第10話「ドキドキ!篝丸と海舟の初デート」
夜。空が暗くなり、数多の星が瞬いている。
海舟が入浴中の時、篝丸はテレビを見て何やら唸っていた。
「ヌウゥ..........」
「どうしたんだ?篝丸」
側で見ていた勇斗が声をかける。すると篝丸は神妙な様子で問いかけた。
「"でーと"とは何だ.....?さっきからてれびで映っておるのだが...」
篝丸から出た予想外の言葉に、勇斗は目を丸くする。
「デート...?あぁ、好きな人と一緒にどこか出かけたり遊んだりすることだよ」
「なぬ!?そうなのか!?」
その言葉の意味に驚き、顔を赤くしながら呟く。
「想い人と出かける事、か.......想い人.....」
「もしかして、好きな人がいるのか?」
と、篝丸の様子を察した勇斗が首を傾げる。
途端、篝丸の顔がぶわっと赤くなる。
「なッ!?そ、それはだな、その...!あの...!!」
「海舟が好きなんやで、篝丸は」
にひひ、と笑いながらやって来る界。
突然自分の好きな人を暴露され、篝丸は激昂する。
「界!貴様ッ!!」
「へー、いいじゃん。お似合いだよ」
勇斗が微笑ましい表情で篝丸を見る。と、界に顔を向けて言う。
「篝丸、デートが気になるらしいんだよ。テレビでやってて興味が出たらしい」
「ほ〜ん?ロマンチックなやつやなぁ」
興味ありげに言って、界は手をぽんと叩く。
「ほなら、篝丸も海舟とデート行けばええやん!」
「なぬッ!?」
篝丸のデート計画が今、始動した。
翌日。
「か、海舟....」
「な〜に?どうしたんだお?」
朝食を食べている海舟に篝丸が声をかける。朝から顔が真っ赤だ。
海舟はにっこり笑ってそんな篝丸を見つめている。
「き...きょ、きょっ...」
「きょ?」
「今日、二人で出かけぬか...ッ!」
突然の発言に、海舟は目を丸くする。
そしてぱあっと笑顔が弾け、大きく頷いた。
「おでかけ...!いいお!行くお〜!」
両手を上げて喜ぶ海舟を、篝丸は安心しきった顔で見つめる。
まずデートの誘いは成功。
篝丸と海舟のデートが、いよいよ始まる。
二人で駅に行き、地下鉄に乗る。
休日なので、人が多く乗って混み合っている。
人の波に揉まれそうになりながら、篝丸は壁に両腕をついて海舟をガードする。
「くッ、苦しくないか、海舟...」
篝丸が、人に押し寄せられながら苦しげに言う。海舟は篝丸を見上げ、にっこりと笑った。
「うん、平気だお!」
篝丸が、ほっとした顔でゆるく微笑む。
良かった。自分が海舟を守る事が出来て。
と。
「わあっ!」
電車の急速なカーブで、海舟が思わず篝丸に寄りかかる。
それが事の発端だった。
むにゅっとした柔らかな感覚。
なんと、海舟の胸が篝丸の胸に密着していたのだった。
「ごめんお、篝丸...痛くなかったお?」
海舟が体をくっつけたまま、上目遣いに見つめる。
柔らかい感触、上目遣いに見られる視線。
篝丸の心拍数が急激に上がる。汗がだらだらと溢れ、顔も真っ赤になる。
篝丸の心の中のやかんが、ピーッと音を立てて沸騰していた。
「...........!!!」
篝丸の心が、限界を迎えた。
「篝丸っ。大丈夫かお?篝丸っ」
目的地に着き、篝丸は地面に座り込んで激しく息をする。
あれから篝丸は、電車の中で鼻血を吹き出したのだった。
篝丸は海舟からもらったティッシュで鼻を押さえ、俯いたまま言う。
「す.....すまぬ......」
「んーん、いいんだお。行くお!」
謝る篝丸に海舟が笑顔で首を振る。そして、漸く鼻血が止まった篝丸の腕を引っ張って駆け出していく。
篝丸達が来たのは、都会の街だった。
見慣れない建物や店が沢山並んでいる。その街並みはキラキラと輝いて、まるで別世界に訪れたようだった。
「あっ!篝丸!海舟あそこ行きたいお〜!」
と、海舟が明るい声を上げて店を指差す。
指の先にあったのは、色鮮やかな外見のアパレルショップだった。
店内に入ると、大きな音で音楽が流れている。
香水の香り。店員の甲高い声。
「ここは.....服屋、か.....?」
慣れない篝丸が、目をぱちぱちとさせながら立ち止まる。黄泉の世界にも、これ程まで賑やかな店は全くなかった。
「篝丸〜!見るんだお!」
近くで海舟の呼ぶ声が聞こえる。慌てて駆け寄ると、海舟が二つの服を手に持っていた。
「この服とこっちの服、とってもかわいいお!ねえ篝丸、海舟にはどっちが似合うお?」
そう言って海舟は首を傾げる。
篝丸が、頬を赤くして呻いた。
「ぬ......ヌゥ........」
腕を組み、海舟と二つの服を見比べる。
軽い印象を与える白色のポロシャツも良いが、少し大人なオフショルダーの薄い青緑色の服も捨て難い。正直どちらも似合う。どうしたものか。
「.....こっちの服が、我は似合うと思うぞ.....」
篝丸が青緑色の服を指差した。似合うと言うよりも、自分が着てほしいと思った方にした。
「ほんと〜?じゃあ試着してみるお!」
そう言って海舟は白色の服を戻し、青緑色の服を持って試着室に入った。
暫くして、海舟が試着室から出て来た。
「おお.......!」
篝丸が声を上げ、顔が赤くなる。
両肩が開いた少し大人びた服は、可憐な海舟を美しく色っぽく染め上げた。
「えへへ、どうだお?」
体を傾けながらにこやかに問いかける海舟。
「に、似合っておるぞ.....」
そんな海舟を見て、篝丸は口元を覆いながら恥ずかしそうに言う。
「やった〜!じゃあこれ買うお!.....あ!」
その言葉に嬉しそうに飛び跳ねる海舟。と、不意に篝丸の手をぎゅっと握った。
「な、えッ.....!?」
「海舟も篝丸にお洋服選んであげるお!」
そう言って海舟は、篝丸の手を引いて店の奥へと進んだ。
男性物の服がずらりと並ぶ。海舟は持っていた黒のタンクトップを篝丸に当てながら微笑んで言う。
「篝丸は〜筋肉がかっこいいから、もっと腕とか出した服が似合うと思うお」
「なッ、あの......海舟...ッ.......」
海舟の何気ない一言に、篝丸がますます顔を真っ赤にする。
海舟はタンクトップと篝丸をまん丸な瞳でじっと見比べ、そして言う。
「うん、とっても似合ってるお」
海舟の屈託のない笑顔に、篝丸の胸はきゅんと高鳴った。
店を出た二人は、先程互いに選んだ服を着ていた。
「いいお買い物ができたお〜♪」
「(おのれ...でーととはこうも刺激的なものなのか......)」
今にもスキップをしそうな海舟の横で、篝丸が激しく息をして胸を押さえる。
「もうお昼なんだお〜、次はどこに行くお?」
街の時計を見て、海舟は篝丸に聞く。
少し悩んでから、篝丸は口を開いた。
「...次は、飯でも食いに行こう」
そう言って二人は歩き出した。
二人がやって来たのは、洋風のレストランだった。
「え〜っと〜、とろとろたまごのオムライスを一つお願いするお!篝丸はどうするお?」
メニューを指差しながら、海舟が明るく言う。そして篝丸の方を向いて問いかけた。
「わ、我は...その......」
篝丸もまた、メニューを見ている。
が、何だか様子がおかしい。
「そ...その....で、でみくら...でみぐらす、はんばあぐすてーき...を、一つ.....」
その辿々しい注文に、店員は困り顔で対応する。
篝丸はカタカナが大の苦手なのだ。
注文を確認して、店員が去って行く。
「篝丸、言ってくれたら海舟が注文したお」
「ヌゥ!?よ、良いのだ!注文くらい我一人で...!」
気遣う海舟の言葉に、篝丸はぶんぶん首を振って強がる。想い人にそんな事をさせる訳にはいかない。
海舟は首を傾げながら篝丸を見つめる。
「わあぁ〜!おいしそうだお〜!」
注文していた料理が運ばれ、海舟は目を輝かせる。
「いただきますだお〜!」
ぱちんと海舟が両手を合わせる。
スプーンで柔らかい卵とチキンライスを掬い、落とさぬよう慎重に口へと運び、はむっと一気に頬張る。
「ん〜...!おいしいお〜!」
口を押さえ、蕩けたような表情で体を左右に揺する海舟。
大きく切り分けたステーキにがぶりと食いつきながら、篝丸は嬉しそうな海舟を見ている。
続けざまにスプーンでオムライスを掬い口へ運ぶ海舟をじっと見つめ、そして考える。
「(想い人と出かけたり遊んだりする事がでーと、だったな...。という事はもしや我らは、今まさにでーとらしい事をしているのではないか...!?)」
デートを意識しすぎたあまり、ぼふんっと篝丸の顔が赤くなった。
「うッ...ゲッホゲホッ、ゲホッ.....!」
動揺したせいかステーキを飲み込むタイミングを誤り、篝丸は喉を詰まらせ苦しそうに咳込む。
「篝丸!?大丈夫かお!?」
海舟は席を立ち、むせ返る篝丸の元へ駆け寄り背中を摩った。
「本当にすまぬ、海舟...」
「んーん、篝丸が無事でよかったお」
漸く咳が治った篝丸に、海舟が背中を摩ったまま言う。
篝丸は、心の中で考えていた。
自分は何も出来ていないのではないか。
海舟を楽しませられているのだろうか。
電車の中で鼻血を出して困らせ、昼食中にむせ返って困らせ、自分はどこまで海舟に迷惑をかけていれば気が済むのだろう。
これではいけない。
これはもはやデートと呼べるのだろうか。
と。
「篝丸」
海舟が呼びかける。篝丸ははっとして、海舟を見た。
「次は、篝丸が行きたいところに行きたいお」
海舟の笑顔を見て、篝丸は目を見開いた。
海舟を見つめたまま、篝丸は頷く。
「......ああ」
そう言って、篝丸は歩き出した。海舟もその隣に並んでついて行く。
海舟を楽しませるんだ。
自分が、海舟を笑顔にさせるんだ。
この日の為に、ずっと行こうとしていた場所があった。
「うわあ〜〜!!」
海舟が目をキラキラとさせながら歓声を上げる。
やって来たのは、小さな水族館だった。
青い水槽の中を、無数の魚が身軽に泳いでいる。
青色、白色、黄色。色とりどりの魚が散らばって泳いでいるのを、海舟は興奮しながら見ている。
「人間界にはこんなきれいな魚がいるんだお!海舟がいた海にはこんな魚いなかったお〜!すごいお〜!」
きゃっきゃと子供のように無邪気にはしゃぐ界を、篝丸は隣で見つめて微笑んだ。
「ここが篝丸の行きたかったところかお?」
と、魚から篝丸へと視線を向け、笑顔で問いかける。
「...そ、それは........」
篝丸がまたも頬を赤らめ、横を向き口元を覆って黙り込む。
海舟も無言のまま、篝丸を見つめる。
青い空間に、二人の影。
静かな時間が流れた。
「......ここに来れば、海舟が喜ぶと思ったのだ」
不意に口を開いた篝丸。
海舟はまん丸の瞳で、篝丸の横顔を見つめた。
泳ぐ魚達を見る事はなく、篝丸だけをじっと見つめていた。
夕陽が沈み始めた。
水族館を出た二人は、晴れやかで楽しそうな表情だった。
「今日はありがとう、海舟。...色々、すまぬ事をしたが...」
篝丸が礼を言って、申し訳なさそうに頭を掻く。
「謝らなくていいお!海舟は、篝丸が楽しかったならそれでいいんだお!」
篝丸が謝る事を嫌がるように、手をぶんぶん振って海舟が言う。その言葉に篝丸は笑みを溢す。
「我も、海舟が楽しかったならそれで良い」
ぽつりと、思っていた言葉が溢れた。
「...さて、帰るぞ」
今口に出した事を隠すようにそう言って、足を踏み出し歩き出す。
今日は楽しいデートとなった。
デートというものが、こんなにも楽しい事なのだと知った。
色々あったが、これで満足だ。
ただ、一つ。
願わくば、また...。
「篝丸」
と、海舟が名前を呼ぶ。
篝丸が振り返ると、海舟は目を細めた笑顔で笑った。
「また二人でいろんなところに行こうお」
その言葉。
今まさに思っていた事だった。
あまりの嬉しさに顔を真っ赤にして口をきゅうっと結び、篝丸はこくりと頷いた。
「...うむ.......」
朱華色の空が、二人を赤く包み込んだ。
きっと、また二人で。
篝丸は心の中で呟いた。
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