第29話 イベント終了

▽第二十九話 イベント終了

 私がアトリに言わせる台詞は、こうでした。


「神は言ってる。……貴方は『次のレイドボス戦中、儂は其方をPK? させてもらいますぞ、アトリ殿』と言った。もう『次のレイドボス戦中』は終わり」


 ジャックジャックが目を剥き、咄嗟に背後を振り向きます。彼が目を向けたのは、己が契約精霊たる羅刹○さんです。


 巨体の羅刹○さんは過剰に凄まじいスタイルを大きく揺らし、豪快に笑います。にやり、と笑みを刻まれた口元。


「よく気づいたね、ネロさん。その通りだよ爺さん。あたしは『次のレイドボス戦中』と言った。それが約束さ。もうくだらん喧嘩は終わりだよ」

「ですが、羅刹○殿。儂の研ぎはまだ――」

「復讐とやらのためにプライドを捨てる。これは悪いことじゃないさ。でもね、爺さん、プライドを捨てることがプライドになった奴の末路なんざ決まってる」


 まあ、あたしみたいな小娘に言われるまでもないだろうがね、と羅刹○さんは続けました。ううむ、とジャックジャックが唸ります。


「何も成せず朽ち果てるのみ……よろしいでしょう」


 すでにレイピアは降ろされているようですね。

 正直、現状のアトリでは勝利は不可能でしょう。あまりにもレベル差がありました。唯一の勝ち筋はレイドボスを速攻で討伐し――レイド戦中の他のメンバーとの一斉攻撃でした。


(つまり、説得に応じなければチームを扇動してキルするつもりでしたが……)


 その最悪の手段は取らなくて済みそうですね。

 死がなかったことになる場所とはいえ、アトリと私に攻撃をしてきたのです。本来でしたら殺害ですが、まだこのご老体は――使えます。

 アトリは強くなって、自由になりたい。

 私は強くなって、お金を稼ぎたい。


 その目的のための踏み台になっていただきましょう。


「アトリ、ジャックジャックに共闘を持ちかけましょう」

「ジャックジャック。神は言ってる。共闘を持ちかける」

「大器ですな、アトリ殿……それもまた良きかな。このイベント? なる催しはこなせばこなすほどに報酬を得られるそうですな。儂にとっては人との戦闘経験こそが得がたきモノでしたが、すでに目的は果たしました。この命、この夢の間だけお貸ししましょう」


 こうして私たちはジャックジャックという戦力を手に入れました。


【第四レイドボス戦が開始されます】


 老戦士と死神幼女が並び立ち、出現したレイドボスと対峙しました。


       ▽

 あれから数戦をこなしました。

 結局、私たち【第三サーバーチーム3】は七体目のレイドボスに敗北しました。

 それまでに脱落者が多発したこと(第六レイドボスが毒をばらまいてきて厳しかったのです)、第七レイドボスの特殊能力が厄介だったこと、が敗北の理由ですね。


 まさか全範囲を強制スタンさせてくるとは。

 あれでジャックジャックが落とされたのが厳しかったですね。暗殺キャラが真っ向勝負でボス戦しているだけで不利なのですし、動きを確定で止めてくるボスなんて特攻キャラです。


 その後、ジリジリと敗北に近付き、アトリがソロで粘りましたが……火力が不足していました。敵に首がなかったのも困りものです。アトリは純粋な火力は今ひとつで、色々なダメージ補強スキルを重ねてダメージを出すアタッカーですからね。


 第三サーバーの戦闘がすべて終了したので、私たちは待機所? 的な場所に集められています。

 巨大な広場です。飲食店などもありまして、じつに寛がせていただいております。店員は光るモヤモヤが勤めてくれています。


 アトリはたくさんの食べ物を貢がれています。


 さすがはチャンネル登録者数10万人の人気チャネル【アトリはよく食べます】のレギュラーですね。食べさせ甲斐があります。


 時折、嫉妬からか毒物が混ぜられていましたが、まあ、アトリは【キュア】が使えます。気にせずに食べ続けているようですね。

 どうせこのフィールドで死亡しても無効化されるのです。

 危険な毒物の味を覚えて帰ってもらいましょう。


 毒を与えてきたプレイヤーは動画に撮っていたので……後ですべてを後悔させてあげましょう。ちゃんと死ねるイベントの後に、です。


 放置は危険ですからね。


 ゲーム内で他者を害するならば、わざわざアトリを戦わせるまでもございません。

 正義という名の劇毒を掲示板に一滴、さりげなく垂らすだけで事足りるでしょう。


「アトリ殿、少しよろしいですかな?」


 そう言って隣に腰掛けてきたのは、エルフの老爺ジャックジャックです。彼は被ったハンチングを机に置き、エールを注文しました。

 アトリには焼き鳥を奢ってくださいます。

 ……毒は入っていないようでした。


「もぐもぐもぐ」


 アトリは気にした風もなく、一心不乱に食事を続けます。アトリのお食事を止められるのは、私とシヲくらいでしょうね。シヲは「触腕をうねうね」させると「気持ち悪い……」とアトリが逃げ出します。


 ジャックジャックはエールを呷り、アトリの隣を漂う私を見つめます。


「ネロ殿。儂は抵抗しませんので【鑑定】を使ってみてくだされ」

「では遠慮なく。【鑑定】」


 抵抗されなければ【鑑定】はレベル差を超えて成功します。さて、どのようなスキル構成なのでしょうかね。

 おそらくジャックジャックはカンスト勢なので楽しみです。


名前【ヨハン・アーガート】 性別【男性】

 レベル【100】 種族【エルフ】 ジョブ【筆頭執事】

 魔法【闇魔法100】

 生産【茶道100】

 スキル【執事術100】【管理術100】【指揮100】

    【細剣術100】【乗馬術100】【護衛術100】

    【暗殺術100】【隠密機動100】

 ステータス 攻撃【400】 魔法攻撃【600】

       耐久【400】 敏捷【1000】

       幸運【900】

 称号【復讐焦がれる敗残者】

 固有スキル【見守る目】【超感覚】


 ……おやおや?

 これは暗殺者っぽくはありますけれども、根幹は完全に執事さんですね。純粋な戦士という感じはございません。


 怪訝に思ったことを察したのか、ジャックジャック――もといヨハンが微笑みます。


「見ての通り、儂は戦士ではないんですな。復讐を求めて以降、慌てて戦闘系のスキルが得られるように訓練をしましたが……しょせんは歪な暗殺者擬き」

「純粋な戦闘職ではなかった、ということですか。とはいえ、技術や経験を加味すれば弱いわけではないようですけど」

「今回のことで儂は痛感しましてのう。どうかアトリ殿とは今後とも、共闘させてはくれんじゃろうか? 無論、タダとは言わぬ。老いぼれの貯蓄であれば、好きなだけ持っていってくだすって構わん」

「アトリ、断りましょうか」


 アトリは頷いてから、首を左右に振りました。


「神は言ってる。駄目」

「そこをなんとか! 儂の復讐の対象者は第三フィールドにおる。そこに辿り着くまで組んでほしいのですじゃ」

「駄目」


 項垂れるご老体。

 あまり付き合いたくないですね、復讐譚。面白いと思う方も多いですし、私だって読む分には良いのですけど……このリアルに見えるVRで『体感』したいとは思えません。

 私はアトリとのお気楽な旅を謳歌したいのです。


 ……アトリも第一話は復讐譚でしたって?

 アトリは可愛いから良いんですよ。当たり前でしょう。


 項垂れ続けるご老体は、さすがに哀れみを誘います。私が気まずく思い、アトリが食事を楽しむ中、ふわふわと浮かんでいた羅刹○さんが顕現しました。

 出現するのは肉体的な、巨人の美女です。


「だから言ったのさ、爺さん。最初に喧嘩を売ったら協力関係なんて結べないってね……でも、どうだいネロさん? この爺さんは強い。一緒にボス戦の時やサブクエストなんかの時、戦力がほしい時に呼んで呼ばれる関係はどうだい?」


 ……面倒くさいですね。


 対人を厭うからこそ、私は必須スキルとまで言われた【顕現】を有していません。見たところ、会話に指揮にと便利ですし、戦闘の役にも立つようですが……取りたいと思えません。

 会話って面倒くさいですし。

 チームプレイも望まないところです。アトリがソロ向けのNPCであることに大歓喜しているのに、今更になってパーティを組むのは……


 ただし、メリットも理解できます。


 ソロではクリアできないのがMMOですからね。今回のレイドイベントを体験したことにより、その想いは余計に膨らんでおります。


 しかし、アトリを理不尽に攻撃された事実があります。嫌いです。


「いきなりアトリを攻撃してきましたからね」

「ボクたちの勝ち、です!」

「まあ、そうですが……」


 アトリは自分の勝ちを疑っていないご様子。

 まあ、戦場にあるものを駆使して戦った(レイドボスと他プレイヤー)ので、私も負けたとは思っておりませんが。

 アトリはジャックジャックを気にしていないようです。というよりも、そもそもジャックジャックに興味がまったくないようです。

 殺されかけた、という思いも皆無のように見えますね。


 アトリが眼中にもないようなら、合理性を優先しましょうか。

 私たちは何にも縛られないのです。「嫌いな相手とは組まない」なんて自己縛りにさえも、我々は縛られることなく自由です。


 精々、良いように利用してやりましょうか。


 ……決めました。


「アトリ、条件付きで承けましょう。いわゆるフレンド登録というやつをします。過度ななれ合いは不要ですし、必要な時だけ連絡を取る、という形で片をつけましょう」

「うん。……はいです神様!」


 私は精霊としての力の一つ。

 フレンド申請を送りました。これで相手のログインの状況、フレンドチャットの解禁、フレンドパーティの申請などが可能となりました。


「助かる!」と肉感美女が朗らかに笑います。

 ジャックジャックも頭を下げてきます。


「感謝ですじゃ。儂が目的地としている場所には、最低でも一度はレイド級のボスが控えておりますからのう。その時は呼ばせていただく。報酬は期待してくだされ」

「うん。神様が良いならいく」

「その、神というのは何ですじゃ?」

「神は神」


 レイドボス戦の報酬は、おそらくは美味しいですからね。密に連絡を取らず、偶にレイドするくらいの関係が最良でしょう。

 報酬が今から楽しみですね。


 と、そうこうしているうちに他のサーバーも全滅したようです。何処かがとても進んだようです。一戦が長引いた、というのでしたらウェルカムですけど。


 高順位でしたら嬉しいですね。

 広場の中央に巨大なスクリーンが出現しました。全員が突如として出現した、半透明の物体に響めきを返します。


【やあやあ! ザ・ワールドだよお】

【みんなあ、格好良かったあ。思ってた以上に強くなってて嬉しいなっ】

【この調子で魔王ちゃんを倒しちゃってね!】

【説得してくれても良いけど。魔王ちゃんって頑ななの】

【白髪赤目の食いしん坊さんでね、可愛いんだけど世界を滅ぼしちゃうから】

【ともかく! 頑張ってくれてありがとう! 報酬はたくさんあげちゃうねっ】


 女神ザ・ワールドの声が消えた瞬間、スクリーンに順位が映し出されます。とくに溜めとかがないので女神さまはバラエティー番組を見たことがないと知れます。

 面白みが……

 さて、気になる私たちの順位は――、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る