第2話「来たれ!学校生活」

念願の人間界に来られた界、海舟、篝丸。

人間の生活を楽しみたい界は、とある事を思いついた。

それは___。

「みんなよろしゅうなー!!」

学校に行って学生になる事だ。

来導高等学校に転校してきたという体で学校に通い始めた界達。転校してきたばかりで右も左も分からないが、界はその状態すらも既に楽しんでいる。

「三人の席は後ろの空いてる所だよ。みんな仲良くしてあげてね」

そう言って担任は後ろを指さす。一番後ろに空席が二つと、その前にも空席が二つ、計四つ空席がある。

「じゃ、ホームルームは終わりだよ。各々次の授業頑張るように」

言い終えてチャイムが鳴る。担任がそう言って教室を出て行く。 


「海舟と.....隣......」

篝丸が大きな溜息をつき、両手を前に組んで呟く。

篝丸達は半袖のシャツに黒いスラックスといった一般的な制服をきっちりと身に纏っている。

が、篝丸は体が大きく肩や胸周りの筋肉で制服が引っ張られ、制服がみちみちになっている。ボタンも胸の筋肉で弾け飛びそうだ。

そんな篝丸が、深刻そうな顔でぶつぶつと呟いている。

「隣という事は...いつも海舟が隣にいるという事で、授業とやらの時もずっと隣にいるという事で...ヌウゥ.....」

「篝丸?どうかしたんだお?」

「ッな、何でもないわ.....!!」

何を隠そう篝丸は海舟に想いを寄せているのだ。赤鬼さながらに真っ赤になりながら頭を抱える篝丸に、海舟が首を傾げて声をかける。

「そもそも、どうして学校とやらに入ったのだ!!我らが妖怪だという事実はどうするつもりなのだ!?」

途端、顔をがばっと上げたかと思いきや界を怒鳴りつける篝丸。が、界は余裕綽々。

「だーいじょうぶやって!学校は楽しそうやったから入ることに決めたんや。わいらが妖怪やってことは秘密にするから平気やで!」

「あのさ」

ふと、前から声がかかる。

「ん?」

「初めまして。界、だっけ?名前」

界が目線をやると、白髪の所々跳ねた髪型が特徴的な男子生徒が顔と体をこちらに向けて座っていた。どうやら前の席の生徒だったようだ。

「おお!界やで!おまえは?」

「おれ、三傘 勇斗。友達にならない?良かったらそこの二人も」

そう言って界に手を差し伸べ、海舟と篝丸の方も見る勇斗。

「友達...!ええで!おおきに!!」

界はぱあっと笑顔になって勇斗の手をぎゅっと強く握った。

「ともだち!なりたいお〜!海舟だお!」

「...篝丸だ、よろしく頼む」

手を上げて嬉しそうに言う海舟に、軽く会釈する篝丸。そんな二人を見て、勇斗は柔らかく微笑む。

「こちらこそよろしく。わかんないことあったらいつでも聞いて、大体のことは教えられるから」

「なんや頼りになるな〜!ほならじゃんじゃん頼らせてもらうわ!」

声高く楽しそうに笑う界に釣られて笑う勇斗。

「............」

そんな勇斗の隣から、キッと鋭い視線が界達に向けられていた。

いや、界達ではない。その威嚇するような視線は、篝丸だけに向けられたものだった。

界達はその視線に気付かぬまま、授業に参加する事となる。


「授業を始める。...と、今日から転校生が来たのだったな。改めて自己紹介をするとしよう」

眼鏡のつるをくいっと上げ、その教師は口を開く。

「数学教師の鴉間 等助だ。君達3年1組の数学を担当する、以後覚えておくように」

鴉間と名乗ったその教師は、草色の髪を纏めて丸眼鏡をかけ、神経質そうな目元にほくろが一つある。

「今日転校生してきた三人。私は転校生と言えども、甘やかそうなどとは一切思っていない。他の生徒に遅れをとらないよう懸命について来なさい」

「なんか怖そうな人やなぁ〜」

厳しい言葉を投げかける鴉間に、界が頭の後ろで腕を組みながら思わず言葉を漏らす。すると鴉間が界の方を見つめて言った。

「九尾君、私語はしない事だ」

「はあ〜いすんまへ〜ん.....」

「よろしい。では授業に移る。今日は前回やった内容の.....」

またしても厳しい鴉間にしゅんとする界。鴉間が淡々と授業を進めていくが、界はやる気が起きず、勇斗からもらったノートの紙にただ落書きをするだけだった。

「(なんやあの先生、厳しいやっちゃなぁ...。篝丸よりも厳しいんとちゃうか?わい、ああいう人苦手やわぁ...)」

あまり上手とは言えない篝丸と海舟の似顔絵を描きながら、心の中で独りごちる。

ふと後ろを見ると、篝丸と海舟が二人でひそひそ話しながらノートをとっている。

「ねぇねぇ、ここってどうするんだお?」

「ムウ...恐らくここをこうするのではないか...?」

二人で話して教え合う様がとても楽しそうに見えた界は小さく溜息をつき、シャープペンシルを鼻と口の間に挟んでいじける。

「(篝丸たちは二人で教え合って勉強しとる、ええなぁ...。わいも混ざりたいわ...)」

ふと自分の隣の席を見て考える。

「(わいの隣、人おらへんしなぁ。ここの席のやつは誰なんやろなぁ?)」

そう思っているうちに、授業は終わっていた。

その後も授業は続いた。

二限目は英語。本紫色(ほんむらさきいろ)の髪に灰色の瞳、女性口調で喋る男性の教師だった。名前を潤ヶ原 勇と言った。が、潤ヶ原の授業はとても授業と呼べるものではなかった。

最初こそ真っ当に授業を進めていたが、急に界の元へズンズン歩いて向かって来たと思えば界の両方に手を当ててぐい、と引き寄せた。

「あらァ〜?アナタ超可愛いじゃな〜い?サラサラの黒い髪の毛、まんまるなピンクの目、とってもステキ♡アタシ可愛い男の子が大好きなの♡」

「お、おおきに先生...」

授業をほっぽり出して界の容姿を褒めちぎり始めた潤ヶ原に、界は圧倒され上手く言葉も出なかった。

三、四限目は社会。苺色の長い髪に水色の瞳、豊満な体つきの女性教師だった。名前を楠美 アイバと言った。

界的にも授業はまあまあ良かったが、問題が篝丸にあった。

「もうすぐ授業は終わるけれど、みんなちゃんと理解してもらえたかしら?」

楠美はヒールの音を響かせて歩きながら言い、篝丸の席の前で立ち止まった。

「ねえ鬼羅くん?君、授業中ずっと私の体を見ていたでしょ。授業は分かった?」

「な...ッ!?」

篝丸が顔を真っ赤にして焦り始める。

「そっ、それはッその....あの....!!」

顔から湯気が出る程に動揺し、何も言い終えないまま勢いよく鼻血を出して机に突っ伏した。

「あらあら、大変。じゃあこれで授業を終わるわね」

微笑して篝丸の机にポケットティッシュを置く楠美。再び歩いて教室を出て行く楠美を、海舟は憧れに近い目で見つめていた。

「あれが大人の女性ってことなのかお...?」

「逆や、たぶん篝丸が弱すぎるだけやで」


この日の授業は四限目までだった。ホームルームは手短に済まされ、生徒達は早く帰れる嬉しさゆえか慌ただしく移動する。

人が少なくなった教室で集まっている界、海舟、篝丸、勇斗。海舟は疲れから解放されたようなスカッとした顔で言う。

「授業ぜーんぶ難しかったお!みんなあんな難しいの勉強しててすごいお!」

「転校してきたばっかりだし仕方ないよ。勉強もわかんなかったら教えるから」

「ムウ...勇斗は凄いな」

「全然、おれなんてただの凡人だし」

勇斗が少し悲しい表情を浮かべて言う。

「みんなみたいに個性とかないからさ、おれ。普通すぎるっていうか。だからそういうの羨ましいなって」

「その普通ってのが勇斗の個性なんちゃう?」

頬杖をつき、勇斗を見つめながら言う界。

「無理矢理個性とかつけんでもええと思うで、わいは!勇斗はそのままでいてや!」

勇斗が目を見開く。そんな勇斗を見て界はにっと笑う。

「...ああ、ありがとう」

微笑んで礼を言う勇斗。今まで抱えてきた勇斗の心の重荷が、界の一言で軽くなった。

「ちょっとわいトイレ行ってくるわ!篝丸達先行っててや!」

そう言って素早く教室を出て廊下を駆けて行こうとする界。その時。

ドンッ。

「わっ!」

「お、っと...」

勢いよく飛び出した拍子に誰かにぶつかった。

「大丈夫かい、ごめんね...」

頭上から低い声が聞こえる。声が聞こえたと同時に、自分よりずっと大きな手で脇の下を持たれ、ゆっくり立たせてもらった。

「いったぁ...すんま、へ.......」

言いかけて界が目を見開く。ドキンと胸が鳴る。

目の前に、大柄な男性が立っている。

「九尾くんだよね。自己紹介がまだだったね...。先生は私方。君たちのクラスの担任で、国語の先生だよ」

私方と名乗った教師は、大柄な篝丸よりもずっと背が高く大きな体で、黒い長髪と半分刈り上げた頭に眼鏡をかけ、マスクと左耳にピアスをつけている。

「私方先生か...よろしゅうたのんますっ」

ぺこりと頭を下げた界に、私方はゆっくり手を伸ばし界の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「気をつけて帰るんだよ」

私方は眼鏡の奥の細い目をさらに細くしながら微笑み、その場を後にした。

「(なんやったんや...?さっき胸がドキッてなって、一瞬ぞわっとなったんは...)」

歩いて行く私方を見て、界は心密かに思った。

一方その頃。

篝丸達は校門で足を止めていた。

「鬼羅 篝丸。今からタイマンで喧嘩だ、逃げんなよ」

「...ム?」

見知らぬ男子生徒に呼び止められ、篝丸達はただ立ち尽くしていた。

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