青春(当社比)

ポロポロ五月雨

青春(当社比)


 まず過去の中学生活においては一切の虚無。友達すらもまともに作れず、ただ1年と半年が過ぎたということを留意いただきたい。


 現在2年生夏休み明けの9月。俺はがらんどうの図書室で、ただひたすらに本を読みふけっていた。と言えば聞こえはいいが、まぁ昼休み開始30分過ぎてなお3ページしか進んでおらず、これで読みふけっていたなどとはハードルが低すぎる。

 しかし言い訳させてもらうなら、元来俺は本好きと言うわけではないのだ。ただ教室にいると何となくね。ほら、わかるでしょ?


 とにかく俺は本好きでもないのに図書室にいる。

 図書室は良い、教室で一人なのとはワケが違う。昔なぜ図書室はこんなにも居心地がいいか考えたことがあるが、それは図書室とは1人で静かにしている者が正しいからであると気付いた。壁にも『図書室ではお静かに』の紙が貼ってある。かたや教室においては1人ではなく友達とおしゃべりをしている者達こそが正しく、言わば『健全』なのだ。


『ゆえに 教室で俺は不健康になる』


「おや 君はまた想いにふけっているね」


 後ろから声が掛かった。ちなみにこの部屋には自分含めて2人の人間しかいない。つまり


「図書委員が図書室で喋っていいのかよ」

「図書委員だから図書室で喋ってもいいのさ ここでは私が一番偉いんだから」


 本を借りるときに行く図書カウンター。そこで椅子に深く座り堂々とスマホをいじっているのが荒野。コウヤと書いてアラヤと読む2組の女子。


「図書室は治外法権?」

「分かってるじゃないか」


 アラヤはスマホを置くと、頬杖をついてこちらを眺めた。


「悲しきかな 幼馴染両方とも こんな誰もいない箱の中に閉じ込められるとはね」


 そう、アラヤは俺の隣の家に住み、小さなころから面識があった幼馴染なのである。だが子供のころは決して仲がいいとは言えなかった。お互いに口下手であり、面と向かってさえ一言も会話しなかったのだ。これには両家の親も困り果てていた。

 だがしかし、中学生になり俺が居場所を求めて初めて図書室に入ったとき、事態は動く。


『あ』

『あ』


 全くの同じ反応、顔を見合わせて会釈する。クラスに馴染めなかった俺たちは、青春の大墓標である図書室で残念ながらに再開してしまったのだ。それから同じツマはじき者として妙な親近感を覚え、少しずつ話すようになり今に至る。


「閉じ込められてなんかない 俺はいざとなれば行くとこなんていくらでもある」

「またまた 強がりはよしなよ」

「強がりじゃない 体育館倉庫で涼んだって良い」


 夏休みが明けたとはいえ9月。まだギリギリ暑さが残る中で、あの体育館倉庫の影は絶好の避暑地だ。


「あぁ あそこは最近3年生がたまり場にしているらしい」

「ならば保健室だ 気分が悪いフリしてあそこで眠ったって良い」


 まだ試したことは無いが、何人かの生徒がフリをしているのを見たことがある。


「ビビりの君にそんな演技ができるの?」

「ならば」

『トイレに籠ったって良い』と言おうとしたが、流石の俺もそれは己の格を下げる行為だと自覚した。


「まぁ 色々あるが 割愛だ」

「はいはい カツアイね割愛」

「むぐぐ」


 また言いくるめられた。毎日こうやって一人じゃないアピールを繰り返すが、一度も勝てた試しがない。まぁ事実として俺は一人なので、そもそも勝てるはずもないのだが、せめて幼馴染の中の自分だけでも友達のいる普遍的学生存在にしておきたかったのだ。


「さてそんなことよりも」


 会話を切り上げて、アラヤは少し笑う。


「アレ 持ってきてくれた?」

「あぁ バッチリだ」


 俺は隣の椅子に置いてあった手さげ袋から、あるものを取り出す。


「ほら カップ麺」

「良いね 素敵」

「そっちは?」

「バッチシ熱々の魔法瓶」


 学校に馴染めずに行きついた無人島、そこで俺たちはカップラーメンを食べる。もちろんこの学校ではちゃんと給食が出るので、カップ麺なんて論外。所持しているだけで逮捕されるシロモノだ。


 しかしそれでも、俺たちはわざわざリスクを犯してカップ麺を食べる。給食の後で大してお腹が空いてないにも関わらず、お湯を注いで律儀に3分待つ。先生が来るかもと焦ってはいけない、しっかり3分待つ。


 何故そんなことをするのか?それは分からない、そもそも初めにカップ麺を持ってきたのはアラヤの方だし。


 だがこのカップ麺が、俺にとって虚しさをスリルでかき消してくれるバンジージャンプのような存在になっているのは確かで、いつも食べ終わった後はクラスで『こいつらは給食を食べた 俺はカップ麺を食べた』と密かで奇怪な優越に浸っている。


「今日はシーフードか」

「え 嫌い?」

「いや? 特に好き嫌いとかは無いけど あ でもカレー味は止めてね シミ付いたらバレちゃう」

「給食がカレーだった日は?」

「ふふ それならOK」


 アラヤは魔法瓶のふたをキュッキュッと開ける。中から出る湯気が、何となくだが見えたような気がした。


「さ カップ麺の方 ふた開けて」

「もう開けてる ほら」


 2つのカップ麺を図書カウンターに置く。開いたふたがクルンとなっていて、お湯が注がれるのを待っているようだ。それじゃあ御望み通りお湯を


「おっと その前に」

「あ いけない 忘れてた」


 俺たちは視線を交差させ、一斉に立ち上がる。


「「じゃーんけーん ポンッ!!」」


 僕はグー アラヤはパー


「ぐっ 惜しい」

「ジャンケンに惜しいなんて無いでしょ?」

「むむ まぁいいさ」


 図書室のドアへ向かい、ちょっと隙間を開けてそこから辺りを見渡す。そう、見張り役だ。ジャンケンで負けた側が見張りをするルール。


「3分しっかり見張ってね~」

『くっ 屈辱』


 しかし見張りと言っても、この図書室に人が来ることなど滅多にない。なぜならこの学校には、なんと図書室が2つ存在するからである。

 俺たちがいるのは第一図書室、第一図書室にはいわゆる図鑑や外国の分厚くて重い本などが収納されている。一方で第二図書室、こちらは一般的な小説たちや、僅かながらマンガも存在している人気の図書室である。


 というわけでこんな鈍重な本に囲まれた第一図書室に来るものなど、学校に居場所が無い奴か配属を押し付けられた図書委員くらいなものなのだ。


ぴぴっ、ぴぴぴ スマホの機械音が鳴った。


「3分経ったよ」

「よしよし 警備の後のカップ麺は格別だ」

「うわ 何か皮肉っぽい」

「そんなことないさ」


 言いながらも割りばしを渡し、カップ麺のふたを剥がす。

 割りばしを割り、固まった麵をある程度ほぐすと一旦は箸を置き


「それじゃ いただきます」

「いただきます」


、、

、、、


「ごちそうさま」

「もう食べたの!? 今日早くない?」


 アラヤはまだズルズルと麺をすすっている。


「この後体育でね 急がなきゃ」

「ちょっと レディを置いていく気?」


 一旦手を止めて、ぷんすこと口を尖がらせる。


「アラヤだってこの前体育で先帰ったろ」

「はぁ~ そんなだから友達出来ないんだよ?」

「やかましいわい それにお互い様だろ」

「ふふ それは確かに」


 俺はカップ麺のゴミをビニールに突っ込むと、それをまた手さげ袋に入れて片手に持つ。そして外に出ようと扉に手をかけたとき


「ねぇ」

「ん?」

「明日も来てね」

「おぉ 今日中に友達が出来なかったら来るよ」


 くすっと笑うアラヤに見送られながら俺は図書室を出た。

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青春(当社比) ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA

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