノ介が飛んで来た。美しく着地をすると、界の隣に来て両手を合わせた。

「なっ、何......!?」

何をする気か、と言うように月唯が呻く。

月代、界、海舟、篝丸、善ノ介、私方はそっと目を閉じ、一斉に唱えた。

「汝、其の心を革めよ。過ちを認め、悪しき情を棄て給へ。然すれば数多の幸が待っていよう...」

「ま、待て.....っ、それは.....!」

唱えられる言葉に、月唯は察したようにじたばたともがき出す。しかし月代の糸は頑丈で、いくら動いても解けない。

全員はカッと目を見開いて、そしてパンッと手を叩き叫ぶ。

「悪妖滅消ッ!!!」

すると。

月唯は、色とりどりの炎に身を包まれた。藤色、桃色、水色。赤色、橙色、黒色の炎に包まれ、ごうごうと音を立てて燃えている。全員は、真剣で晴れやかな眼差しでその炎を見ていた。

その炎はやがて小さくなり消えて、そこには元の姿に戻った月唯が地面に倒れていた。

「ぐっ...私は.....一体、何を........」

「気がつきましたか、兄さん」

「兄さん!!?」

月代の言葉に、界が大声で驚く。

「月代っおまえほんまにか!?弟やったん!?え、ということは土蜘蛛様の弟やから......」

「ええ、私も土蜘蛛です」

界の思考ののち、月代が笑って答える。

界は暫く呆然として、それから深々とお辞儀をした。

「呼び捨てにしてすんまへんでした、土蜘蛛様」

「いえ、良いんです。お好きにお呼び下さい」

月代は界の様子に笑って、それから月唯に向かい合った。

「兄さんは悪い妖怪になってしまっていたんですよ、貴方の子ども三人にも酷い事をしていました」

「子供.......初達.....」

月唯がはっとして、体を起こした。

すると。

「みんな大丈夫だった?初くん達は無事だよ」

物陰に隠れて安静にしていた知与は、初達三人を連れて近付いて来た。

「知与さん。良かった、無事で」

「善ノ介くんこそ。よかったよ本当に...」

互いの無事に安堵し、手を握って見つめ合う二人。その横で、月唯が初達三人を見ていた。

「お前達........」

月唯は、やるせない気持ちになった。子供達に酷い事をしてしまった。取り返しのつかない事だ。どうしたら良い。

「.....お前達、すま___」

「よかったあ、ぱぱが生きてて」

初が、月唯に近付いてその頭を撫でた。

「父ちゃん、どうなったかと思ったぜ」

「ふん、変な心配させないでよ。おとうさん」

と、千や蜜も近付いてきた。「父」と呼ばれる感覚。月唯の胸が、じわりと温かくなった。たまらず手を伸ばし、その一人一人の頭を優しく撫でた。それから涙の滲んだ目で、三人を見つめた。

「すまなかった、お前達」

三人は笑った。あどけない笑みで。

「.....それから、そこのおかっぱの少年」

「おん?」

月唯は界の方を向いて、軽く手招きをした。界はてくてくと歩み寄り、月唯の前でしゃがみ込んだ。

「みなで私を助けてくれた事、感謝する。私の子供達はみな、妖怪であるお前達の妖力に引き寄せられて人間界へ落ちたのだと思う。それを今ふと思い出した。それから...」

月唯はゆっくりと瞬きをして、小さく呟く。

「お前が言った...親というものの話。よく分かった気がする。私が間違っていた、すまなかったな...そして」

自信無さげに目線を下にしながら言う月唯。しかし、言い終えて黒い瞳を真っ直ぐ界に向けて言った。

「ありがとう」

その言葉に、界は何だか嬉しくなった。界はくすぐったそうな笑みで、にひひと笑って答えた。

「ええで!わいこそ言いすぎてすんまへんでしたっ土蜘蛛様!」

そんな界を見て、月唯は柔らかな表情になった。

と。

「そういや、初達はこれからどうするんや〜?あっちの世界帰るんか?」

ふと疑問に思った界は、初達の方を見て呼びかける。

初は、何やらもじもじとして何かを躊躇っているような様子だった。

「ぼくは.....ぱぱがいいよって言ってくれるなら、ここにいたいかなあ...界さんたちと、もっと一緒にいたいし...人間界のこと、もっと知りたいし...」

対して千と蜜は、きっぱりとした様子。

「俺はここにいるぜ。人間界には可愛い子が沢山いる。新しい出会いをここで見つけたい」

「蜜もここにいる。私方とず〜っと一緒にいたいからっ」

理由は違えど、三兄弟揃って意見は一緒だ。

「だ、だってさ。だめ、かなあ...?ぱぱ...」

初がたじたじな様子で月唯に聞く。月唯は真顔だったが、どこか柔らかな声色で言った。

「お前達の好きにすると良い、私は止めぬぞ。...幸せに暮らせ」

その言葉に、三人は喜んだ。

「やったあ〜!またよろしくお願いしますっ、界さんたちっ...!!」

「ああ!わいらももう家族みたいなもんや!これからもよろしゅうな〜!」

初はぴょんぴょん飛び跳ねながら、界に抱きついた。界はそんな初を抱き締めながら、嬉しそうに笑った。

「善ノ介さん、それから知与。もう一度世話になるぜ!新しい恋を見つけて、二人みたくなるために!」

千は心機一転したように、もう知与にべたべたではなくなった。「二人みたく」という予想外の言葉に、善ノ介と知与は顔を見合わせた。

「.....良いだろう。またもう一度、どうぞよろしく、千君」

「うん、あたし達も頑張るね。よろしく」

二人に手を差し伸べられて、千はぱあっと笑顔になりその手を握る。

「私方、蜜がこっちに残るのいや?」

少し離れた場所で、蜜が私方の大きな手を握りながら呟く。

「どうして?」

「私方、蜜がいていやじゃないかなぁって...蜜わがままだから、また迷惑かけちゃうかもしれないけど」

蜜は自信無さげに俯いた。しかしすぐに顔を上げて、真剣な表情で言った。

「でも私方が大好きって気持ちはほんとだから!ずっと一緒にいたい。誰よりも好き、ずっと好き。私方は蜜のもの、蜜は私方のものだから。ねぇ、だから信じて___」

「全部知ってるよ」

不意に、私方がしゃがんで目線を合わせ、その頭に優しく触れた。それから大切にいたわるように、ゆっくりと撫でた。

と。

蜜は手を伸ばして私方のマスクをずらし、その唇に小さな唇を強引に押し当てた。

触れる時間、5秒間。柔らかい感触。

ちゅう、と音を立てて唇を離すと蕩けたような目で見つめ、蜜はいつものような意地の悪い笑顔で笑った。

「あっは♪蜜から私方のはじめて奪っちゃったぁ♪」

「......ふ。はは」

呆気に取られた私方は、マスクを直して細い目でくすりと笑った。

「そうと来れば、完人薬を飲まなあかんなぁ!」

「そんな時のために、私が来たんです」

界の隣に、ひょこっと月代が現れた。

「こちら、完人薬となります。完全な人間になれますが妖怪としての特性は残り、一瞬だけ妖怪の姿にも戻れます。こんな事もあろうかと、沢山持っているんです」

「待て待て待たぬかッ!!」

懐からたんまり入った薬瓶を取り出してニコニコと笑う月代。そんな月代に、篝丸が物凄い勢いで止めに入る。何か言いたげだ。

「今思い出したが、さっき言っていた「決心がついた」とはどういう意味だ...ま、まさか......」

汗をだらだらと流しながら問いかける篝丸。何か思う事があるのか、物凄く焦っている。

「ええ。私も完人薬を飲んで人間になりました」

微笑しながら答える月代。

篝丸はカチコチに固まった。それから両目を覆って大声で嘆いた。

「やっぱりそうだったのかーーーーッ!!!ああぁあの頃の記憶がようやく消えかけていた所だったのにいぃッ!!恥ずかしいッ!!」

「...何がそないに嫌なんや...なんやあの頃て.....」

嘆きに嘆く篝丸を横目に見て、界は溜息をつく。

「あれっ?そういや初たちってなんの妖怪なん?土蜘蛛様の子やから、やっぱり蜘蛛か?」

ふと疑問に思った事を、界は問いかける。土蜘蛛姿の初を想像して、何だかうきうき気分。

が。

「ううんっ、ぼくは座敷童子ですっ。ままが三人いるから、おにいちゃんは河童、蜜ちゃんは猫又なんですっ」

「.....全部お母さんの方に遺伝子偏っとんのや...」

初はにっこりと笑う。その思いがけない答えに、界はしょんぼりとした。

一騒動あったこの夜明け。様々な物語があり、何とも感慨深いものとなった。

空は、いつの間にか清々しい水色に変わっていた。

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