第10話 クソ彼氏討滅戦

 そして結構はその翌日の放課後---善は急げってヤツだ。

 会長の帰り道は舞花ちゃんがしっかりルートを押さえておいてくれたが、本当に二手三手先を読んでいるというか有能すぎるんじゃないかあの子。

 俺は人通りの少ない林道で、会長が来るのを待っていた。舞花ちゃんは近くにスタンバイしてこの様子を撮影してくれている―――という手筈になっている。


『準備はオッケーです。くれぐれも気をつけてくださいね』


 舞花ちゃんの準備もできているようだ。

 証拠づくりに会話を録音できるようにポケットの中でレコーダーを録音をオンにしつつ、歩いてきた会長と対峙した。

 この男が今までやってきたこと、女の子達との行為を録画してきたこと、それについての追求から始めるために。


「君はこの間の、一年生君か」


「はい。昨日の話の続きに来ました。会長、貴方は今まで交際してきた女子達との“そういう行為”を録画してきましたよね?」


「おや、どうしてそれを?今まで交際してきた女の子から聞いたのかな。口が堅い子ばかりを選んできたつもりだったんだけどな―――」


 そんな風に何でもない事のようにいる会長……正直反吐が出そうになる。


「何言ってるんですか。会長と“そういう事”をしていた子たちは、皆真剣にアンタに恋をしていたんでしょうに。それをそんな―――」


「真剣?それはもちろん僕も同じさ……ただ、行為を何度もしたら身体に飽きて冷めただけの事。

 そしてその記録を僕がどう扱おうと問題ないのではないかな?そもそも行為を録画すること自体は事前に承諾を得ているし、何か問題でも?

 動画を有料チャンネルにアップロードして公開する時には個人の顔が見えないように編集しているしね」


 話が通じない。っていうか聞いてもないのにしれっといったけど、コイツ録画した動画を公開したりしていたのか……人間の屑がこの野郎。


「動画を有料チャンネルにアップロードって、それは許可とってるんですか」


そんな俺の言葉に、ははは、と笑う会長。


「確認も何も個人が特定できないようにしてアップロードしているんだから許可なんているのかな?

 そうやって公開した動画がデート代になるし僕の懐も潤うから彼女たちにとっても得だったんじゃないかな。イケメン無罪っていうだろう?」


 いや普通に常識的に考えて無許可でアップロードは駄目だろ。

 肖像権の侵害に引っかかるんじゃないの?どうなの舞花ちゃん??

 とりあえず、この会長は駄目だ、なんかペラペラしゃべってくれて助かるけどやっぱりクズだ。

 

「俺が言いたいのはそういう問題じゃない。ふざけてるんですか」


「ふざける?まさか。いつでも僕は真剣さ。真剣に―――性欲を持て余している」


 駄目だこいつ……早く何とかしないと……。


「―――あれからよく考えさせてもらったんだけど、この日本には古くから衆道という文化があるよね。古来より戦国武将は手元に小姓を置き夜の相手を務めさせたというものだ。であれば、君とヤる事もアリではないかと思うんだ」


 うん??????何言ってんだコイツ?!


「僕がペラペラと色々な事をしゃべっているか不思議に思わなかったかい?……桃園太郎君。あれから君にムラムラしたから君の事を探して調べさせてもらったよ。

 君から来てくれたのは話が早くて助かったが―――君には生徒会役員になってもらって、僕の身の回り事と―――性欲の処理を相手してもらう予定だ。だからこうして包み隠さずしゃべっているのさ」


 得物を前に舌なめずりをする会長。

 う、うわああああ!うわあああああ!ヤベーイ!!マジヤベーイ!!藪をつついたら八岐大蛇が出てきたじゃねーか!!

 

「もっと具体的に言うと僕が所謂“攻め”、君が“受け”という形を希望させてもらうよ。それと、さっきの話に戻るけれど僕はそういう行為を録画する性癖があるからそこは理解をお願いしたいね」


 いやいや何コイツ全力で前向きに受け入れてるんだアホか?!アホなのか?!!いやサイコなのか?サイコだわイケメン無罪とか言っちゃううやつだもん。いくら顔と頭が良くても倫理観仕事しろよ!

 しかもさっきの話だとそれ録画された動画をアップロードされるって事だろ絶対嫌だわ!!この歳でそんなデジタルタトゥーは勘弁してくれ!!


「フフフ、君は“かっこいいイケメン”タイプではなく“可愛らしい”タイプのファニーフェイスだね。……実にソソる」


 ソソるねじゃねえよ!何昨日の今日で新しい世界に目覚めようとしてるんだよ!!


「そうだ、丁度そこの公園には多目的トイレがある。僕も女の子達と何度か利用させてもらっているが広くて使いやすいところだ―――早速どうかな」


 こいつ身体は性欲で出来ているとでもいうのかよ、頭ポルノかよ。

 いやそういえば頭ポルノ野郎だったわ。

 さっきまでの話の流れから最早衆道の事にしか考えがイってない。それに多目的トイレはやめろ、色々と問題になったしコンプライアンス的にもまずいだろ、仕事や社会的立場を失う事になるんだぞ!!


「今まで女の子相手だと気を遣ったり、自分を取り繕うのが大変だった。だけど男同士ならそういった建前を気にする必要も遠慮もいらない―――そう気づいたんだ。一石二鳥じゃないかね?」


 一石二鳥じゃないよね!嘘だろお前、このポルノ野郎なんでそう駄目な方向に思い切りがいいんだよ!!全力で覚醒してるんじゃねぇよ!!

 身の危険を感じるしこうなったらもう証拠の録音は十分だし逃げた方がいいんじゃないのか?ぶっちゃけこの会長が想像以上に怖いので近寄りたくない。


「ふむ、しかしどうして僕の録画の事を―――そうか、今までの僕の恋人たちに嫉妬してしまった、という訳かな?ヤンデレストーカーというわけか。可愛いじゃないか、もっとムラムラしてきたよ」


 違ぇーよ馬鹿野郎ムラムラすんな!!

 何自分に都合のいいように…いやナナメ上に解釈してやがるんだ!こいつ性欲を満たせれば男も女も関係ないみたいになってないか?

 お、俺が原因じゃないかって?いや、違うよね、うん。


 そもそも舞花ちゃんとの計画では、俺が“録画”の事を問い詰めてから、証拠のノートパソコンを奪おうとでもすれば必死になって力づくでも奪い返そうとしてくるだろう、という想定でいた。

 その際に俺がなにかしら会長に手をあげられて怪我なりをすればそれを切欠に警察に訴え出ることもできるのではないか、というものだった、のだが―――


 な ん で こ い つ 俺 と ♂ や る 気 ♂ に な っ て ん だ よ ! !


 こんな展開お釈迦様でもわかんねーよ!!ど、どうするんだ?


「どうすればいいんだ……!」


 イヤホンに向かって呟く。舞花ちゃん?!


 ―――だめだ反応がない!ここで問題だ!この絶体絶命の状況でどうやって俺の貞操を護る?


 3択から一つ選びなさい

答え①ハンサムの桃園太郎は突如反撃のアイデアがひらめく


答え②舞花ちゃんが来て助けてくれる


答え③どうにもならない。現実は非常である。


 ……俺の希望は②で舞花ちゃんか誰かが助けに来てくれて一件落着ってのがハッピーだけどそうはいかない。①しかない。こうなったら足だ、足を使うんだ桃園太郎!!


「逃げるんだよォー!!」


「―――はーい、よーいスタート(棒読み)」


 即座に後ろを向き、脱兎のごとく駆け出したが数秒の間に並走された挙句に手を後ろ手に捻りあげられて捕獲されてしまった。この会長なんでこんなにスペック高いんだよ!って舞花ちゃんも何でもできる人とか言ってたもんな、まずいぞまずい。


「うおおおっ、離せ、離せ!」


 ヤバい、この会長思った以上にヤバい、こんなやつにあきらが関わらなくて済むようになったのは良かったけどこれじゃ俺の貞操の危機だ。なんとか抜け出そうともがくが、ぎっちりロックされていて身動ぎするので精一杯だ。痛いですね、これは痛い。


「ま、多少はね?」


 必死の俺に対して余裕綽々の会長。

 だめだ、こいつ何か格闘技でもやってるのか?クソっ。俺の動きを封じながらご機嫌な様子だ。


「い、いやだぁ……絶対に嫌だぁ!!誰か助けてェーッ!!」


「少し静かにしたまえ。―――ヨツンヴァインになるんだよ」


そう言って前に回った会長に下腹部を殴られ、重い衝撃と痛みに思わずうずくまる。くっ、ヨツンヴァイン…もとい四つん這いにされてしまった。悔しい……!


「ふ、ふふふ。ゾクゾクするね!今までは女の子相手だったから優しくしなければいけないと思ってきたが、そうかこういう愉しみもあるのか……!」


畜生、ただでさえどうしようもないクズがDVにまで目覚めかけてるじゃねえかくそっ、くそっ。


答え―――③どうにもならない。現実は非常である。


「ハァ、ハァッ、暴力はいい!金!暴力!セックス!さぁ……クソまみれになろうやぁ」


 ニチャァ……と笑みを浮かべながら俺を蹴る会長。……だめだ、完全にハイになっている!何が品行方正な会長だよ、こんなの野放しにしちゃいけないだろ!!よく今まで社会に溶け込んでたなこいつってレベルだ。

 執拗に殴られ蹴られ、おもに全身が痛いのぜ、ゆんやー!!

 蹲る事しかできず、暴力を振るわれることは当初の想定内ではあるけどこの展開は予想外すぎる。


「こいつ!こいつです!!」


 ―――そんな時に聞こえたのは舞花ちゃんの声だった。きた、舞花ちゃん来た!これで勝つる!!


「グォォッ?!」


俺を滅多打ちにしていた会長を、誰かがタックルして突き飛ばしているのが見えた。突き飛ばされた会長が唸りながら吹っ飛んでいく。会長を突き飛ばした救いの主は―――同じクラスのイケメン男子、戸成だった。


「戸成?!」


「大丈夫ッスか!?……ってお前桃園じゃないか!!」


 一度家に帰ったのか、私服の半袖シャツの袖を肩までまくっていて、下はジャージ姿の戸成。どうしてここに?と思うが、今はただただありがたい。そんな戸成は会長と俺の間を塞ぐように立ち、俺を背後に庇いつつ話を続けている。


「なんかジョギングしてたら、女の子がここで人が暴行されてるって言うから来たんだよ。女の子が警察にも連絡してくれてるぞ」


マジかよありがとう戸成!命の……いや貞操の恩人だよ!!


「っていうかあれ?あんた生徒会長だよな?何暴力事件起こしてんスか?停学か退学にでもなりたいんスか?」


 油断なく身構えながら会長を睨んでいる戸成。


「黙れ小僧!!桃園君をおいてとっとと失せろ!!」


「だが断る……悪ィけどダチがボコられてるの見て黙ってられねーんで。正当防衛させてもらうッスよ」


  激昂した山犬の如く険しい顔をしながら吠える会長だが、戸成は怯む様子をみせない。何このイケメンムーブ。

 そう言って握った右拳を左手で包み込み音を鳴らす戸成。何、戸成お前かっこよすぎない??そんな事をしている間に舞花ちゃんも息を切らせながら駆けつけてきた。


「貴方を傷害罪と肖像権侵害で訴えます!

 理由はもちろんお分かりですね!

 あなたが女の子との行為を録画し無断でアップロードしていたからです!

 覚悟の準備をしておいてください。近いうちに桃園君が訴えます。警察に捕まります。留置場にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいてください!貴方は犯罪者です!少年院にぶち込まれる楽しみにしておいてください!いいですね!」


 会長を指さし、早口にまくしたてる舞花ちゃん。ゲームの攻略サイトとか見てるのかな?


「クソッ、五月蠅いっ!一年の分際で!僕の邪魔をするんじゃあないぞッ!」


 そんな叫び声をあげながら戸成に殴りかかる会長。だが戸成は構えたままに重心を落としながら見惚れるほどの流麗な動きで会長を迎撃している。


「それならアンタも……三年にもなってダセェ事してんじゃねーッスよ!!」


 言葉と共に会長の拳をさっと躱し、横っ面を殴る戸成。正確にはあまりに早いパンチなので多分殴った、と言う感じ。瞬きしてたので見逃しちゃったよ!


「はが、ふぎっ」


 戸成のパンチを食らってよたよたと動いていた会長だが、尻もちをつくようにへたり込んだ後に地面に倒れて大の字になった。


「頭がくらくらして立ち上がれねーでしょ?頭の中いい感じに揺さぶったんで、警察が来るまでそこで大人しくしててくださいよ」


戸成の言葉に対して会長は言い返す事も出来ない状態になっているのか、グロッキーになっている。それを油断なく注視している戸成。……すげぇ、あの恐ろしい会長をワンパンでのしやがった。これがリア充、これがイケメンにのみ許されたムーブ、……俺みたいな冴えないモブにはできない事だ。


「ともかく間に合ってよかったぜ、未来の相棒がこんな奴に傷モノにされず済んだ。そこの女の子に感謝ってところだな」


 会長が白目を剥いて意識を失ったのを見届けてから、戸成がサムズアップしながら話しかけてくる。俺はと言えば全身の激痛で言葉を出すのもつらいが、今此処でお礼を言わねば恥なので気力を振り絞る。


「助かった、ありがとう」


 なんとかお礼だけは言う事が出来たが、戸成は俺と舞花ちゃんの繋がりを知らないもんな。いやぁ……戸成いい奴。だよな、助けてくれたし。

 でも何かこう、引っかかるような……いや、でも本当にいいやつだし恩人なんだ、俺が女だったら惚れてるだろうしな。

 俺には戸成みたいな、どこかの物語の主人公みたいな、凄いスペックとか悪い奴をワンパンできるような能力は無い。戸成が来てくれて本当に助かった。作戦自体が穴だらけ勢い任せだったけど、こんな真似二度としたくないし無茶しすぎた。ぶっちゃけ偶然戸成が通りかかってくれなかったら詰んでた。


 ―――でもともかく、あきらが助かってよかった。


 そんな事を考えていると、パトカーのサイレンが近づいてきたので、俺は朦朧としていた意識をゆっくりと手放すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る