第101話 戦況を揺るがす者たち

▽第百一話 戦況を揺るがす者たち

 さて、第三フィールドに於ける戦争は一進一退となっております。


 すでに吸血鬼に陥落させられた都市が七つ。

 敵の主力たる三騎士はまだ誰も欠けず、討伐した吸血鬼の数もトータルでまだ数千くらいのようです。しかしながら、迎撃できている場所も多いみたいですね。


 目的地たる《黎明都市ユグドラ》に一週間以内に辿り着ける見込みの兵士は、一万になるということでした。

 敵が三万なので心許ないですね。

 上手く昼間に攻め、集団戦に持ち込めば勝てるとのことですが……


 私が思考している中、元気の良い少年の声が耳朶に触れます。


「さすがはアトリ隊長ですね! 俺、こんなに豪華な野営をするのは初めてです!」

「ボクの力じゃない。すべては神様のお力なのだ……!」

「?」


 現在、第七遊撃隊は《黎明都市ユグドラ》へ向けて道を作っております。待ち伏せしている吸血鬼兵を殺害したり、逆に攻めようとしている敵を間引いております。

 あとロゥロなどで隠れられそうなところを破壊しています。

 この北側戦線は、アトリを筆頭に順調に進軍しているようです。掲示板によれば西側はひどく敗北し、吸血鬼の巣窟となっているようですね。


 ですが、東側(マリエラがある辺りです)はいつの間にか吸血鬼たちが壊滅。しかも、人類側は謎に調子がよろしいらしく、軍の損耗もほとんどないようですね。


 イケイケです。


 南側はジャックジャックたちが所属しています。

 ドワーフの一族を救出したメメ、とりあえずこちらを優先したヒルダもいるようですね。

 が、戦況はなんとも言い難いようです。ヨヨのことを重く見たプレイヤーは多く、ほとんど公式イベントレベルで参戦しています。


 第一フィールドだけでなく、第三フィールドまで獲られたらいよいよ詰みです。


 契約NPCを吸血鬼にされ、敵に寝返るプレイヤーもたくさんですが。

 なるべく離脱者を増やさぬため、こちら側は絶対に負けられません。ゆえに、アトリも配下への指示を頑張っているようです。


「ボクは神様といる。他はお仕事をしてもらう」

「はい、アトリ隊長!」とゼラクが薪を取りに駆け出しました。


 私が【クリエイト・ダーク】で作った拠点には、すでに軍師のガノが寝ています。彼は老人なので軍隊形式は厳しいようです。


 アーチャーのミャーは、シヲが作成する矢に歓声をあげています。

 世界樹の素材とシヲの【木工】スキルが伴えば上等な矢ができます。【理想のアトリエ】で細々したアイテムには事欠きません。


 鏃も羽根も【理想のアトリエ】で量産しています。


 今も三体のゴーレムが忙しなく生産活動に励んでいる頃でしょう。


       ▽

 興奮した様子でゼラクが叫びます。

 彼の手には木製のコップが握られています。中には蜂蜜で薄められたアルコール。この世界は飲酒に法的な規制がありません。


 十五、六の少年は顔を真っ赤にしています。


「その時だ。俺たちのパーティは完全に生きることを諦めた。敵は初心者殺し――レックスビースト。誰もが重傷だった。もう立ち上がれなかった。苦しかった。引率の先輩は皆殺しにされちまった!」

「はいはい」とヒーラーのシスター・リディスが投げやりに頷きます。


「その後、動けて助かったのですよね。美談ですね」

「簡略化しすぎだ! 俺たちは! もう動けなかったんだよ! だというのに、俺たちは気づけば立ち上がって逃げていたんだ! 無意識に! すべてはあの時、あの日、アトリ隊長の訓練のお陰だって気づいたんだ。俺たちが生きていられたのはアトリ隊長のお陰なんだぜ」

「実際、レックスビーストなんかよりアトリ隊長のほうが怖いですよね。戦うくらいなら死んだほうがマシですね」


 かつてシスター・リディスは《脱落会》に囚われていました。

 あの闇精霊ミリムたちの犠牲者の一人で、私たちが突撃した時にグッタリしていた一人のようです。ゆえに、彼女は私たちに感謝しているようですね。

 ですが、それはそれとしてアトリの戦い振りに怖がってもいるようです。


「怖いと言えば」


 うっとり、とシスター・リディスが熱い吐息を零します。頬を手で覆います。


「しかし、あの日に見た幻覚は美しかったですね。あの神のようなおかた……シスター・リディスはあの日、夢現の中で神を目撃したのです。ああ、女神ザ・ワールド! 貴女以外の神を肯定する下僕に赦しを……! ああ、美しき神よ、シスター・リディスだけの神よ! もう一度、我が前にご降臨ください! ああああ!」


 あの陵辱の中、シスター・リディスはイカれてしまったようです。

 神様に助けられる幻覚を見たらしく、それっきり信仰の対象が変化したとのこと。完全に邪教徒です。ヤバい人なのであまりアトリと関わってほしくありません。

 境遇的にしょうがなくはありますけどね。


 その様子を見て軍師のガノが項垂れました。


「孫が変な神を信仰しているようです。おお、神よ、ザ・ワールドよ、お許しくだされ」

「おじいさま、変な神ではありません。このシスター・リディスを地獄より救い出しし、美の神なのです……あの美しさに鑑みてそうに違いありませんね」

「何故、美の神が戦うのです。目を覚ましなさい、リディスや」

「シスター・リディスは目覚めたのですわ、おじいさま」


 第七部隊は今日も和気藹々としております。

 サモナーのペニーは、ちなみに街で待機しています。ほとんど連絡係なので召喚モンスターだけを派遣しているのです。


 ここまで離れても問題ない。

 召喚術系の固有スキルを保有していることは確実でしょう。

 じつはこの中でもっとも実力を評価されているのは、サモナーであるペニーなのですよね。心強いことです。


       ▽壊滅する吸血鬼部隊の青年

 手が腐り落ちていく。

 吸血鬼にされてからは、ダメージという概念が希薄になった。どのような重傷も瞬きの間に回復してしまうからだ。


 夜であれば、だ。


 しかし、その理論が崩壊してしまった。今は真夜中。月さえも隠れた新月の闇……吸血鬼の楽園たる暗闇は地獄に代わっていた。

 再生できない。

 全身が腐り落ち、泥のように変化していく。


「なんだよ、これ。なんで痛くないんだ……どころか気持ちが良い。なんだ!」


 全身がぐずぐずに蕩けていく。

 だというのに麻薬をぶち込まれたかのような快楽が全身を這いずり回っている。頭がおかしくなる。身体が溶けていく度、気持ち良さと歓喜が心を満たしていく。


 何をされているのかさえ、理解できない。


 倒れていく吸血鬼兵たち。人間を一方的に屠り、搾取し、血を啜っていた自分たちが……今は無様に地面を這いつくばって死にかけている。

 しかし、その表情だけには恍惚を宿して。


「なんの毒だ……」


 絶望に呟く声に、はたして応答が来る。

 少女の可憐な声だった。しかし、その声に色はなく、酷薄な観測者の色が消えない。助ける気はおろか殺す気もない、平坦な声。


「毒じゃない。そのお薬は進化の薬さ。芋虫が蝶に代わる時、その肉体をグズグズに溶かして進化するんだ。書物によれば変態っていうらしいぜ。ともかく、それを擬似的に行う薬だ」

「な、治る……のか?」

「治るどころかより強くなる。が、まあ……蛹は踏みつぶしちまえば死体になるだけだな」


 すでに目も溶けた。

 声の主が何処にいるのかも理解できない。グチャグチャに蕩けていく意識の中、甘い女の声だけが聞こえてくる。


「合成薬は成功だな。種族進化を目指したが再現はこれくらいが限界だね……毒としても使い勝手が悪い。間抜けな低級雑魚しか殺せねえ。ま、あちしの専門は毒じゃねえけど」


 瓶の割れる音がした。


       ▽上級吸血鬼兵

 南側を攻める吸血鬼兵たちは、なんとも言い難い戦況に晒されていた。


 吸血鬼とは強力な種族である。

 圧倒的な再生能力を有し、攻撃力に特化したステータスを有している。種族限定スキル【吸血鬼の因子】が強力無比なのだ。


 太陽光での弱体、人の血液以外摂取できなくなる……そういうデメリットが気にならないほどに吸血鬼という種族は圧倒的なのだ。

 その吸血鬼が軍を作ってなお、なんとも言えない戦況。

 それはすなわち負けているも同然の状況であるようだ。今までヨヨの名の下、吸血鬼軍が軍隊として活動した記録はない。


 それはそうだ。


 吸血鬼とは圧倒的な個であり、軍で戦う生物ではない。

 軍と軍、という形で戦闘するならば、さすがにハイ・ヒューマンに負けてしまうからだ。指揮や軍行動に特化したハイ・ヒューマンは厄介極まりない。


 唯一、時空凍結を受けなかったのが、かつてヒューマンばかりだった人類国家アルビュートだけだったというのは、ハイ・ヒューマンのデタラメさの証左である。

 もう少し都市を滅ぼしたい。

 ゆえに強引に攻めすぎたのかもしれなかった。


 周囲には仲間たちの灰が積み重なっている。

 それさえも風魔法使いの手によって吹き消されてしまう。吸血鬼には死体さえも残らない。遺灰を踏みにじるようにして、エルフの老爺が一歩を踏み出した。


「ふぉふぉ、吸血鬼対策は数百年練ってきたのじゃ。お主のような主力外に遅れを取れるほど、儂は弱くなくてのう」

「なにイキってはるの、お爺ちゃん。うちらもおるで」

「ふふ、しかし、吸血鬼たちのルートを看破したのはジャックジャック殿だ。彼一人でも勝利はできただろうね」


 謎の三人組だ。

 否、精霊憑きであることも加味するならば六人組だと言えるだろう。三十人もいた吸血鬼部隊は一瞬のうちに十人にまで減らされていた。


「もう勝った気でいるのか!?」


 叫ぶ。

 上級吸血鬼を舐められている。通常の吸血鬼とは桁が、格が違うのだ。上級吸血鬼は【体術】アーツの【離詰め】で老爺との距離を喰らう。

 放つは【格闘術】アーツの【抜き手】だ。


 シンプルな攻撃である。

 しかし、消費が少なく、連打も可能。貫通力を上昇させた一撃は、吸血鬼のステータスも考慮すれば即死攻撃に近い。心臓を抜けば、だが。

 老爺は反応することもできていない。


 カウンターを受けたとしても、上級吸血鬼なので【再生】が間に合う。


 上級吸血鬼が口端を歪める。必殺の一撃が通る!



 ことはなかった。



「避けえや自分で」ドワーフが呆れ混じりに呟いた。

「要らぬ動きはせぬ。老体を労る機会は貴重ですぞ」


 上級吸血鬼の【抜き手】が老爺の胸で止まっている。老人の薄い胸を貫けぬはずがない。何かしらのスキルを使われた。

 反射でアーツを繋げる。

【格闘術】スキルは連打が効く。無数のアーツを組み合わせることにより、隙を生み出さずに火力を叩き出せるのだ。


「【衝打】【眉間打ち】【破蹴】【抜き手】【殴龍】【小手払い】ぃ!」


 一秒の間に破壊の連打を打ち込んだ。

 だが、そのすべてが謎の障壁によって防がれてしまう。回避アーツを発動しようとした寸前、老爺のレイピアに胸を貫かれる。

 嗤う。


「甘い! 上級吸血鬼に――」

「これはレイピアではない。杭じゃ」


 目を見開く。

 力が抜けていく。膝を屈する。聖属性のレイピア――杭らしい。先程まで使っていた武器が、いつの間にか変化していたようだ。


 吸血鬼の無敵性に甘えていた。


「では、一掃させてもらうよ」


 エルフの美男子が美麗に微笑む。手にした短杖を振るえば、様々な属性の魔法が解き放たれた。

 単独で複数の魔法属性を支配している。

 複数の魔法を組み合わせる、そのような未知の攻撃によって吸血鬼兵たちが薙ぎ払われていく。


 魔法による暴風。


 されど、吸血鬼たちは頑強だ。常人ならば死亡するだろう猛攻でも、生き残ることが可能なのだ。継戦能力に特化した種族――それこそが吸血鬼。


 人類種であることを捨てて得た、超常の力。

 ここは逃げるべきだ。上級吸血鬼はそう判断して、しかし、前に立ちはだかった化け物に息を呑む。


 暗い青年の澱むような呟き。


「……再生するだけだ……アトリみたいな怖さがないなら、モグラ叩きと同じ、だ」


 ドラゴンがいた。

 エメラルド色の鱗を持つ、美麗なドラゴンである。最初は肩に乗るくらいの小龍だったのに、次の瞬間には巨大なドラゴンが出現していた。


「【巨大化】……滅べ」


 龍が巨大な顎を――!





――――――

 急に味方が増えたので簡易紹介を載せておきます。


新兵

 ゼラク

 アトリに鍛えられていた初心者冒険者。武器は剣。とくに強くないがアトリを慕っている。雑用をする。アトリの教練によって死にかけていても逃げ出そうと動ける。


老人軍師

 ガノ

 とある都市の軍師集団の一人。軍法会議の時に目を付け、頭を下げてアトリの配下へ。アトリの攻撃性と遊撃性を活かすことができる。魔法使いとしての腕も悪くなく、また、老い先短い自分の命を捨てることに迷いもない。新しいもの好き。

 最近の悩みは孫が変な神を信仰しだしたことと肌の艶がなくなってきたこと。


弓師

 ミャー

 Bランク相当の腕を持つ弓師。アトリを遠距離から支援する。性質は戦士ではなく狩人。戦いたいのではなく、獲物を仕留めることが好き。


神官

 シスター・リディス

 回復が得意な腕の良い神官女性。ガノの孫。

 邪神の信者。ミリムとスタークたちの被害者だった。


通信兵・サモナー

 ペニー

 実力だけで言えばSランク相当の評価を得ている、世界初レベルの通信特化兵。召喚魔物を駆使して偵察、情報の通達を行う。戦闘能力はほとんどない。

 強い人に上手く使ってもらいたい欲が強く、認めていない人とはそもそも喋らない。かなりの頑固者。性格込みの評価はAランク。

 この部隊には自ら志願した。本人は離れた都市で護衛に囲まれている。

 

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