第3話 三毛

 「はああ……」


 ため息ばかりしていると幸せが逃げて行ってしまう。こんなんじゃ先輩に嫌われて当然だ。もっと前向きに、明るく、元気なところを見せないとダメだ! それでもへこんだままの私はとぼとぼと帰り道を歩いていた。


 あれ? こんなところに猫カフェ? そうだ、少し癒されて元気を取り戻すことにしよう。お値段もなんだかリーズナブルでお小遣いで充分足りるようだしね。


 案内された席に座るとすぐに数匹の猫が近寄ってくるなんてすごい。猫たちは私を眺めながら何やら相談している様子だ。なんだかまるで値踏みでもされているような雰囲気すら感じる。しばらくすると一匹の三毛猫がその場に残った。


「三毛ちゃん、おいで。

 名前は何ていうのかな?」


『にゃ』


 三毛猫はひと鳴きしてから膝の上に乗ってきた。そのまますぐに丸くなり警戒心のかけらも感じられない。周りを見回してみると他にお客さんはいないのだが、猫たちはここに集まってくることなく、それぞれの持ち場? で待機しているようだ。


「みんな行儀がいいのね。

 おやつ持ったら集まって来ちゃうのかなあ。

 でもモノで釣るなんて失礼よね……」


 私はつい先日、自分がやらかしてしまったことを思い返していた。別に抜け駆けとか気を引こうとか考えたわけじゃなく、いつものお礼がしたかっただけだった。


 それなのに他の子には責められ、騒ぎになってしまったからと先輩からはつき返されてしまった。こんな思いは中学生の頃に告白して敗れて以来だ。


「三毛ちゃん聞いてくれる?

 私はね、高校入ってから演劇部へ入ったの。

 一つ上の先輩が凄くステキで、部活紹介の舞台に見とれてしまったのよねえ。

 私もそうなりたいってわけじゃなくて、少しでも先輩のそばにいたいって思っちゃった。

 ちょっと動機が不純なのはわかってるわよ?」


『でもお近づきになりたかったんだろ?

 それが自分の素直な気持ちなら構わないさ。

 きっかけはどうあれ、その後の取り組みがこれからの自分を作るんだからね』


「そうね、きっとそうに違いないわ。

 先輩は優しくて丁寧で、初心者の私にも親身に演技指導してくれるの。

 そりゃもちろんマンツーマンじゃなくて新入生全員一緒だけど。

 だからお礼にお菓子を焼いて差し入れしたのよ。

 一応先輩方へって角が立たないよう配慮したつもりでね。


 それなのに先輩方全員分がなかったから変に勘ぐられちゃって……

 同じ一年生だけじゃなく二年生まで私が先輩に気に入られようとしたって責めるのよ」


『それは災難だったね。

 良かれと思ってしたことがおかしな結果を産むことなんてざらにあるさ。

 誰かにとっての好意が他の誰かにとっては悪意にとられたりね。

 ただあんたみたいな子供にはちときつかろうよ』


「うん…… 私は気にしないようにと思ってはいるんだけど……

 次は数を間違えないようにしますって言ったら、次なんてない、差し入れは禁止って言われちゃった。

 それで他の子たちに余計恨まれるようなことになっちゃったの。

 私は一体どうすれば良かったのか、これからどうすればいいのかって悩んでるのよ」


『女社会はめんどくさい、なんて偏見はしたくないが、まあありがちな話だねえ。

 ただあんたに悪気はないってことをきっちり伝えておいた方がいいよ。

 それで同級生にお菓子でも振舞ってお茶会でもすればいいさ』


「すごい、よく女社会、女子校だってわかったわね。

 女の眼しかないからなのか、華やかさなんてほとんどなくてドロドロしてるのよ。

 でも先輩は違うの、すっごくステキなんだから」


『あらあら、そんな簡単なことわからないとでも思ったかい?

 その服は近所の女学校のもんじゃないか。

 私たちと同じ女社会だからね、覚えちまったのさ。


 だいたい、あんただってそのドロドロの一部じゃないのかい?

 つまり自分がされて嫌なこと、嬉しいことも想像つくってもんさ。

 別にお茶会がすべてじゃないよ。

 ただ顔を突き合わせて話しするだけでもわだかまりはとれるかもしれない。

 何もしなけりゃ今のままってだけでね』


「そっか、こうなった原因は私にあるし、解決方法も私から導けるはずってことね。

 私、もう一度向き合ってみるよ。

 それで先輩にはちゃんと、憧れてる事や感謝しているってこと伝えたい!

 いきなりお菓子渡してモノで釣るみたいな真似してごめんなさいって言うわ!」


『真っ直ぐな好意も悪いもんじゃないんだからほどほどにね。

 あんたにはお菓子を渡せる勇気があるんだし、きっと解決に向けて進む勇気もあるさ。

 それとね、私のことはモノで釣ってもいいんだよ?』


「あら、しっかり者なのね。

 それじゃ勇気をくれたお礼におやつを注文してあげるわ。

 ちょっと待っててね」


『にゃ』


 テーブルについていたひじが滑り落ちて頭がカクン、っとなったところで目が覚めた。膝の上がぽかぽかしてとても心地よい。ぽかぽかの蒸しである三毛猫を覗き込むが寝てしまっているのかこちらを見ようとも、話しかけて雇用ともしない。


「すいませーん、このチューブのおやつを一つお願いします」


 はーい、と人間の店員さんが返事をしてから席まで持ってきてくれた。もしかしたら周囲の猫たちが酔ってきてしまうかもと身構えてみたが、全員微動だにしない。


 私は封を切って三毛猫へ差し出すと、けだるそうに顔を上げてペロペロと食べだした。食べるのも面倒そうな様子なのに、おいしいものには抗えないと言うことかもしれない。


 きっと演劇部の同級生たちもわかってくれる。そしてみんなで先輩たちに憧れて、感謝する日々となればいい。そうだ、だって同じ方々を敬愛する同士なんだから。



◇◇◇



 翌日になって私は、ちょっとギスギスしていた演劇部の同級生たちに謝りに行った。でも逆に彼女たちにも謝られてしまって拍子抜けだ。


 抜け駆けして媚を売ったと言うのもからかったつもりだったが、一対多数での出来事だったため気持ちが高ぶってエスカレートしてしまったと言う。このままではいけないと思っても話すきっかけが作れなくて気まずい日々だったと言われ、それは私も同じことだと説明した。


 話をしてみればなんてことはない。みんな演劇が好きで先輩たちが好きで、もちろん同級の仲間たちが好きな似た者同士だった。それが今回はちょっとしたずれで仲たがいしてしまっただけだし、まあこんなこともあるよね、なんて感じで簡単に解決に至ってホッとした。



 そういえばなんであの三毛猫が『私たちと同じ女社会』と言ったのか気になっていて、後で調べようと思って忘れていた。休み時間にスマホとにらめっこして調べた結果、どうやら三毛猫のオスは非常に珍しいと言うことを知った。つまり三毛猫たちは私たちと同じ女社会に生きているのだ。


「でもあなたたちってよくケンカしてるじゃないの。

 まったく自分のことを棚に上げてよく言うわ。

 もしかしたらケンカするほど仲がいいってこういうことを言うのかもしれないわね。

 ふふ、今度行ったときはこっちから説教してやろうかしらね」


 私はスマホを手にしたまま、次は猫が喜ぶ撫で方や、好きそうなおやつを検索していた。

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