第94話 師匠と弟子と邪神

▽第九十四話 師匠と弟子と邪神

 この《スゴ》の本質は育成ゲームです。


 いかにして契約NPCを成長させていくか、というのが想定された遊び方でしょう。これはすなわち何かを育てるのはコンテンツたり得るということ。

 ハッキリ言いましょう。

 ジャックジャックも育成ゲームにドはまりしたようです。


「ふむ、弟子というのは始めて取ったが……悪くないのう。危うく外技を越えて魂技まで教えるとこじゃったわい」


 何度も頷きながら、ジャックジャックはアトリの魔物討伐を見守ります。とはいえ、アトリは戦闘中に絡め手をあまり使いません。

 アトリの本質は、何処まで行っても「突っ込んで倒す」だけです。

 小細工を用いることは、むしろ弱体化に繋がりかねません。しかしながら、彼女の「突っ込んで倒す」戦法に色が足されたのは確実でした。


 現在、ここは第六階層。


 アトリやジャックジャックでも戦闘になるレベルの魔物が徘徊しております。フィールドは変化していて、岩石が無数に落ちている荒野です。

 厄介です。

 一体に手間取っていれば、周囲の魔物がどんどんと押し寄せてくるからです。


「――っ!」


 アトリが大鎌を振ります。

 ステルスキル。

 周囲の大岩を利用し、アトリは絶えず気配と姿とを隠匿しています。ジャックジャックに教わった隠密行動の練習中ですね。


 遠く離れた敵には小鎌を投擲して殺戮していきます。


 魔物たちは気付は数を減らしていきます。


「外技は本物のスキルとは違いますじゃ。しょせんは小細工。技術に名称を付けただけ。しかし、名付けられた技術には理がありますのう。理とはすなわち再現性……アトリ殿レベルの能力があれば再現することは容易い」


 今までのアトリであれば、すでに集団乱戦が始まっていたところでした。

 もちろん、彼女には【スナイプ・ライトニング】があります。隠密行動の選択肢は今までもありました。ですが、動きの次元が違っていますね。


 魔物たちに気取られず、十体ほどを屠った時でした。


「……気づかれた」


 アトリが魔物に察知されてしまいます。

 まあ、敵側に索敵系のスキルがあった場合、外技はまったく意味を持ちません。決して強い、必須の技術ではないんですよね。


 真っ向勝負が始まります。

 十体の魔物が瞬時に迫ってきます。雪崩のように押し寄せてくる敵。アトリは冷静に息を吸いました。


 十体は共に猿型モンスター。


 正面から飛び込んでくる猿に、アトリは石突きで心臓を突き破ります。そのまま、鎌を振って猿の死体を投げつけ、敵を牽制。

 急に飛んできた仲間の死体に猿たちが驚きます。

 その死体を貫通して、アトリの【シャイニング・スラッシュ】が叩き込まれました。死体で目隠しをされていたので、高レベルのはずの猿はまったく反応できませんでした。


 更に二体が死亡します。


 この際に至って、猿は己たちの不利を悟ります。

 七体の猿が逃げ出します。しかし、すでにアトリは罠を設置していました。それは閃光魔法アーツ【ミラー・ライトニング】です。


 この【ミラー・ライトニング】の能力は単純です。


 光属性の魔法を強化して反射する。

 すでに設置していた【ミラー・ライトニング】に、先程放っていた【シャイニング・スラッシュ】が反射されました。


 一匹の猿の足が吹き飛びます。


 仲間の悲鳴に動きが鈍った途端、アトリの小鎌と【スナイプ・ライトニング】が死体を増やします。

 同時、【奉納・瞬駆の舞】で距離を喰らい尽くします。

 憐れ、猿どもは逃げることができません。単純にアトリの追いかける足が速すぎるからです。今までのアトリは敏捷値に任せて駆けていました。


 けれど、今のアトリは正しい走り方を教わったのです。


 より効率よく敏捷値を活かすことにより、アトリの速度は体感で倍になっております。まあ、実際はそのようなはずがありません。

 ただ明らかに速くなっています。


「【神楽】は肉体操作系のスキル。しかし、走ることが得意なスキルではありませんからのう。アトリ殿の身のこなしは【神楽】にありますが、そこまで【神楽】は万能ではありませんのう」


 他にも音を立てぬ走り方、距離感を誤魔化す走り方、と色々な走法を教わりました。


       ▽

 第七階層の最深部。


 泥沼の迷宮でした。私の【クリエイト・ダーク】の足場がなければ苦戦したことでしょう。現在、私たちはボス戦前の休憩中です。

 数回目の焚き火を囲んでおります。

 どうやらアトリとジャックジャックは仲良くなったようですね。


「この薬品は動きを妨げる効果がありますじゃ。ベタベタしておる。じゃが、強者にはあまり効果的とは言えませぬな」

「じゃあ、使う意味ない」

「何事も使い方次第ですじゃ。たとえばこの爆薬と組み合わせることにより――」


 ジャックジャックの講釈は続きます。

 アトリはこくり、こくりと頷いて話を聞いております。彼の手の内は膨大にして変幻自在。ですが、アトリが実用するのは数分の一にも及ばないことでしょう。


 それでも確実に強くなります。


 確実にPSは磨かれていきます。スキルや装備では補えない箇所の強化ですね。目には見えませんけれども、じつは重要だったりすることでしょう。


 ひとしきり語り終えた後、ジャックジャックは炙った肉を取り分けていきます。アトリは無言で紙皿を前に出します。

 受け取った肉を美味しそうに食べるアトリ。


 ぽろり、とジャックジャックの乾いた皮膚の上に、一滴の涙が零れました。


「? なんで泣いているの先生」

「ほう、儂は泣いておるのか……何故じゃろうなあ」

「神は言っていた。悲しい時はドンマイ」

「ドンマイ?」


 アトリが立ち上がり、小さな手でジャックジャックの頭をポンポンと撫でます。エルフの老爺が顔を上げ、困惑したように目を見開きます。

 アトリが言います。


「神様は悲しいとこうしてくれる」

「……ほう、優しい神なのじゃな」

「神様は世界で一番優しい邪神」

「ふぉふぉふぉ、優しい邪神とは奇妙なお方ですのう」

「闇なき世界に安寧は訪れぬのだ……」


 わりと鬼畜な人でなしとしては、アトリに嘘を言わせたようで申し訳なさが込み上げてきます。フェイクニュースの流布には、みなさんも気をつけましょう。


 何も悪くないアトリまで悪くなってしまいますね。

 まあ、私と共犯というのは、彼女的には悪くない気分となるかもしれませんが。


 アトリは何事もなかったかのように、ぽてんと座ってお肉に齧り付きます。ジャックジャックは孫を甘やかすお爺さんのような笑みで、その様を見守っております。

 どうしてジャックジャックが涙したのか。

 バックストーリーを知らない私たちでは解りません。しかし、あの涙で少しでも彼の心が潤ったのならば、それは小さな幸いかもしれませんね。


 きっとこの時。

 私はようやく、彼のかつてのPK未遂を本心から許せたような気がしました。


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