プロローグ オズの日
胸元で、エメラルドのブローチがちかちか輝いている。
きれいなものを身につけると、胸がはずんで、足取りも軽くなる。街がいつもよりずっと華やかだったら尚更。石畳の上に響くみんなの足音だって、いつもよりずっと楽しそう。
だって、今日は待ちに待った「オズの日」だ。年に一度の、誰もが楽しみにしている日。
花や魔法で飾りつけられた街のあちこちから笑い声が響く。
「はい、お嬢ちゃん。熱いから気を付けてね」
「ありがとう! お兄さん、良いオズの日を!」
「お嬢ちゃんも、良いオズの日を!」
受け取ったホットチョコレートをふうふう冷まして、一口飲む。甘くて、おいしくて、口の中一杯に幸せが広がっていく。
こぼれないように気を付けながら、人の間を縫うように進んだ。今日はお祭りだから、特に人が多い。
「そろそろパレードが始まる頃じゃないかな」
聞こえてきた声に、足を止めた。私も、パレードが見たい。
「もうすぐこの辺りを通るかも!」
はしゃぐ男の子の胸元で、エメラルドのブローチが弾む。
気づけば、パレードを一目見ようと、多くの人たちが集まっていた。華やかな音楽が聞こえてきて、自然に体が揺れる。騎士団が行進して、街の人たちの声援が響く。きらきら魔法の光がはじけ、花や虹や動物になって、歓声が上がった。
「あっ! 王様だ!」
「王妃様!」
どよっと人のざわめきが大きくなった。ひときわ豪華な馬車が見えてくる。乗っているのは、かっこいい王様と、きれいな王妃様。美しい二人に目を奪われているうちに、手の中のホットチョコレートはすっかり冷めきっていた。
ふいに、王妃様の大きな瞳が、ぎょっとしたように見開かれた。
その時だった。
突然、エメラルドグリーンの光に包まれていた。その美しい輝きが、パレードの演出の一つだと思えたのは一瞬だった。
なにかが、砕ける音がした。
激しい爆音がした。
地面が揺れる。
建物が崩れていく。
あちこちから悲鳴が上がる。
頬に、温かいものが飛んでくる。
手で拭って、愕然とした。
血だ。
こわい。こわい、こわい、こわい。体が震えていた。
さっきまで、隣にいた人がもういない。
がれきが、ひとが、てが、あしが、とんでくる。
目の前の大きな建物が崩れて、私の上に、落ちてくる。
この世の全てが、やけに、ゆっくりと感じた。恐怖で身がすくんで、うごけない。崩壊した瓦礫は、きっと、私を押し潰す。
わたし、死んでしまうんだ。
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