地獄の番犬は飼い主の夢を見る④

 俺たちは黒犬の先導のもと、炭鉱の迷路のようなトンネルの中を進み続けてゆく。


 そうして、とうとう目的の場所に到着したのか、それまで狭かったトンネルを抜けて、広い地下空間へ出た。黒犬も大はしゃぎで暗闇の中を駆け回り、「褒めて褒めて!」とでも言いたげにラビの元へ擦り寄ってくる。


 しかし、その鉱脈らしき広い地下空間を灯りで照らしてみても、ありふれた石炭や鉄鉱石などは見つかったものの、探し求めていた珍しい鉱石や宝石などは全く見当たらなかった。


「なによ、なんにも無いじゃん」


 そう言って落胆するニーナ。しかし、ぴょんぴょん飛び跳ねている黒犬の喜びようからして、ここであることは間違いなさそうだ。


「よしよし、ちゃんと案内できていい子いい子。でも、ここに目当てのものは無いみたいだよ。他にありそうな場所、知らないかな?」


 懐いてくる黒犬の頭を撫でながらラビがそう尋ねてみるが、黒犬はお構いなしにラビの伸ばした手のひらをぺろぺろと舐めてくる。これも喜びを示す一種の感情表現だろうか?


 そこで俺はふと、案内された場所を観察していて一つあることに気付く。


『見ろ。どこも人の手で掘られた跡があちこちに残ってる。……ひょっとすると、元々ここはたくさんの鉱石が眠る鉱脈だったのかもしれないが、同じ黒犬にここを案内された先客たちが、全部採り尽くしてしまったんじゃないか?』


 俺たちと同じく噂を聞きつけ、黒犬に案内されてここへやって来た船乗りや冒険者も少なくないはず。どうやら一足来るのが遅かったようだ。


 目当てのものが既に奪われてしまっていた事実を知り肩を落とす俺たちだったが、黒犬の方は相変わらず元気活発な様子で、今度は地面の一点に爪を立ててひたすらガリガリ引っ掻き始めた。


 その様子を不思議に思ったラビが、「どうしたの?」と黒犬の方へ近付いてみるが、黒犬は聞く耳を持たずにひたすら地面を引っ掻き続けるばかりだ。


「……ニーナさん、シャベルかつるはしはありますか?」

「ああ、小さいのであればあるけど、どうすんの?」

「ちょっと試してみたいんです。ニーナさんも手伝ってください」


 ラビはニーナから小さなシャベルを受け取ると、黒犬が爪を立てている地面を掘り始めた。


『なるほど、ここ掘れワンワン、か……』


 俺は感心したようにそう呟く。動物の勘は人間より鋭い。ひょっとしたら何かお宝を掘り当てられるかもしれない。


 そんな期待を胸に、俺はラビとニーナが地面を掘る様子をしばらく観察していると――


 地面を掘り始めて一分も立たないうちに、地面に刺したラビのシャベルの先からカツンと乾いた音がした。ラビも固い感触をシャベルに感じたのか、「あっ」と声を上げる。


「何か見つけたの⁉」


 ニーナが期待を込めた目でラビの方を見た。ラビはシャベルを捨てて固い感触のあった地面の土を払い除けてゆく。果たして、高値になる鉱石や宝石が地面の中に眠っているのだろうか?


 ――しかし、地面の中にあるものを見つけた途端、ラビの表情が一変する。


「えっ?……これって………」


 ラビは眉をひそめ、ショックのあまり口元に手を当てた。傍へやって来たニーナが、ラビの掘り当てたものを見て、その場で棒立ちになる。


「これって………白骨化した、死体?」



 地面に埋まったその白骨死体は、一緒に残された作業着らしき衣服やつるはしなどの残留物から、この鉱山で働いていた鉱夫であるようだった。おそらく、採掘作業中に出口への道が分からなくなり、あちこちを彷徨った挙句、ここで力尽きてしまったのだろう。


 残された作業着のポケットの中を探ると、古い小さな手帳が見つかった。この鉱夫が記したものらしく、どのページにもぎっしりと文字が書かれている。


「それは何?」

「……どうやら、この鉱夫さんの記した日記みたいです」


 興味深げに覗き込むニーナに、ラビがそう答える。だいぶん紙面が汚れていたが、それでも読めないことはないようで、ラビはページをめくりながら、書かれた文字を声に出し読み上げてゆく。


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A.C.1931/2/15

これまでずっと一文無しだったが、ようやく仕事にありつくことができた。仕事内容はとても危険な炭鉱での採掘作業らしいが、この際どんな仕事でもいいから少しでも稼がないと食っていけない。毎年多くの死者も出ているといういわく付きの職場らしく、同業者から聞いた話じゃこの炭鉱は「地獄」と呼ばれているらしい。採用されて最初に言われた一言が「地獄へようこそ」。これは気を引き締めていかないとヤバそうだ。


A.C.1931/2/20

今日初めて炭鉱のトンネルに入って作業をしたが、大変なんてものじゃない。中は蒸し暑くて汗は止まらないし、汚れた空気に息は詰まるし、掘削する音が反響して耳がおかしくなりそうだ。同業者がここを「地獄」と名付けたのも頷ける。こんな職場なんてすぐにでも辞めてやりたい気分だが、せっかく見つけた仕事だから手放したくないという気持ちもある。作業に慣れるまで、もう少し粘ってみるか。

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 ラビはそこまで読むと、再びページを数回めくり、とある文章を見つけて「あっ」と声を上げる。


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A.C.1931/6/8

炭鉱での仕事も大分慣れてきた頃、俺の働く職場に一匹の珍客がやって来た。そいつはすばしっこい小さな犬で、前からこの炭鉱をうろついていたのか体中すすまみれで、元々黒い体毛なのか、それとも汚れてその色になったのかよく分からないくらい汚らしい犬だった。そいつは俺たちと一緒に炭鉱のトンネルに入るのが好きみたいで、毎日トンネルの中まで付いて来ては、炭鉱で作業する俺たちの周りを元気に走り回ってやがる。暗くて狭い地獄のトンネルが好きだなんて、この犬は相当な変わり者みたいだ。


A.C.1931/7/1

あの黒犬が現れてから早一ヶ月が経った。今じゃ黒犬も俺たち鉱夫の仲間の一人みたいに扱われていて、誰からも可愛がられていた。中でも俺にだけすごく懐いてくるから、周りの仲間から「地獄の番犬に懐かれたな」なんてよくからかわれた。挙句の果てには世話係まで押し付けられて、俺がこの黒犬の飼い主にされてしまった。みんな散々可愛がっているくせして、世話するのは面倒だからって俺に全部押し付けやがったんだろう。仕方がない。これからは俺が、精々このお転婆な地獄の番犬の面倒を見てやるとするか。

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 ラビは日記の書かれた手帳から顔を上げ、それから地面に埋まった白骨死体を見て、驚いた表情で言う。


「つまり、この死体は……ワンちゃんの飼い主のもの?」


 地面から垣間見える白い骨の前に、黒犬が舌を出して嬉しそうにたたずんでいた。

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